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【1万回到達!】五木寛之氏連載コラム(日刊ゲンダイ)『流されゆく日々』

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1932年福岡県生まれ。早稲田大学露文科中退。66年「さらばモスクワ愚連隊」で第6回小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で第56回直木賞。76年「青春の門 筑豊篇」ほかで第10回吉川英治文学賞を受賞。2002年には第50回菊池寛賞を受賞。NHKラジオ深夜便「歌の旅人」、BSフジ「五木寛之『風のcafe』」放送中。日刊ゲンダイ本紙連載「流されゆく日々」はギネス記録を更新中で、16年9月5日に連載10000回を迎えた。著書に「風の王国」「大河の一滴」「他力」ほか、「親鸞」三部作など多数。 (日刊ゲンダイより)


 5日夜、タバコを買うため当市駅近くのコンビニに入った。帰り際、入り口付近の新聞スタンドが目に入った。『きょうの日刊ゲンダイはどんなか?』と気になり、近寄って同紙一面を眺めてみた。上部大見出しの「北方領土 中国が占拠」のデッカイ活字に『オバカ安倍が対ロ交渉にエラク前のめりだが、これはどういうこっちゃ?』と、俄然興味が湧いてきた。そしてすぐ下の、それよりはずっと小さいが赤字で目立つ「坂口杏里AVデビュー」に『坂口杏里って誰?』とも。

 実は私はここ2、3ヶ月ほど日刊ゲンダイを買っていない。現下の厳しい経済情勢にあって諸費節約せざるを得ないことと、いつぞやの記事で触れたとおり、最近は同紙の主だった記事は間を置かず阿修羅掲示板に投稿されるので、購読しなくともおおむねカバーできた気分になれるためである。

 しかしこの時は上の二つの記事読みたさに、つい衝動買いに走ってしまった(笑)。

 「北方領土 中国が占拠」の方は、国後、択捉両島についてはロシアが近年軍事基地化を急速に進めており、とても返還など期待できそうにないこと、問題は(どこぞのオバカ担当相が「はぼ・・・なんだっけ?」とやらかした歯舞島の奥にある)色丹島であるが、ここは以前から水産加工が盛んな島であるが最近ロシアの加工施設が経営破綻し、代わって中国資本が入ってきて中国人らが増えつつあるというのだ。仮に歯舞、色丹の二島返還で合意できたとしてもこの問題でかなりこじれるだろうというのである。

色丹島で幅を利かせる中国資本…知られざる北方領土の今
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/189233

 次は「坂口杏里AVデビュー」である。知らなかったが坂口杏里(25)は女優で、あの坂口良子の娘だという。さらに知らなかったが、坂口良子はかつてまぶしい女優さんだったが、2013年に亡くなったという。その娘がねぇ・・・。記事詳細は以下で、

ホスト通いの果て…坂口杏里AVデビューの裏に“借金苦”か
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/189237

 以上前置きが長くなってしまったが、本題はここから。

 偶然にしては出来過ぎている感がしないでもない。たまたま買った5日号で、五木寛之の大長寿コラム『流されゆく日々』が、何とちょうど連載10000回に達したというのだ。そういえば後で分かったことだが、1面大見出しの「中国占拠」の上の最上段にちゃんとその見出しがあったではないか。

 未購読期間、五木寛之の同コラムだけは気になっていた。だいぶ前の予告では確か7月か8月に1万回到達予定となっていたから、てっきり既にそれを超えたとばかり思っていた。
 その時は1万回を区切りに、年齢的なこともありそれで打ち切りにするか、続けるかその時点で、というようなことだったが。

 さすがに1万回到達号らしく、中ほどの8面~10面の三面はその大特集である。見開き8、9両面の最初(右端)に日刊ゲンダイ社長・寺田俊治氏の「滔々と流されゆくコラムにますますのご愛読をお願いします」の挨拶コラムがあり、反対の左端は1万回を迎えた「流されゆく日々」本文である。

 間に1970年代、1980年代の代表的秀逸な過去記事5本が再録されている。最下段は三面ともこれまた五木の著書の広告で占められ、とにかく五木寛之大特集の趣きである。

(以下、寺田社長あいさつ文)

【ギネス更新中】 五木寛之氏のコラム「流されゆく日々」が連載1万回を迎えました

■滔々と流されゆくコラムにますますのご愛読をお願いします
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/info/189275

1975年の創刊と同時に始まった五木寛之先生の連載コラム、「流されゆく日々」が本日、1万回を迎えました。この連載は新聞の長期連載としてギネスブックにも登録されていますから、「大台突破」「記録更新」ということになるのですが、五木先生はというと、ひょうひょうとされている。1万回で騒ぐこともなく、いやむしろ、騒ぐことに冷ややかで、なるほど、これこそが、このコラムの凄みであり、魅力なのだなと、改めて噛みしめています。

 世のメディアはすぐ、何周年などと騒ぎますが、手前味噌な話です。まして、これは滔々と続く連載「流されゆく日々」なのです。移ろう日々に流されながら、時代のクロニクルとして、時代と事象を語り続ける。「流されゆく日々というタイトルは五木先生の人生観だろう」とは、日刊ゲンダイの創刊編集長で、この連載をお願いした川鍋孝文が残した言葉ですが、まさにその通りだと思いますし、だとしたら、そこには通過点も節目もない。

