« 【逆賊・安倍道鏡】天皇が誕生日会見で「生前退位」に殆ど触れられず、の情報! 安倍官邸の封じ込めで記者の質問もなく… | トップページ | 【会食禁止法の成立を急げ】安倍総理と「ひるおび」田崎史郎氏&「NHK日曜討論」島田敏男氏が「京都つゆしゃぶCHIRIRI」で忘年会! »

【逆賊・安倍道鏡】山尾志桜里議員のブログを読め!&控えめどころか、十分に伝わる、天皇陛下の誕生日記者会見

-『ゴーマニズム宣言』で有名な漫画家・評論家の小林よしのり氏は、保守系論客としても知られている。ひと昔以上前、テレビ朝日深夜討論番組『朝まで生テレビ』にコメンテーターとしてよく出演していた。ご推察のとおり私は反対側席の左派リベラル論客の応援団の一員なのであるが、小林氏の論には一本筋が通っていて共感できる点もけっこうあった。憲法改正を主張していた小林氏であるが、安倍増長とは波長が合わないらしくその政治手法をこれまでも手厳しく批判してきた。そして平成天皇の「お気持ち」表明に対する安倍&同政権の対応に至ってピークに達した感がある。何と民進党・山尾志桜里議員やリベラル系法学者の木村草太教授の「生前退位、皇位継承」問題提起に大いに賛意を表しているのだ。これは昨年の戦争法案大問題で、同じく保守系論客として知られていた小林節慶大名誉教授が同法案反対の急先鋒となった事例と近似しているように思われる。要はこの現象は、安倍&一派の唱える極右路線は「似非保守」に他ならないということの証明ともなるのだろう。いな安倍の場合は最早「極右」「右翼」と呼ぶことすら疑問だ。安倍は以前「戦後レジームからの脱却」と唱えていた。その骨子は、アメリカからの押し付けである現日本国憲法は(それに代わる「慶安のお触書」レベルの自民党憲法草案に)改正しなければならない、ということらしい。しかし現平和憲法の中核である9条は日本側の発案だった事がマッカーサー書簡や米公文書から徐々に明らかになってきている。百歩譲って仮にそうだったとしても、憲法より以前に脱却すべきは「米国従属」だろう。それを可能にしている日米安保条約、日米地位協定、日米原子力協定、日米合同委員会等の見直しが先決のはずだ。それがちきんと出来てさえいれば、今般のプーチン会談で四島丸ごとロシア帰属確定となる事はなかったのだ。直近のオスプレイ墜落事件への腰が引けた安倍官邸の対応を見よ。これまでのどの政権よりも卑屈な米国隷属ではないか。何が「美しい国」だ。特に安倍がエセウヨであることを自ら暴露したのが生前退位への対応である。党利党略、個利個略のために天皇をとことん政治利用したい安倍道鏡は、自分の息がかりの学者や識者のみ集めて「特別法対処」の結論を出させたのである。天皇に対する尊崇の心など微塵もないのである。真正保守の小林よしのり氏はそういう安倍のいかさま姿勢をシビアに見ているのだ。-

【追記】
 山尾志桜里氏文の内容などについてまったく触れられなかった。と言いつつまた他の話になるが。今の蓮舫民進党体制では山尾氏はいわゆる干された状態らしい。しかし過日の両院総会に6、7割が欠席するような執行部が長く続くとも思えない。山尾氏は、いつ重責が回ってきてもいいようにスタンバイオーケーにしておくべきである。末尾ながら、天木直人氏文もお忘れなくお読みいただきたい。 (大場光太郎・記)

120512
流行語「日本死ね」受賞時の山尾志桜里議員 なお、この流行語は大賞の「神ってる」より賛否両論百出で話題・注目を集めた。

山尾志桜里議員のブログを読め! 小林よしのり
http://www.asyura2.com/16/senkyo217/msg/939.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 12 月 23 日 03:40:05
http://yoshinori-kobayashi.com/12054/
2016.12.22 小林よしのりオフィシャルwebサイト

