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今も心にしっかり届く、かつて「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康のメッセージソング

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 たまたま『大摩邇』に、岡林信康の歌の動画が紹介されていました。今の若い人たちは知らないかもしれませんが、岡林信康は昭和40年半ばのフォークソング全盛期「フォークの神様」と呼ばれ、当時の若者たちから熱狂的に支持されていた存在です。

 当時20歳の洟垂れ小僧だった私も、岡林のメッセージ性の強い歌からは少なからぬ影響を受けました。

 岡林信康(1946年7月22日~)はそもそもプロテスタント牧師を父に持ち、岡林自身同志社大神学部に入るなど熱心なクリスチャンだったようです。しかしのちに信仰に懐疑を持ち同大神学部を中退、社会主義思想に傾注し、その過程でレジスタンスとしてのフォークソングと出会う事になったようです。

 そういう精神的苦闘の結果、メッセージ性の強い歌作りとなり、最初に作詞・作曲し大ヒットした『山谷ブルース』発表になったわけです。

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 また当時の岡林は「商業主義に乗った音楽は堕落する」とばかりに、テレビ出演を頑として拒んでいました。ずっと後年はレコード会社にも所属し、テレビ出演もしたようですが、そういうポリシーが、カリスマ的に根強く支持された大きな理由だったと思われます。

 今回は、当時私自身好きだった『友よ』と『私たちの望むものは』の2曲を取り上げてみたいと思います。



 いやあ、懐かしい!我が青春ソングの一曲で、今でも心が折れそうになった何かの時に、この歌の一節がふいに口をついて出てくる事があります。

 それにしても。
 「友よ 夜明け前の闇の中で 友よ 戦いの炎を燃やせ」

 島崎藤村に『夜明け前』という大長編小説があります。これは木曽馬籠宿の主人だった藤村の父をモデルに、幕末から明治に至る大動乱を描いた物語です。そして昭和45年頃のこの歌でも「夜明けは近い」。さらにその頃より一段も二段も混迷を深める今日にあっても「今は夜明け前で一番暗い時だ」とよく言われます。というより、私自身がそう捉え、当ブログで何度かそう述べた事があります。

 つまり幕末の頃から平成の今日まで、私たちはずっと「夜明け前」「夜明けは近い」といい続けてきたことになります。いささか皮肉を言うようですが、これは日本人の一種の「夜明け前信仰」のようなものなのでしょうか。
 「素晴らしい夜明けが来るぞよ。夜明けが来るぞよ。汝はそれを信じるか」というような。

 しかしこれはひとり日本人のみならず、人類全体がそうなのかもしれません。なにしろ、かのパンドラの匣(はこ)からありとあらゆる災厄が飛び出し、匣の中には最後に希望だけが残ったというのですから。

 と少し茶化し気味のコメントになりましたが、つまりは人間にとって「夜明け願望」はかように普遍的であるということです。

 岡林のこの歌は、掛け値なしによい歌です。この歌の心は今の時代、今の若者たちの心にもダイレクトに響くのではないかと思います。

 なお一緒に歌っている高石友也も当時大変な人気でした。そもそも岡林がフォークソングを始めるきっかけは高石と知り合ったことだったようです。当時、『山谷ブルース』は高石友也の持ち歌として知られていました。



 大摩邇に転載されていた動画とは違います。が、こちらはどこかの野外ライブ版で、よりリアルな岡林信康が伝わってきますので、こちらに差換えました。

 バックは、これも懐かしい「はっぴーえんど」の面々。といっても今の若い人たちは知らないでしょうが、細野晴臣、大瀧詠一らもメンバーだった、といえば「あゝそうだったんだ」となるかもしれません。

 このライブは1970年との事です。今から45年前。そういえばこういう野外ライブが各地で行われ、多くの若者が集まっていたように記憶しています。この動画では、集まった若者たちの表情も撮られていますが、皆真剣で、いい顔をしていましたね。

 70年といえば、全共闘による70年安保闘争がピークの年で、よど号が過激派にハイジャックされ乗客を乗せたままピョンヤンに飛び立ったり、三島由紀夫による自衛隊市谷駐屯地総監室占拠、バルコニー演説後割腹自決など、世の中が物情騒然としていた年だった感じがします。

 最初の『友よ』もこの『私たちの望むものは』も、当時は当時で閉塞感を感じていた若者たちへの強烈なメッセージ性に満ちています。そしてそれを聴く者たちは、今ほど斜めに構えてはおらず、岡林の発するメッセージを真正面からストレートに受け止めていたように思われるのです。

 「この閉塞感の先にはきっとより良き未来がある。それを我々自身の手で切り開いてみせるんだ」。ライブ会場に集まった若者たちの顔にはそんな真摯さが感じられます。

 それにしても。
 「私たちの望むものは あなたを殺すことなのだ」
 いやあ過激です。

 殺す「あなた」とは誰なのでしょう。もちろん当時の政治や大企業などのトップに君臨し、社会の苦渋など感じもせずにのうのうと支配し暮らしているろくでもない大人連中、その代表例が当時総理大臣だった佐藤栄作ということなのでしょう。

 奇しくも佐藤栄作は現総理の安部晋三の叔父で、日本憲政史上最長政権を築き、アメリカへの従属忠勤ぶりが評価され、(当時の若い私がビックリ仰天した)ノーベル平和賞までもらいました。

 それはともかく。今に置き換えれば、安部ら現政権幹部、中央省庁の高級官僚、財界トップ連中、ついでにナベツネなどのマスコミトップなどなどということになるのでしょうか。

 こんな危険な歌、テレビでは絶対歌えませんよ。電通やテレビ局幹部が先ず出させません。去年の紅白でちょび髭パフォーマンスを演じた桑田圭佑どうした。その後戦争法案たけなわのプロセスではダンマリ・沈黙ではないか。吉田拓郎、井上陽水、谷村信司、さだまさしetcその他の歌手など押して知るべし。

 だからテレビに出演してはダメなのです。出続けるとしょせん「カネだけ、今だけ、自分だけ」になっちゃうんだから。

 「孤高のフォークの神様」岡林信康を今もって敬愛するゆえんです。

 (大場光太郎・記)

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