 ついつい騒ぎたくなる習性を恥じつつ、同時に、今後のご活躍がますます、楽しみになってきている次第です。
 読者の方には1万回、40年間という時代の流れを振り返っていただきたく、今日から5日間にわたって、担当編集者が「もう一度読んでほしい」と思ったコラムを厳選して、再録いたします。

 今年6月3日の金曜日にモハメド・アリが亡くなりました。すると週明けの6日から、「流されゆく日々」で「モハメッド・アリ追想」が始まりました。その日、たまたま五木先生と打ち合わせの機会があり、ホテルで夕飯をご馳走になりましたが、2時間にも及んだ会食が終わると、先生は当たり前のことのように「これからアリの原稿を書きますから」とお部屋に戻られた。こうして書き続けられている「流されゆく日々」になお一層のご支援とご愛読をお願いします。

 日刊現代社長 寺田俊治

(続いて五木寛之1万回本文)

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ギネスブックにも登録(C)日刊ゲンダイ


連載10000回 流れ流されて四〇年 <1>
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/189256

 きょうのこの原稿で、どうやら連載10000回になるらしい。あらためて、よく続いたものだと思う。
 ある日、講談社を中退した川鍋(孝文)さんが、相談があるとやってきたのが、きっかけだ。話をきけば、こんど新しい新聞を出すという。
「日刊ゲンダイという夕刊誌です。『紙』じゃなくて『誌』ね。毎日発行する雑誌という感覚なんだけど」
 そこにコラムの連載をやってほしいという依頼だった。
「毎日の連載ってのは気が重いなあ。週一回でどうですか」
「いや、いや、なんでもいいから、勝手に書きなぐってりゃいいんです。どうせ3カ月か半年でツブれますから」
 川鍋さんは週刊現代の編集長時代に散々お世話になった恩人である。早稲田の仏文卒とは思えないハチャメチャな編集者だった。大出版社を横に出て、型破りの夕刊新聞を出すとなれば手伝わないわけにはいかないではないか。
「原稿料は、これで。よろしく」
 と、片手をヒラヒラと振って風のごとくに消え去った。それが40年以上も昔のことだった。その川鍋さんも今は故人となった。日刊ゲンダイのほうは、しぶとく生き残っている。
 創刊時の連載のお仲間は、松本清張、柴田錬三郎、富島健夫、などの各氏が記憶に残っている。みんな故人である。40年という歳月は、音もなく流れ去っていくのである。
 当時の日刊ゲンダイは、野武士、浪人の集団だった。トップがトップなら、社員も曲者ぞろい。その頃、よく右翼が押しかけてきていたが、そのときの社員たちの応待が変っていた。ふつうは一応ビビったりするものだが、ゲンダイは全然ちがう。
「オレがいく」
「いや、オレにいかせろ」
 と、競いあって飛びだしていく。そんな新聞だから、やたら向う気がつよいのだ。全共闘の猛者などももぐり込んでいたから、当然かもしれない。まあ、梁山泊みたいなものである。
 そんななかで、〈しゃべくり年代記(クロニクル)〉というサブタイトルをつけて連載がスタートした。ふつうの文章ではなく、饒舌体のラフな文体でいくつもりだった。最初のころから、できるだけストックをしない、ギリギリで原稿を入れる、というのが初心である。担当編集者はさぞかし大変だったにちがいない。
(この項つづく)  (転載終わり)

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 連載開始時はもとより、日刊ゲンダイ創刊時の息吹が行間から伝わってくるようである。松本清張、柴田錬三郎、富島健夫など今は鬼籍に入って久しい懐かしい名前が続々出てくる。そういえば、以前記事にした『野坂昭如と五木寛之』もそうだったが、この五木コラムではかつて親交を交わした人たちが皆次々と故人となり、一人後に残される寂しさを綴った記事内容もずい分あった。

 それにしても、頼む方も頼まれる方も、「どうせ3カ月か半年したら潰れるから」という気安さだったんだねぇ。それが2013年の8000回で世界的長寿コラムとしてギネスブック認定となるとは。

 私が初めて日刊ゲンダイを購読したのは、私の東京職業生活が始まって間もなくの昭和53年(1978年)秋のことだった。同紙1、2面の反権力的ラジカルさに惹かれたからだったが、もちろんその時から五木寛之コラムはあった。現在83歳の五木は、当時はまだ46歳頃で十分意気盛んで、けっこうエロいことやラジカルなことも綴っていたような記憶がある。

 今回の1万回到達は、出版界、マスコミ界にとっての大トピックスであり大偉業と言っていいと思う。またコラム過去記事は、当時の世相を知る上での貴重な文献と言っていいかもしれない。

 最近の同コラムでは、「老い」に関することなども折りに触れて書いておられるが、五木寛之は旺盛な執筆活動を続けている現役の作家である。執筆作業は若い頃からもっぱら深夜らしいが、その日の執筆を終えて明け方眠りに就く前は必ず枕元で読書をするそうである。つい熱中して何時間も読み続けることもあるという。

 コラムでも時折り読んだ本の紹介もしているが、パソコンもスマホもやらないという五木の読書量はとにかく半端ではない。体調面もあるだろうが、知的好奇心、知的探究心が涸れない限り、五木寛之の現役はまだまだ続くものと推察する。最近「最大の年金は仕事」という良い言葉を知ったが、人間幾つであろうと没頭できる仕事のある人は幸せである。

 これをきっかけに、五木コラム読みたさにまた日刊ゲンダイ購読を再開したい。五木寛之氏には、是非このコラムをまだまだ続けていってもらいたいものである。

 (大場光太郎・記)

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「下山の時代」について考える
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