民進党の山尾志桜里議員が「皇位継承について善き
公論を」というブログを書いている。

この人は本気だ。

「考えてみてください。今回特例法で対応すれば、
時の天皇陛下の地位が、法律成否の手綱を握る時の政権の
意向に左右される前例を作ることになります。
天皇の地位が時々の政権の影響下におかれてよいとは
思えません。」


全くの正論だ。

天皇を大事に思う者は必ずこのように考えるはずだ。

「したがって、時々の政権の影響を極力排除するため、
皇室典範を改正して、恒久的一般的な要件手続きを
定めるべきです。」


見事な尊皇心!

「政争の具、政争の具」と連呼して議論を封じようとする
馬鹿は今後も続出することだろう。

国会で議論になると、政府がいかに天皇を蔑ろにして
いるか、国民にバレバレになってしまう。

それを恐れているのだ。

世論など無視しろと産経新聞の記者も書いているが、
とにかく国民の尊皇心に火がつく前に、さっさと終わらせ
たいだけなのだ。

国会議員の役割りは熟議である。

山尾議員は言う。

「政争の具批判をおそれて、その使命を放棄し、政権与党
と異なる見解を出すことを控えるなら、野党は不要という
ことになります。私は野党議員としての使命を果たしたい。」


この山尾議員のブログをぜひ全文、熟読してほしい。

公のために覚悟を固めようとする本物の保守の態度が
見えて、感動するだろう。

諸君!山尾志桜里議員を応援しよう。

この議員は「名誉男性」「準男性」ではなく、あくまでも
女性として「公論」のために戦う覚悟を持つ議員だ。

日本のために貴重な人材だぞ!

◆山尾志桜里議員ブログ
「皇位継承について善き公論を」
https://www.yamaoshiori.jp/blog/2016/12/post-402.html


皇位継承について善き公論を
https://www.yamaoshiori.jp/blog/2016/12/post-402.html
2016年12月22日 山尾しおりのブログ

昨日12月21日、天皇の退位につき、民進党としての考え方をとりまとめ、発表しました。

私は、この間、党内検討チームの事務局として、直接とりまとめに携わってきました。

まずは、検討チームからのヒアリングにおいて、専門家としての深い知見をこころよくシェアしてくださった有識者の皆さまに、心から感謝申し上げます。

発表後のこれからは、皇位継承という、国家と国民生活の根幹をなす論点について、善き公論を作り上げていくことがとても大切です。

民進党の考え方を丁寧に説明し、これからようやく始まる国民的議論に奉仕していきたいと思っています。

今回の民進党の考え方のポイントは、(1)天皇の退位を認めるべきであり、(2)そのためには一時的な特例法でお茶を濁さず、恒久的な制度として皇室典範を改正すべき、ということです。

政府のもとに設置された有識者会議の議論が、まさに特例法で幕引きさせる方向に進んでいることを危惧します。

今上陛下が大切に深めてこられた象徴行為、慰霊の旅や被災地激励のお姿などに、国民一人ひとりが心動かされ、自然と皇室に対する敬意へと結びついていく内的体験の共有は、天皇が「国民統合の象徴」であるための核心を担っている、と私は思います。

そして、この象徴天皇の永続性を大切に考えるならば、「今回に限りとりあえず退位を認める」という特例法はあまりに無責任であり、どの天皇にも適用される皇室典範の改正という本丸に正面から取り組むことが是非とも必要なのです。

考えてみてください。

今回特例法で対応すれば、時の天皇陛下の地位が、法律成否の手綱を握る時の政権の意向に左右される前例を作ることになります。天皇の地位が時々の政権の影響下におかれてよいとは思えません。

したがって、時々の政権の影響を極力排除するため、皇室典範を改正して、恒久的一般的な要件手続きを定めるべきです。

もちろん、「皇位」の「継承」につき「特例法」で定めることは、「皇室典範」で定めるべしと名指しした憲法2条に反する疑いがあり、こと天皇の地位に違憲の疑いという傷をつけてはならないという理由も重要です。

