【シュタイナーの警告】432Hzではない基本音調の世界&子供への詰め込み教育は絶望的な社会を作る

ルドルフ・シュタイナー(1861年~1925年)の人となりについては、本転載文末尾の略歴をお読みいただきたいが、私自身は「20世紀を代表する偉人の一人」と密かに敬愛しているのである。類い稀な神秘思想家にして哲学家、教育家。そのシュタイナーが、今から100年以上前、音楽の基準周波数の改悪に対して強い警告を発していたという。しかし同基準周波数はまさにシュタイナーが亡くなった1925年、時の米国政府によってそれまでの「432hz」から「440hz」に変えられたのである。自然の、いな宇宙根源の周波数「432hz」から「440hz」に。私は仔細には分からないが、我々が日々耳にしているテレビ、街角の店々、CDなど・・・から流れてくる音楽は不自然な「440hz」一色なのかもしれないのである。『人間みな病気』とはだいぶ前の筒井康隆編による、先行作家たちによる名短編のアンソロジーだったが、今日の病める社会の状況はそのことが要因となっているのかもしれない。だとするとまさにシュタイナーが言ったように「悪魔の勝利」ということになるだろう。既にご存知の人が多いかも知れないが、昨今「432hz」を基調としたヒーリングミュージック動画が結構アップされている。すぐ下に掲げたのは同検索で真っ先に掲載してあった動画である。我々を取り巻く音楽事情は異常事態である事を認識の上、努めてこれら432hz音楽を聴いていきたいものである。今回のシュタイナーの警告は432hz改悪だけではない。シュタイナーはまた、「子供への詰め込み教育の弊害」についても警鐘を鳴らしていたのである。これについてもわが国学校教育は超深刻である。それは偏差値エリートだったはずの現官僚や政治家たちの歪んだ生き様から明らかだろう。ここでは取りあえず、440hz、詰め込み教育それにテレビが「人間みな病気の根源」と言っておきたい。 (大場光太郎・記)-

🌏 奇跡の宇宙の周波数 《432HZ音源入り》Miracles do happen


51515
ルドルフ・シュタイナー

シュタイナーが警告した「432Hzではない基本音調の世界」
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2035312.html
大摩邇(おおまに) 18:53

るいネットさんのサイトより
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=326567

<転載開始>

シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーは(320345)、現在社会の音の領域にも過去から強い警告を発しています。

音楽に溢れた生活は今や当たり前のように、もはや私たちの社会や人生の一部です。しかし、もしその全ての音楽の基準音に悪意が隠されているとしたら?調律の基準音は世界的にも440Hzですが、実は80年ほど前までは音楽の世界の基準音は432Hzだったのです。当たり前の常識や前提に潜み。悪意は世界スケールで、巧みに私たちの日常から影響を与え続けているのかもしれません。



indeepより リンク



●音楽の基準音は19世紀までは432Hzだった
ルドルフ・シュタイナーは、「音の基準音が 432 Hz から変更されるようなことがあれば、この世は悪魔の勝利に近づくだろう」というようなことを述べていたそうなのですね。19世紀までは、基本調律は 432Hz だったのですが、以下のような国際規定により、アメリカ政府などの働きかけで、1939年から「この地球の楽器の調律の基本は 440Hz 」と移行していきました。


●基準音の変移の歴史
1884年 イタリア政府が基準周波数を「 432 Hz」と制定
1925年 アメリカ政府が基準周波数を「 440 Hz」と制定
1939年 ロンドン国際会議によって、基準周波数は「 440 Hz」と制定される(この時点で国際的に 440Hz へと移行)
1953年 国際標準化機構(ISO)により、440Hz が国際基準値と決められる

●1939年に国際的に決められた440Hz
このようにして、以前、シュタイナーが危惧していた「音の基準が 432 Hz から変えられる」ことが、国際的に決められたのです。この上の年代の歴史は、地球が荒廃し、人心が歪んでくる数十年間の歴史とも一致して、味わい深いものがあります。基準音が 432 hz に戻る兆候は一切ないですので、音の世界からは今のような暴力と狂気の時代は続くのだと思います。

●どうして音(周波数)ごときが人間や世界をコントロールするのか?
・人間は体も心もすべてが周波数の影響を受けている
・この世そのものが周波数でできている

●432という数字の意味
432という数は単に 60倍しただけで 25920と惑星歳差運動周期の年数になる。この 432という数やその倍数は、天文学、神聖幾何学、聖書やバガバッド・ギータなどの謎多き作品や、ピラミッドその他の古代の聖地がある多くの地域の正確な経度と緯度などと驚くほど関わりがあることは事実である。

