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晩秋の箱根路紀行(1)

 つい大げさなタイトルをつけてしまったが、27日(木)午後、箱根町仙石原に行って来た。とはいっても観光ではない。仕事でである。しかし同じ神奈川県内とはいえ滅多に行けない箱根の自然に触れつついつしか観光気分にもなったし、少しばかり旅人のような感も味わえたのである。
 そこでこれは、我がリトル・ジャーニーの忘備録としてブログ(ウェブ・ログ)に記しておくことにしたものである。

 その何日か前、先月営業をかけ見積書も送っていた仙石原(せんごくはら、せんごくばら)の建設会社社長さんから「例の建設業許可申請をお願いしたい」旨の電話があった。『多分ダメだろう』とあきらめていたし、何かと出費の多い月末だけにありがたい連絡だった。

 そのときの電話のやり取りで、27日午後3時位の先方への訪問を決めたのだった。そのあと、初めてうかがう所なので住所からネット地図で場所などを丹念に確認し、そこまでの交通手段等を調べた。関係交通機関の担当営業所に電話で聞きもした。その結果、いつものとおり小田原までは小田急で、それから先は(小田急電鉄関連の)箱根登山電車で終点の強羅(ごうら)駅まで行き、そこから箱根登山バスに乗って仙石原に行くのが、もっとも「安(やすい)、近(ちかい)、短(早くつく)」であると結論づけた。

 とは言っても、具体的料金は言わないが、県内の他のどの地域に行くよりも交通費が高い。元を取るためにも、ますます観光気分を一緒に味わってやろうという想いが強くなった。

 当日の少し前の週間天気予報では雨だったが、昼少し前曇り空ではあるが雨は降らないと判断し、傘を持たずに外出した。

 余談だが、当該許可申請書には営業所写真の添付が必要で、元来アナログ人間の私は今までは使い捨てカメラで対応していた。が、最近その現像機を置いている店が少なくなり、やむなくつい最近、数年前の型式の某社デジカメを安く手に入れたばかりだった。もちろんそれはしっかり持ってきて、業務上の写真以外に「箱根の旅」途中の印象深い風景を撮るつもりだった。

 小田原駅に着いて、登山電車に乗り換えてすぐくだんのデジカメを取り出し、いつ撮影してもいい態勢にしようと思った。がしかし、裏の液晶画面の右上に赤いのがチカチカ点滅し、早速そこの風景を撮ろうというのに撮れないのである。電池の充電が切れたのである。アッチャー、これだからメカに弱い人間は困るのだ。ということで、つい先日某社のサービスセンターに電話して、画像をパソコンに取り込む方法も教えてもらい、撮った画像を本記事にアップするつもりだったが、残念ながらそれができなくなってしまった。その代わり、既にネット上にアップしてあるどなたかの画像を以下で借用した。

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箱根湯本駅

 旅行気分は箱根湯本駅に着く少し前から始まった。車窓越しに同駅周辺のホテル群が目に飛び込んできたが、若い頃行った熱海や鬼怒川などに何となく感じが似ていると思った。温泉街にはやはり共通した独特の雰囲気があるものらしい。

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 駅の場内アナウンスで、別の登山電車に乗り換える必要があるのを知った。指定の3番ホームに行ってみると上の大いに“くたびれ感”のある電車が二両止まっていた。近年「あじさい電車」として有名になった電車である。

 私は手前側となる、後ろの赤色の電車に乗り込んだ。さあこれから40分ほどの登山電車の旅が始まるのである。平日なのに中は人でいっぱいである。何とか最前列のホーム側の座席に座る事ができた。対面には4人ほどの70代半ばくらいと思しき年配女性がずらっと座っていた。あとで話しているのを聞いたところでは、何回も登山電車に乗った事がある常連さんらしい。

 午後2時半少し前出発した。多くは観光客なのだろう。乗客は仲間や若いカップルなどである。中にはアメリカ人らしい3人の若者グループやカップルもいる。そんな中私はただ一人、いつだって一人である。ふと「♪幸せそうな人々たちと 岬を回るひとりで僕は」 山本コータローの往年のフォークソングの名曲『岬めぐり』のこのフレーズが思い浮かんだ。