早くも一部のメディアからは「政争の具にするな」と、安倍総理と同じようなセリフが聞こえてきます。

しかし、国家の根幹に関わる重要な問いかけがなされているにも関わらず、政権与党が抜け道を探っているようにしか見えない今、民意と陛下の思いに寄り添った王道の見解を出すのは野党第一党の使命です。

政争の具批判をおそれて、その使命を放棄し、政権与党と異なる見解を出すことを控えるなら、野党は不要ということになります。

私は、野党議員としての使命を果たしたい。

また、ある方からは「どうせ政府案が通るのに、こぶしをどこで下ろすつもりか」とも聞かれました。

最初から数の力に屈して、正義や理想やあるべき姿を掲げることをためらうなら、国会での議論は不要ということになります。

私は、国会議員としての仕事をしたいのです。

さあ、ようやく、議論のスタートです。

善き公論を作り上げていきましょう。

私も微力を尽くします。


政争の具にするなという議論封じ
http://yoshinori-kobayashi.com/12047/
2016.12.21 小林よしのりオフィシャルwebサイト

「政争の具にするな」

これが民進党の「皇位検討委員会」の見解に対する、
最も卑劣な反応になることは、すでに見抜いている。

おそらく安倍政権は、今後、何度も「政争の具にするな」
という論法を使って来るだろう。

これは「我々が出した結論に反対するな、議論をさせない」
という「議論封じ」の脅しであって、絶対に怯んではならない。

「恒久法での退位、皇室典範改正こそが、天皇陛下と
国民の願いを叶える王道だ
」と言い返すべきだろう。

「天皇陛下に屈辱の退位を強いるつもりか?」

「陛下のご学友が、陛下は恒久法を望んでおられると
証言されている」


と民進党は言うべきだ。

「安倍首相には尊皇心がないのか?」と問えばいい。

まさか国会で男系血統しか尊敬していないとは言えないだろう。

「政争の具にするな」に対し、「天皇と国民をあざむくな」
返していくのは重要である。


関連記事
木村草太氏の天皇退位への提言は見事 小林よしのり
http://www.asyura2.com/16/senkyo217/msg/901.html


120513
記者会見をなさる天皇陛下

控えめどころか、十分に伝わる、天皇陛下の誕生日記者会見-(天木直人氏)
http://www.asyura2.com/16/senkyo218/msg/116.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 12 月 23 日 14:05:30
http://www.twitlonger.com/show/n_1spfd4f
23rd Dec 2016 市村 悦延 · @hellotomhanks