グラハム・ハンコックは『神々の指紋』の中で、宇宙規模の大変動について全ての知識を網羅して語られているという古代中国の伝承書物の数が 432巻であると語っている。

10800連、 40音節からなるインドの聖典リグベーダの全音節数は 432000音節だ。北欧神話に出てくるヴァルハラの戦士の数は 43200である。


シュタイナーが「子どもへの詰め込み教育は絶望的な社会を作る」といった100年後の日本はかなり絶望的状況になっている
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=320345

これまでの日本の学校教育・受験勉強の知識の詰め込みによって、実感とは切り離された暗記脳・勉強脳が形成され、活力衰弱・思考停止・追求不能になっていることが指摘されています。シュタイナー教育で有名なオーストラリア出身のルドルフ・シュタイナーは、100年前からこの問題について警告していたというのですから驚きです。

◆ルドルフ・シュタイナー (Rudolf Steiner, 1861年2月27日 - 1925年3月30日(満64歳没)20世紀はじめオーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者。



INDEEPよりリンク



●詰め込まれる子どもたち
私は自分の経験からも、「詰め込まれた知識や、嫌々おこなう勉強は絶対に身につかない」と強く思っています。私自身、小学校時代、作文にしろ読書感想文にしろ、「書きかえなさい」という旨のことを何度か言われたことがあります。絵などでもダメを出されたことがありますし(天国の様子を書いただけです)ダメだしは多かったですね。

●詰め込みは現実の成績も含め、あらゆる方向に悪い作用を及ぼす
とにかく、どんなものでも「知識を詰め込まれて喜ぶ子どもはいない」です。いや、これは理想論ではないです。たとえば、「塾に通わせること」に関しては、下のふたつの比較図が、塾と学力上昇とはほとんど関係ないばかりか、むしろ「塾に行くと成績さえも悪くなる」ことを示すのではないかと思います。

●子どもの成績を上げたいなら塾に行かせない
各都道府県の中学生通塾率(2014年)/ 各都道府県の全国学力テスト順位(2014年)これを見る限りでは、手っ取り早く子どもの成績を上げたいのでしたら「塾に行かない」という方法が簡単だと思います。人間はロボットではないですので、自分から、心の底から学びたいと思わないと何も学ばないと思っています。詰め込めば、詰め込むほど、その子どもは学習は身に入らないし、「学習を憎む」ようにさえなっていくように思います。

●生命力を弱める詰め込み教育
しかし、成績などはどうでもいいことで、「詰め込み教育は、さらに深刻な影響をもたらす可能性がある」ことを最近知りました。下は、約 100年前に、ルドルフ・シュタイナーが人智学協会の会員向けに行った講演の一部です。シュタイナーの『人間の四つの気質―日常生活のなかの精神科学 』というものに収録されています。

◇~シュタイナーの 1912年の神智学協会会員に向けての講演より~◇

『大学には多くの学部があり、教授たちが思考と研究以外のことに、一年中かなり駆り立てられています。学生が試験のために知らなくてはならないことを、二、三週間で習得させます。つまり、最も必要なものを詰め込むのです。そのような詰め込みが最悪なのです。小学校でも詰め込み教育が行われるようになると、その害は想像を絶するものになるでしょう。』

『詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきが、まったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。習得したものをしっかりと自分のものにしたい、という気持ちがないのです。人間の心魂と自分が習得するものとのあいだに、興味の絆がわずかしかないのです。その結果、活動的に公的生活に関わることができなくなります。』

『詰め込まれたものが、自分の職業の課題と内的に結びつかないからです。心魂が、頭の活動から遠く離れているのです。人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。』


●戦後日本の学校教育はシュタイナーの危惧を具現化
今の日本は、学校だけでも詰め込みなのにそこに加えて、小学生の40%が塾に通い、中学生の70%が塾に通う。シュタイナーは上のことを述べた後、詰め込みはただ知識が身に入らないだけではなく、「人間の生命エネルギーを弱くする」と言っています。それが問題なのです。シュタイナーの言っていることが、あまりにも今の日本の「健康的状況」とリンクするからです。

