ギリシャ神話の中の薔薇(3)
昨年公開の『ギリシャ神話の中の薔薇』シリーズは完結しないままになっていました。バラの盛りは過ぎてしまいましたが、ほぼ1年を経た今回完結させたいと思います。
バラは本シリーズ(1)(2)で見ましたように、ギリシャ神話の中でも「花中の花」のような存在なのでした。
それは「美と愛の女神」アフロディーテの誕生と共にこの世にもたらされたとされるなど、互いの深い関係性をもって語られていることからもうかがえます。またアフロディーテは、バラの花がお気に入りで、「私の花よ」と言って髪にバラの花をつけていたほどでした。
さてお話は、アフロディーテとその息子エロスとのからみで、バラの棘(とげ)がどうして出来たのかという由来からー。
ある時野辺でエロスがバラの花を摘んでいました。母に大好きなこの花を上げたいと思ったからです。ところでエロスは、あまりの美しさに花びらに口付けしようとバラに顔を近づけました。と、バラの中に潜んでいた蜜蜂が飛び出し、エロスの唇をチクリと刺したのです。
それを知ったアフロディーテは激怒し、蜜蜂たちを集め、刺した下手(げしゅ)蜂に名乗り出るよう命じました。そこで一匹の蜜蜂が「私です。ブンブン」と言いましたが、周り中がブンブンうるさくて、アフロディーテもエロスもどの蜂か特定できませんでした。そこで蜜蜂を片っ端から捕らえ、エロスの弓に数珠つなぎにしていまいます。
何もそこまでしなくてもというところですが、女神の怒りはそれにとどまりません。「うちの可愛いエロスが怪我をしたのはお前のせいじゃ」と、今度はバラにまで八つ当たりし、蜜蜂たちから針を抜くと、バラの茎にそれを植え付けたのです。以後バラには棘があるようになったということです。
上の説話では、アフロディーテの息子エロスへの溺愛ぶりが強調されています。しかし時と場合によっては、エロスへも非情な仕打ちをすることがありました。
「時と場合」とはアフロディーテにあっては不義密通の場合ということです。
本シリーズ(2)で見ましたが、オリュンポス一の美神アフロディーテは、ゼウスの命によりオリュンポス一の醜男の鍛冶の神ヘパイトスと結婚したのでした。しかし生来男好きであるアフロディーテは体中がうずいて火照ってたまらず、夫と主神ゼウスの目を盗んでは多くの男神と不倫を重ね、多くの子を産んだのでした。
アフロディーテはある頃、逞しい軍神アレスと密通し、情事に耽っていました。しかしある時、その密会現場をわが子エロスに見られてしまったのです。さあ大変、夫やオリンポスの神々に知られることを恐れたアフロディーテは、一計を案じます。
沈黙の神ハルポクラテスに頼んで、息子エロスの口が利けなくなるようにしてもらったのです。こうして外に漏れることなく秘密は守られました。アフロディーテはお礼として、ハルポクラテスに紅いバラの花束を贈りました。こうしてバラの花は「秘密を暗示するもの」になったということです。
割を食ったのは息子エロスです。母と間男の密通現場を見てしまったうえ、罰としてしばらくの間口が利けないようにされてしまったのですから、踏んだり蹴ったりです。そのショックでエロスは以後半グレ状態となり、破れかぶれで「性愛を司る神」となり、射抜かれると誰でも恋心を抱いてしまうという弓をやたら引き絞り、矢をぶっ放し、誰彼となくその胸を射通すことになったのかどうか、いまひとつ定かではありません(笑)。
母とよその男との情事を盗み見る少年の物語として私が思い出すのは、三島由紀夫の小説『午後の曳航』です。作家としての三島が最も脂の乗り切っていた頃の横浜の港町を舞台とした問題小説です。三島には古代ギリシャへの憧れが強くあったようですから、あるいは本エピソードが同小説創作のヒントになったのかもしれません。
毒のあるこの小説では、外国航路の船乗りの男は最後に少年グループから“処刑”されてしまいます。しかしそこは鬼才三島の事、母(未亡人)を“寝取ったから”というマザーコンプレックス的ジェラシーと言うような単純な図式ではありません。むしろ少年は、自分の部屋から盗み見た(母の部屋の中にいる)全裸の逞しい船乗りを賛美し英雄視していたのです。処刑は別の理由で・・・。
これは人類の普遍的テーマらしく、小説『午後の曳航』は海外でも高い評価を得、三島の死後(1976年)、日米英合作で映画化もされています。映画は原作に忠実ながら、全て外国が舞台に移し替えられました。
だいぶ脱線してしまいましたが、本題の「アフロディーテとバラ」に戻しますー。
アフロディーテはアドニスと言う美青年を愛していました。
ある時アドニスは狩をしていました。そこへ突然猪が現れ、獰猛な牙でアドニスを突き刺し、彼は命を落としてしまいます。アフロディーテは旅の途中でしたが、「天耳通」のアフロディーテはその時のアドニスの悲鳴を聞きました。急ぎ彼の所に駆けつけるべく、茨を踏み、鋭い角のある岩をも気にせず走りに走りました。
その時道々に咲いていた白いバラの花は、アフロディーテの足の血で赤くなったということです。また別伝として、アフロディーテの流した紅涙によって、白バラは赤く染まったと言う説もあります。
なおアドニスは、死してアネモネに姿を変えたと言い伝えられています。
ここに至るまでのアフロディーテとアドニスの込み入った物語は省略して、結末だけ簡単に紹介しました。いずれ別記事として、二人の関係の物語をもう少し詳しく述べられればと思います。 -完-
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『ギリシャ神話の中の薔薇(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-551e.html
『アネモネ』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-83b5.html
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