きょう12月23日の誕生日に先駆けて、天皇陛下が記者会見され、

その発言内容がきょうの各紙で一斉に報じられた。

 そこには、退位の法整備に関する具体的言葉はなく、

8月に発表されたお言葉への次のような短い言及だけだ。

 「8月には、天皇としての自らの歩みを振り返り、

この先の在り方、務めについて、ここ数年考えてきたことを内閣とも相談しながら表明しました。

多くの人々が耳を傾け、各々の立場で親身に考えてくれていることに、深く感謝しています」

 これを、たとえばきょうの日経新聞はこう書いている。

 「退位に関する政府の有識者会議の議論が進むなか、

政治的な言動が認められていない憲法上の立場を踏まえ、抑制的に発言されたとみられる」と。

 それはその通りだ。

 しかし、それを8月のお言葉に比べて「控えめ」と単純に考えるのは間違いだ。

 ましてや、安倍政権の圧力に屈して8月のお言葉から後退したと考えるなら、

天皇陛下の今度の記者会見の言葉を見誤る。

 天皇陛下は、今度の短い言及の中で、極めて重要な事を二つ我々に伝えている。

 ひとつは、8月のお言葉は内閣と相談しながら表明したと明確に述べられたことだ。

 これは、あの言葉が決して思いつきで自分の考えを発したわけでも、

憲法を軽視したわけでもなく、安倍政権と十分協議した上での表明であったことを、

我々に伝えられたということだ。

 二つ目は、多くの人々が耳を傾け、各々の立場で親身に考えてくれていることに、深く感謝している、

と述べられたことだ。

 天皇陛下は、あの8月のお言葉を発したあと、

国民がどのような反応を見せたかを、あらゆる報道を通じて知ろうと努められたに違いない。

 「多くの人々」や、「各々の立場で」という言葉がそれを物語っている。

 手前勝手に推測すれば、新党憲法9条の設立宣言も承知されているのではないかと思うほどだ。

 この短い言及は、記者会見の全文が被災者、

弱者へのいたわりと平和の思で貫かれている事と併せ考えると、

8月のメッセージ以上に強烈なメッセージを国民に発せられたと考えるべきほどだ。

 いよいよ、安倍首相は重い宿題を負う事になる。

 そして来年早々にはその方針が明らかにされる。

 私は思う。

 たとえどのような結論を安倍首相が下そうとも、天皇陛下は一切の不満を漏らされることはないだろうと。

 それどころか、一切のコメントをされないだろうと。

 それを許すのは国民であるからだ。

 だからこそ、我々国民は、安倍首相の下す結論が天皇陛下の思いと違ったものにならないように、

安倍首相の結論から目が離せないのである。

           ◇

天皇陛下お誕生日に際し(平成28年) 天皇陛下の記者会見
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/7
会見年月日:平成28年12月20日 会見場所:宮殿 石橋の間

宮内記者会代表質問

問 今年は五輪・パラリンピックが開催され,天皇陛下にはフィリピンや東日本大震災,熊本地震の被災地などを訪問される一方,三笠宮さまやタイのプミポン国王とのお別れもあり,8月には「象徴としての務め」についてお気持ちを表明されました。

  この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

天皇陛下

今年1年を振り返ると,まず挙げられるのが,1月末,国交正常化60周年に当たり,皇后と共にフィリピンを訪問したことです。アキノ大統領の心のこもった接遇を受け,また,訪れた各地でフィリピン国民から温かく迎えられました。私が昭和天皇の名代として,初めてフィリピンを訪問してから,54年近くの歳月が経たっていました。この前回の訪問の折には,まだ,対日感情が厳しい状況にあると聞いていましたが,空港に到着した私どもを,タラップの下で当時のマカパガル大統領夫妻が笑顔で迎えてくださったことが,懐かしく思い出されました。

今回の滞在中に,近年訪日したフィリピン人留学生や研修生と会う機会を持ち,また,やがて日本で看護師・介護福祉士になることを目指して,日本語研修に取り組んでいるフィリピンの人たちの様子に触れながら,この54年の間に,両国関係が大きく進展してきたことを,うれしく感じました。

両国の今日の友好関係は,先の大戦で命を落とした多くのフィリピン人,日本人の犠牲の上に,長い年月を経て築かれてきました。この度の訪問において,こうした戦没者の霊の鎮まるそれぞれの場を訪ね,冥福を祈る機会を得たことは,有り難いことでした。また,戦後長く苦難の日々を送ってきた日系2世の人たちに会う機会を得たことも,私どもにとり非常に感慨深いことでした。

今後とも両国の友好関係が更に深まることを祈っています。

東日本大震災が発生してから5年を超えました。3月には,福島県,宮城県の被災地,そして9月には岩手県の被災地を訪問し,復興へ向けた努力の歩みとともに未いまだ困難な状況が残されている実情を見ました。その中で岩手県大槌町では,19年前に滞在した宿に泊まりましたが,当時,はまぎくの花を見ながら歩いたすぐ前の海岸が,地震で海面下に沈んで消えてしまっていることを知り,自然の力の大きさ,怖さをしみじみと思いました。