●日本人の生命エネルギーが弱くなっている
先ほど、「塾に行くと成績さえも悪くなる」と「さえも」と書きましたが、成績が悪くなることなどはどうでもいいのです。小学生の時の成績など将来の何に関係があるものかと思います。そんなことより、この「生命エネルギーが弱くなっていく」ことがコワイのです。生命エネルギーという言い方ではなく、単に「生命力」でもいいですが、確かに、私たち日本人は年々、弱くなっています。どうしてそうなってしまったのかはわからなくとも、弱くなっています。身体そのものも弱くなっているでしょうが、「精神系の疾患」の増え方が著しいです。

◇ルドルフ・シュタイナー (Rudolf Steiner, 1861年2月27日 - 1925年3月30日(満64歳没)20世紀はじめオーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者。シュタイナー教育の提唱者。国家が教育を独占していたドイツで私学・代替学校の可能性を切り開き、教育を豊かにすることに貢献した。シュタイナー教育は自由教育の象徴的存在とも捉えられており、日本では知識偏重の受験教育に対する代替として支持を集めている。


<転載終了>

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【カルチュアとは何か】犬養毅元首相の孫、評論家の犬養道子さん逝去

-他に取り上げるべき最新ニュースもある中、今回はこの人の訃報に接しどうしても取り上げたくなった。評論家の犬養道子さんが24日、逝去されたのである。とはいっても、これをお読みの若い人たちは「犬養道子って誰?」かもしれない。無理もない。犬養さんは享年96、活動のピークは何十年か前だったのだから。犬養道子さんの略歴については、以下転載の読売ニュースでも伝えられているが、まずもって「5・15事件」(1932年5月15日)で青年将校たちの凶弾に倒れた犬養毅元首相のお孫さんなのである。30代後半より評論家として活躍しておられた。私にとって何より思い出深いのは、ちょうど半世紀も前のことになるが、昭和42年、私が高校2年の時、母校に講演に来られお話されたことである。母校は犬養元首相と少しばかりご縁があり、その縁により山形の田舎高校までお越しくださったのだ。その時のお話のようすなどは、当ブログ開設年の「万物備乎我」シリーズでご紹介したが、今回改めて再掲載する。講演に来ていただいたのは犬養道子さんが46歳頃だったようだが、読売ニュースにあるとおり、犬養さんはその後世界的な飢餓問題、難民問題に積極的に取り組まれた。単なる机上の評論家から世界を視野に入れた実践的活動家へとステージアップされたのである。祖父・犬養毅の「骨太のDNA」をしっかり受け継がれた人だったように思われる。犬養道子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。 (大場光太郎・記)-

50930_2                 犬養道子さん (読売新聞)


犬養毅元首相の孫、評論家の犬養道子氏死去
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12213-20170724-50037/
2017年07月24日 11時31分 読売新聞

難民支援活動や聖書についての著書で知られる評論家、犬養道子(いぬかい・みちこ)さんが24日午前5時28分に亡くなった。

 96歳だった。葬儀の日取りは未定。

 白樺派の作家で法相を務めた犬養健の長女として、東京に生まれた。祖父は5・15事件で暗殺された元首相の犬養毅。1958年に欧米体験をつづった「お嬢さん放浪記」でデビューし、比較生活文化に関する評論活動を展開した。

 79年、難民キャンプの写真を目にして飢餓や難民問題に関心を深め、世界各地のキャンプを訪問。南北問題を世界的視野で見つめた「人間の大地」、「国境線上で考える」(毎日出版文化賞)を著し、その印税を基に難民支援のための「犬養基金」を設立した。

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犬養道子基金ホームページより


万物備乎我(3)
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_d452.html
2008年7月26日 (土)  思い出, 所感  今この時&あの日あの時

 犬養毅と我が母校とのご縁からだったのでしょう。
 私が母校に在学中だった昭和42年、高校2年の時。犬養元首相のお孫さん(長男犬養健の長女)で、当時評論家として第一線で活躍されていた犬養道子女史が母校を訪問され、講演してくださいました。
 季節がいつだったかも忘れてしまったある日の午後。全校生徒が体育館に集合し、犬養道子の講演に聴き入りました。

 その時の犬養道子(1921年~)の印象としては、当時40代くらい、小柄で華奢な感じでした。壇上で時に身振り手振りを交えられ、時に熱っぽく話され、何となくエネルギッシュな女性だなと感じたことを覚えています。それと、やや離れた所からながら、見た感じ少しきつそうなお顔立ちで、眼に強い光りのある方だなとも。

