折り折りの短歌(11)

(『十月はたそがれの国』挿絵より)
十月はたそがれの国終わる日はにわかに冷えて冬コートかな (※1)
木枯らしが街路樹鳴らし落ちし葉がかさこそ鳴りて路上を舞えり
長雨で落ちて濡れいし桜葉の赤や黄色の色さまざまに
公園のベンチに落ちし桜葉の紅(あか)きを見つつ側に座れり
(『十月はたそがれの国』挿絵より)
サタニズム世を覆いたる難しき今この時を如何に生くべし
人寒(さむ)と身をばすくめて行くときに凛として咲く菊の姿よ
どんよりと雲垂れ込めし十一月下旬の街で生くる人々
雑踏(ざっとう)の生垣にある山茶花(さざんか)の汚(けが)れを知らぬ純白の花
落魄(らくはく)の心抱えてふと見れば銀杏(いちょう)落葉の黄落のさま
散り敷きし銀杏の黄なる落葉(らくよう)の上を歩くは渡海の如し
大山の上幾つもの横筋の雲朱(あけ)なれり冬の夕焼け
味気なき通りを飾る一輪のピンクの色の冬のバラかな
時ならぬ冬の嵐が起こりしは落葉(おちば)町中散らさんためか
冬痩せし川の小石の上に乗りつがいの鴨がしばし憩えり
鳥類のシンパシーとでも言うものか白鷺の周り鴨が囲めり
道の辺の返り紫露草の花にそぼ降る冬の雨かな (※2)
横浜の駅海抜1m(いちめーとる)少しの津波でみんな死ぬわな
横浜駅ジョイナスビルのすぐ上で強く光れり夕の眉月(まゆづき)
夢の世はどうせすべてが夢なれば見たい夢見て生きよじゃないの
(大場光太郎)
【注記】
(創元SF文庫『10月はたそがれの国』)
※1 冒頭の拙歌に用いた「十月はたそがれの国」は、エドガー・アラン・ポーの衣鉢を継ぐ「SFの叙情詩人」と評されたアメリカのSF作家レイ・ブラッドベリ(1920年8月22日~2012年6月5日)の幻想的名短編集のタイトルです。代表作『華氏451』など数作品が映画化されています。マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『華氏911』(2004年)のタイトルは『華氏451』にならったものです。
※2 紫露草(むらさきつゆくさ)は毎年6~9月頃に咲く多年草の草花です。郷里町の我が家(○号室)の狭い裏庭に梅雨時になると決まって咲いていました。あまり日の射さない場所なのに毎年咲くので強く印象に残っています。その花が12月上旬、現住居からバス停までいつも歩くコースの道端にポツンと一株咲いていたのです。このところの寒さのせいかさすがに今はしおれてしまいましたが。
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