この5年間,皆が協力して復興の努力を積み重ね,多くの成果がもたらされてきました。しかし同時に,今なお多くの人が困難をしのんでおり,この人々が,1日も早く日常を取り戻せるよう,国民皆が寄り添い,協力していくことが必要と感じます。

4月には熊本地震が発生しました。14日夜の地震で,多くの被害が出ましたが,16日未明に本震が発生し,更に大きな被害が出ました。その後も長く余震が続き,人々の不安はいかばかりであったかと思います。

5月に現地を訪れましたが,被害の大きさに胸を痛めるとともに,皆が協力し合って困難を乗り越えようと取り組んでいる姿に,心を打たれました。

今年はさらに8月末に台風10号による大雨が岩手県と北海道を襲い,その中で高齢者グループホームの人たちを含め,多くの人が犠牲になったことも痛ましいことでした。

このような災害に当たり,近年,個人や様々な団体と共に,各地の県や市町村などの自治体が,被災地への支援の手を差し伸べ,さらにそれを契機として,全国で様々な地域間の交流が行われるようになってきていることを,うれしく思っています。

8月には,天皇としての自らの歩みを振り返り,この先の在り方,務めについて,ここ数年考えてきたことを内閣とも相談しながら表明しました。多くの人々が耳を傾け,各々の立場で親身に考えてくれていることに,深く感謝しています。 

8月から9月にかけて,リオデジャネイロでオリンピックとパラリンピックが開催されました。時差があったこともあり,毎朝テレビで,日本人選手の活躍する姿が見られたことは,楽しいことでした。オリンピックと同様に,パラリンピックにも多くの人々の関心が寄せられていることをうれしく思いました。

10月中旬にタイのプミポン国王陛下が崩御になりました。昭和38年に国賓として訪日された時に初めてお目に掛かり,その翌年に,昭和天皇の名代として,皇后と共にタイを訪問し,国王王妃両陛下に温かく迎えていただき,チェンマイなど,タイの地方にも御案内いただきました。即位60周年のお祝いに参列したことを始め,親しく交流を重ねてきた日々のことが,懐かしく思い出されます。

10月下旬には,三笠宮崇仁親王が薨去こうきよになりました。今年の一般参賀の時には,手を振って人々に応えていらしたことが思い起こされます。戦争を経験された皇族であり,そのお話を伺えたことは意義深いことでした。

11月中旬には,私的旅行として長野県阿智村に行き,満蒙開拓平和記念館を訪れました。記念館では,旧満州から引き揚げてきた人たちから話を聞き,満蒙開拓に携わった人々の,厳しい経験への理解を深めることができました。

また,その際訪れた飯田市では,昭和22年の大火で,市の中心部のほぼ3分の2が焼失しています。その復興に当たり,延焼を防ぐよう区画整理をし,広い防火帯道路を造り,その道路には復興のシンボルとして,当時の中学生がりんごの木を植えた話を聞きました。昭和20年代という戦後間もないその時期に,災害復興を機に,前より更に良いものを作るという,近年で言う「ビルド・バック・ベター」が既に実行されていたことを知りました。

12月には,長年にわたるオートファジーの研究で,大隅博士がノーベル賞を受賞されました。冬のスウェーデンで,忙しい1週間を過ごされた博士が,今は十分な休養をとられ,再び自らが望まれているような,静かな研究生活に戻ることができることを願っています。

年の瀬が近づき,この1年を振り返るとともに,来年が人々にとって良い年となるよう願っています。  

(以上、転載終わり)

|

« 【逆賊・安倍道鏡】天皇が誕生日会見で「生前退位」に殆ど触れられず、の情報! 安倍官邸の封じ込めで記者の質問もなく… | トップページ | 【会食禁止法の成立を急げ】安倍総理と「ひるおび」田崎史郎氏&「NHK日曜討論」島田敏男氏が「京都つゆしゃぶCHIRIRI」で忘年会! »

時事問題」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。