 山形県下の一高校まではるばるお越しいただきましたのに。何せもう40年以上前のことです。その時の演題が何であったか、またどのようなことをお話になられたのか、今となってはほとんど覚えておりません。

 その中でただ一つだけ覚えている話があります。それは「カルチュアとは何か?」というお話でした。(もしかして、演題も「カルチュア」や「文化」に関係したタイトルだったかも知れません。)

 それは大略以下のようなものだったかと思います。

 犬養道子は当時の女性には珍しく、世界の各地を旅行などでよく訪れたそうです。その中でエジプトのとある砂漠地帯を訪れた時のこと。
 砂漠の中に一ヶ所だけ、今で言う「緑化計画」に取り組んでいる所があったそうです。果てしなく砂漠が広がる中で、そこだけ青々と育った草木の群。犬養さんはそれを見て、大変強い感動を覚えたそうです。それを見ながら教訓として引き出したのが、「カルチュア」ということだったのです。

 「カルチュア(culture)」は通常「教養、修養」などという意味に使われます。しかしこの言葉には、「耕作、栽培」という意味もあるのです。この土地のように、普通は不毛といわれている砂漠でさえ、緑化しようという意志の下で「cultivate(耕作する、栽培する)」して現実に成果を挙げている。これを敷衍(ふえん)して、私たちの「教養」もかくあらねばならないのではないだろうか?という訳なのです。

 つまり教養というものは、何の努力もなしに自ずと身に備わるようなものでは決してない。自分の不断の努力で、そのままでは荒れ果ててしまう心の荒地を一生懸命耕し、そこに(教養の)種を蒔き水を遣り肥料にあたるような経験則を加えてやらなければならない。
 また「カルチュア」には「文化、文明」という意味もあるが、古代エジプトの偉大な文明も、当時の人々の不断の努力の賜物で築かれたのではなかったのだろうか…。
                        *
 なお犬養道子は、我が母校を訪れた3年後の1970年以降、ヨーロッパに在住し(1990年代帰国)、1979年頃から世界の飢餓や難民問題と深く関わられたそうです。
 また犬養毅の血族としては。その他現在私たちが知るところでは、元国連高等弁務官だった緒方貞子(曾孫)や、エッセイストで奥田瑛二の奥さんでもある安藤和津(孫・ただし長男健の非嫡出子、後に認知)などがおります。 (文中敬称略)  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

【参考画像】

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犬養毅元首相 1855年6月4日(安政2年4月20日) - 1932年(昭和7年)5月15日)

50931
「5・15事件」で同日夜絶命した犬養首相を報じる翌日の新聞

Photo
大正年間、旧制中学発足にあたり犬養木堂翁(犬養毅)よりご揮毫いただいた、山形県立長井高等学校所蔵の「校訓額」。「萬物備乎我」(万物我に備わる)は、古代中国の思想家・孟子の「真理」の言葉。

(以上、転載終わり)

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【ボブ・ディラン】結局ノーベル文学賞を受賞 受賞に至るまでの驚きの裏軌跡

-ノーベル文学賞受賞発表直後はノーベル委員会がコンタクトしようにも行方が掴めず、「かつての仏作家サルトルのように、ボブ・ディランも受賞を辞退するのではないか」などと言われていた。ただディランは結構複雑な思考回路の持ち主らしく、その回路が回り回りった結果、結局は受賞することにしたようである。ただし本人は今月10日の授賞式には出席しないという形で。今回はボブ・ディランの受賞スピーチの内容はさすがなので、ここに転載することとした。本人は出席しなかったわけだから、代読したのは駐スウェーデン米大使である。受賞決定直後の記事でも紹介したが、百年以上の歴史を有する同文学賞にあって、音楽曲の作詞家が対象となるのははじめてである。だから彼の今回の受賞にあっては、「ノーベル音楽賞を別に設けるべきだ」など各方面から世界的賛否両論が巻き起こった。さてここからは一転、栄えある受賞者ボブ・ディランの「陰の部分」に注目してみたい。私もまったく知らなかったが、彼はずっと昔に「悪魔に魂を売った」というのである。以下に掲げる動画の中でボブ・ディラン自身がそう告白しているのだ。彼の若い頃の代表作『風に吹かれて』が今なお鮮烈な私などの世代にとっては、「ボブ・ディランよ、お前もか!」と大ショックある。彼はインタビューで「現在の地位を手に入れるためにサタンと契約した」「遥かな昔の事だよ」「サタン勢力は地上にもあちらの世界にもいる」などと答えている。おそらく10代で『風に吹かれて』が大ヒットし一躍スターダムにのし上がった、その快感その栄光が忘れられなかったのだろう。急激に人気が落ちたその時だろう、悪魔と契約したのは。またボブ・ディランには薬物常習の疑惑もあるという。彼の今回受賞の理由となった斬新な継続的作詞活動の源泉はサタニズム&薬物効果によるものだったのだろうか。押しなべてロックミュージック界は「暗い世界」だ。ひとりボブ・ディランのみならず、マドンナ、レディ・ガガら多くのロック歌手がサタニストなのである。以前『フォレスタコーラス』記事でも述べたが、音楽は人間にとって最も影響力の強い芸術である。私たちは自己責任で、その音楽&音楽家の高低、正邪などをよくよく選別しなければいけないと思う。さもないと音楽曲は我々の潜在意識にいとも簡単に入り込み、深いところからその後の人生に強い影響を及ぼすものなのだから。 (大場光太郎・記)-