 私も同じ「コータロー」とあって、あの頃は「ほら、走れコータロー!」などと茶化されたりもしたが、この歌は好きでかつてカラオケでよく歌ったものである。調子が取りやすく、これを一番先に歌うとその後が乗っていけたのである。ということはともかく。人一倍感受性が強かった若い頃なら、こういう場面では、この歌のようなたまらない孤独感、寂寥感に襲われたかもしれない。

 「真理は汝を自由ならしめん」とはイエスの言葉であるが、その後スピリチュアルの名著を読み込んだことにより、少しは孤独に対する耐性がついてきた。それより最終目的は建設会社への訪問であり、そこで仕事上の取引を順調にまとめ何がしかの着手金をいただいて帰ることである。センチメンタリズムに浸っている余裕などないのである。

 というわけで、私は乗った谷側の座席から下の景色を覗き込み、忙しく意識を走らせた。登山電車はひたすらノロノロと登り続けながら、いよいよ箱根の秋を色濃くしていった。ところどころに赤く色づいた木が見られた。またずっと下の方に鮮烈な水の流れる渓流が垣間見えた。川のすぐ側に車道があり車やバスが走っているのも小さく認められた。

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大平台駅

 塔ノ沢駅を過ぎ、大平台という駅を過ぎたあたりで、電車はやおら後ろ向きに走り出した。今後は後ろだと思っていた私の乗った車両が先に走る格好になったのだ。そうか、昔式のスイッチバック方式だ。思い出した。何十年か前、山形県と福島県の県境にある板谷峠(旧・奥羽本線)がこの方式だった。今から60年近い前となる小学校1年生の秋、(父の葬式が終わって郡山市の農家の親戚に強引にもらわれていった)3歳の下の妹がはやり病で死に、その葬式のため母と汽車に乗ってスイッチバックを経験したことは『父と妹の死の頃』に書いた。

 軌道を変えて後ろ向きに走りながら、徐々に山道を走っていくのである。今どきこんな懐かしい電車があるとは。そして次は逆に元の方向に向きを変え、少し行ったらまた逆向きに。そんな運行を繰り返しながら、宮の下という駅に着いた。谷側の下の方にぽつんぽつんと人家が見られた。

 車内アナウンスがあったが、この駅を過ぎたあたりから線路のすぐ側にあじさいの木が連なっていた。沿道には何万本ものあじさいがあるとのことで、6月の開花時期はさぞ見事だろうと、花好きな私はその様を一瞬想像してみた。

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 登山電車はなおも小涌谷、彫刻の森と二つの駅を通過した。高く登って来た分眺望が開け、遠くの山々の連なりが見渡せた。車内アナウンスによるとこれらの山々は箱根外輪山の一部なのだそうである。幾つかの山の名前も告げていたが残念ながら忘れてしまった。

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小涌谷駅

 宮の下もそうであるが、小涌谷も有名な温泉地である。そういえば思い出した。私が当市にきて最初に就職したのが測量事務所だったが、ある時、小涌谷の某温泉旅館からの依頼で、社長と先輩と私の3人で測量しにきたことがあった。もう45年以上前のことである。その旅館に一泊したことは覚えているが、さてどの土地をどういうふうに測量したのかなどまるで記憶にないのであるが。

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箱根彫刻の森美術館

 線路沿いはひたすら木立が続くばかりで、もちろん温泉旅館も彫刻の森美術館も見る事はできない。遠くの山々などの紅葉は少し増してきたが、最盛期にはまだ程遠いのだろう。ここまで登ってきても線路伝いの潅木の林の葉はまだほとんど青いままなのである。  (以下次回に続く)

 (大場光太郎・記)


関連動画
岬めぐり 山本コウタローとウィークエンド 1996
https://www.youtube.com/watch?v=pTLj-b_ggX4
 

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