ボブ・ディラン //  悪魔に魂を売った、ノーベル賞受賞者


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写真 BARKS   

ディランさん「創造的努力、シェークスピアのように」 ノーベル賞受賞スピーチ(日本語訳全文)
http://www.asyura2.com/16/kokusai16/msg/662.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 12 月 12 日 00:49:05
http://www.nikkei.com/article/DGXLAS0040006_R11C16A2000000/
2016/12/11 16:27 日経新聞

 皆さん、こんばんは。スウェーデン・アカデミーのメンバーと、今晩ご臨席の素晴らしいゲストの皆さまに心からのごあいさつを申し上げます。

 出席できずに申し訳ありません。しかし私の心は皆さんと共にあり、名誉ある賞を光栄に感じていることをご理解ください。ノーベル文学賞の受賞を、想像したり予想したりすることはできませんでした。私は幼い頃から、このような栄誉に値すると見なされた人たちの作品に親しみ、愛読し、吸収してきました。キプリングや(バーナード・)ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェーなどです。作品が教材となり、世界中の図書館に置かれ、恭しい口調で語られる文学界の巨人たちには、常に深い感銘を受けてきました。このリストに私の名前が連ねられることに、本当に言葉を失ってしまいます。

 これらの人々が、ノーベル賞にふさわしいと自ら思っていたかは分かりません。しかし本や詩、戯曲を書く人なら世界中の誰もが、ひそかな夢を心の奥深くに抱いていると思います。恐らくあまりに深く秘められているため、本人でも気付かないほどでしょう。

 私にノーベル賞受賞の可能性がわずかながらあると言われたとしても、月面に立つのと同じくらいの確率と考えなければならなかったでしょう。事実、私が生まれた年とその後の数年間は、世界でこの賞にふさわしいと見なされた人はいませんでした(注・1940~43年は文学賞受賞者がいなかった)。だから控えめに言っても、私は自分が非常にまれな集団の中にいることを認識しています。

 この驚くべき知らせを受けた時、私はツアー中で、正確に理解するのに数分以上かかりました。私は文豪ウィリアム・シェークスピアのことが頭に浮かびました。彼は自分を劇作家だと考えていたと思います。文学作品を書いているという考えはなかったでしょう。彼の文章は舞台のために書かれました。読まれることではなく、話されることを意図していました。「ハムレット」を書いている時、彼はいろいろなことを考えていたと思います。「ふさわしい役者は誰だろう」「どのように演出すべきか」「本当にデンマークという設定でいいのだろうか」。創造的な構想や大志が彼の思考の中心にあったことに疑いはありません。しかしもっと日常的なことも考え、対処しなければなりませんでした。「資金繰りは大丈夫か」「後援者が座る良い席はあるか」「(小道具の)頭蓋骨をどこで手に入れようか」。シェークスピアの意識から最もかけ離れていたのは「これは『文学』だろうか」という問いだったと確信します。

 歌を作り始めた10代の頃、そして私の能力が認められるようになってからも、私の願望は大したものではありませんでした。カフェやバーで、もしかしたら将来、カーネギーホールやロンドン・パラディウム劇場のような場所で聴いてもらえるようになるかもしれないと考えていました。少し大きな夢を描けば、レコードを発表し、ラジオで自分の歌が聴けるようになるのではと想像したかもしれません。それは私の中で本当に大きな目標でした。レコードを作り、ラジオで歌が流れるというのは、多くの人に聴いてもらえることであり、自分がやりたかったことを今後も続けられるかもしれないということでした。

 私は自分がやりたかったことを長い間続けてきました。多くのレコードを作り、世界中で何千回ものコンサートを開きました。しかし私のしてきたほとんど全てのことの中核にあるのは歌です。私の歌はさまざまな文化の、大勢の人たちの中に居場所を見つけたようで、感謝しています。

 一つだけ言わせてください。これまで演奏家として5万人を前に演奏したこともあれば、50人のために演奏したこともあります。しかし50人に演奏する方がより難しい。5万人は「一つの人格」に見えますが、50人はそうではありません。一人一人が個別のアイデンティティー、いわば自分だけの世界を持っています。物事をより明瞭に理解することができるのです。(演奏家は)誠実さや、それが才能の深さにいかに関係しているかが試されます。ノーベル賞委員会がとても少人数だという事実は、私にとって大切なことです。

 しかしシェークスピアのように私も、創造的な努力とともにあらゆる日常的な物事に追われることばかりです。「これらの歌にうってつけのミュージシャンは」「このスタジオはレコーディングに適しているか」「この歌のキーはこれで正しいか」。400年もの間、何も変わらないことがあるわけです。

 これまで「自分の歌は『文学』なのだろうか」と自問した時は一度もありませんでした。

 そのような問い掛けを考えることに時間をかけ、最終的に素晴らしい答えを出していただいたスウェーデン・アカデミーに感謝します。

 皆さまのご多幸をお祈りします。

 ボブ・ディラン

〔共同〕

ボブ・ディラン、ノーベル賞晩餐会で代読されたスピーチ全文
https://www.barks.jp/news/?id=1000135939

ノーベル文学賞、過去にはこんな人たちが受賞した
120113
ノーベル文学賞、村上春樹さんは受賞するか? 過去には政治家も劇作家も(画像集・クイズ)

(阿修羅掲示板投稿のコメントより)

1.    2016年12月12日 12:04:16 : LY52bYZiZQ : i3tnm@WgHAM[-6927
Life | 2016年 12月 12日 11:03 JST
関連トピックス: トップニュース
ノーベル授賞式欠席のディラン氏、喜びと驚きを明らかに

http://s4.reutersmedia.net/resources/r/?m=02&d=20161212&t=2&i=1165069254&w=644&fh=&fw=&ll=&pl=&sq=&r=LYNXMPECBB00R
 12月10日、スウェーデン・ストックホルムでノーベル賞授賞式が開かれ、文学賞を受賞した米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン氏は授賞式を欠席したが、受賞に感謝の意を表すメッセージを寄せ、晩さん会で代読された。写真は2012年1月ロサンゼルスで撮影(2016年 ロイター/Mario Anzuoni)

{ストックホルム 10日 ロイター} - スウェーデン・ストックホルムで10日、2016年のノーベル賞授賞式とそれに続く晩さん会が開かれた。文学賞を受賞した米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン氏は授賞式を欠席したが、受賞に感謝の意を表すメッセージを寄せ、晩さん会でラジ駐スウェーデン米大使により代読された。

ディラン氏は、「皆様とともに出席できず残念だが、心は皆様と共にあり、このような栄誉ある賞を受賞することを名誉に思っていることをご理解ください」と述べた。

また、「もし誰かが私がノーベル賞を受ける可能性がわずかながらあると言っていたら、それは月面に立つのを同じくらいの確率だと思ったことでしょう」と語り、受賞は大きな驚きだったと明らかにした。

この日の授賞式では、友人の米ミュージシャン、パティ・スミス氏がディラン氏の代表曲「はげしい雨が降る」を歌った。緊張して歌詞を忘れやり直す場面もあったが、演奏には熱烈な拍手が送られた。

*カテゴリーを追加しました。

http://jp.reuters.com/article/bob-dylan-nobel-idJPKBN14102D


(以上、転載終わり)

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【日本語を考える】小学生の英語教育は必要か&敬語の美と誇り

-恒例の時事記事について転載したいものが見つからず、たまたま興味深く読んだ阿修羅掲示場と大摩邇サイトの、日本語について考えさせられる投稿記事があったので転載する。1番目の森本卓郎氏文のテーマは「小学生の英語教育は必要か」というものである。これは2020年以降、小学校3年生から必修化されるという英語教育の是非について論じているものである。森本氏は、これについては「百害あって一利なしだと考えている」という。理由の一つは、その前にみっちり国語力を身につけさせるべきだというのだ。森本氏がさらに指摘するように、「言葉というのは最も大切な文化」であるのに、「国語力もろくに出来上がっていない小学生」に英語を学ばせる事は、子供たちの情操を養う上でも人格形成上も危ういものがあるし、この国の文化継承にとって大変危ういと思われる。「言葉というのは最も大切な文化」であることを、「敬語」という観点からさらに掘り下げて論考しているのが次の「心に青雲」サイト記事である。尊敬語、謙譲語、丁寧語をきちんと誤りなく使えているかとなると、私自身甚だ心もとない。敬語は奥深いものなのである。敬語を「階級的言語」として極力教えないようにしてきたのが日教組だという。ヤジ将軍・安倍増長のように何の関連もない民主党(当時)の国会質問に「日教組、日教組」とヤジるのもいかがなものかと思うが、この日教組方針は敬語の何たるかを知らない妄言と言うべきだ。敬語のみならず、戦後日教組がよりよき日本語教育を阻害してきたのは否めない事実だと思われるのである。それと同サイト指摘のように、日本語破壊を強力に推し進めてきたのはテレビ局、特に民放の低俗番組だ。実害としては日教組よりこちらの方が遥かに深刻かもしれない。同サイトが引用・紹介している林秀彦氏は、「日本人と日本語の関係は魂の結びつきの関係にあり、民族のアイデンティティと一体である」と述べているがまさに至言である。その破壊こそがGHQ・3S政策の眼目だったわけだが、だからと言って安倍政権が進めようとしている修身・道徳教育の復活などはこれぞ「百害あって一利なし」だ。森本氏主張どおり、小学生からの英語教育もそう。必要なのは、ポダムCIA正力の日本テレビ開設以来、自民党政権と癒着してきたテレビ局低俗番組の廃止(いっそすべてのテレビ局そのものの廃止)と、灘校・橋本武先生が「国語力はすべての学科のベース」「国語力は生きる力」とまで言い切った国語教育の抜本的改革である。また個々人としては、お互いロクな国語教育を受けてこなかったのだから、今ここから自らが真摯な気持ちであらためて日本語を学び直す意志も必要だろう。 (大場光太郎・記)-


森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 小学生の英語教育は必要か(週刊実話)
http://www.asyura2.com/16/hasan112/msg/630.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 9 月 01 日 19:16:05
http://wjn.jp/article/detail/6741701/
週刊実話 2016年9月8日号

 小学生に対する英語教育が、2020年以後、3年生から必修化、5年生から教科化されることになった。現在と比べると、時間にして約3倍に増えるという。「グローバル化が進む中で、英会話能力の育成は不可欠」だと考える国民は多いだろうし、自分自身の英会話能力の低さを振り返ると、小学生時代から英会話の教育を受けておけばよかったと考える国民は、多数派だろう。

 しかし、私は小学生からの英語教育は、百害あって一利なしだと考えている。第一の理由は、小学生時代の外国語能力獲得は、その後に大きな成果を残さないということだ。

 私は、父親が新聞社の外信部で働いていたため、小学校1年生をアメリカで、4年生をオーストリアで、5年生をスイスで過ごし、すべて現地の公立小学校に通った。最初は英語で、次いでドイツ語、最後はフランス語だった。子供は語彙が少ないから、半年も経てば、普通に会話ができるようになる。しかし、それで何が残るのかということだ。私はいま、ドイツ語もフランス語も話すことができない。英語は少し話せるが、それは中学以降の学習の中で身に付けたものだ。

 もちろん、私は外国語教育が必要ないと言っているのではない。自国語とスタイルの違う言語が存在することを学ぶことは、とても重要だ。しかし、それが意味を持つのは、まず自国語をしっかりと勉強した後のことだ。

 私が小学生からの英語教育に反対するもう一つの理由は、そもそも英会話を必要とする国民がどれだけいるのか、ということだ。

 確かに、エリートビジネスマンに英語は不可欠となっている。ただ、そこでの英語能力は、中学生からでも十分身に付けることができる。現在、日本で働き、流暢な日本語を操る外国人のほとんどは、小学校時代に日本語を学んでなどいない。日本のビジネスマンに欠けているのは、語学力ではなく、外国人と話題を共有できる教養のほうだ。

 一方で、世界中のどの国を見ても、一般庶民は自国語のみを使って生活している。それで問題は起きていないのだ。

 それでは、日本語もろくに出来上がっていない日本の小学生になぜ英語を教えるのかといえば、私には米国企業にとって使いやすい労働力を育てたい、もっと言えば、米国への隷従を深めるためではないか、と考えている。

 1945年9月2日、日本が降伏文書に署名した直後、GHQは日本政府に「三布告」の即時実施を突きつけた。幸い、外務官僚の機転と命を賭した交渉によって実施は見送られたが、そこに書かれていたのは、通貨発行権と司法権をGHQが握るとともに、公用語を英語にするということだった。占領とは、そういうものなのだ。

 小学校のときから英語を学べば国際感覚が養われるというのであれば、例えば、学ぶべき外国語を英語のほかに、ドイツ語、フランス語、中国語といった選択式にしてもよいはずだが、そうした話は一切出てきていない。

 言葉というのは最も大切な文化だ。英語で考えると英語の発想になってしまうからだ。いま初等教育に一番必要なことは、日本語をきちんと教えることではないだろうか。


敬語の美と誇り(1/3) 心に青雲さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004133.html 
大摩邇 20:54
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/441094745.html

<転載開始>

《1》
 林秀彦氏の『失われた日本語、失われた日本』(草思社 2002年刊)の、敬語に関する論考は、林秀彦さんの思想の真髄を示していて、私は何度もここを読み返しては、ときに涙ぐむのを禁じ得ない。これほど見事な心のこもった「敬語論」を読んだことはない。おそらくこれは敬語論では世界一と言ってよいかと思う。以下引用させていただく。

     ※      ※

 尊敬語、謙譲語、丁寧語、男言葉、女言葉といったものの抹殺は、そのなかでももっとも悪質な陰謀です。敗戦後サヨク系の人々から貼り付けられた日本語に対するレッテルは、「階級的言語」というものでした。これらの言葉が被差別を強制しているという評価でした。
 なんという亡国的、売国的発想だったことでしょう。 

 例えば恋は、お互いの敬語から始まるものです。それは決して女性だけが男性に対して強制されるようなものではありません。男性にとっても、敬語をもって接することができないような女性は、恋の対象にならないのです。

 男女相互の敬意は、恋だけではなく。良い夫婦関係にとっても不可欠なものです。日本人はどのような人間関係のなかにも、相手への敬意をにじませるという民族的な習性を持っていたのです。それは遠慮や、忖度や、気遣いや、いたわりや、寛容といった形で外に現われ、言葉がその細かなニュアンスを表現させる機能を持っていました。 

 敬語は人を大切にするためのもっとも的確で、かつ美しい表現です。私たちの祖先は何千年もかけ、民族性にもっともフィットした言葉を作りだし、いつくしみ、洗練させてきました。言葉は先祖たちの知恵の塊です。
 敬語は差別ではなく、美意識です。自分自身の謙虚さを美しいと感じる喜びの表出です。同時に相手に対する最高のいたわりです。
 それこそが、日本人としての愛の表現でした。西洋人の言う愛とは違う愛です。尊敬語、謙譲語、丁寧語こそ、日本人の愛なのです。


     ※      ※

 このように、林氏は説くのである。
 敬語は、サヨクから「階級的差別」とか「封建的」と貶められた。そのあげく、昨今の若者は、敬語を使わなくなったどころか、意図的に汚い言葉を使ってお互いを罵るように、バカにしたように会話し、上司だろうが年長者だろうが、敬語無視の友達感覚でしゃべっている。英語には敬語がないから、それが合理的で民主的だなどと吹き込まれたせいだろうか。

 私は、本来的には天皇に対する特別の敬語はあって良いと考えている。だが昨今の、裕仁も明仁も徳仁も、とてもじゃないが敬語をつかう気になれない。天皇への敬語は、ここで林さんが言っているのと同じ理由による。後醍醐院みたいなゲスは別として、日本人は天皇への敬意をにじませることが出来た、そういう関係が続いた。

 しかるに最近は英語をまねて、要するにフラットでフランクな話し言葉をつかうようになった。一言で言えば、ガサツなのである。当然、若い人は手紙などの文書が書けない。会社に入ると、さすがに商売上、「お客様にはこう言え」と教育されるから、そこでやっと敬語を習得するようだが、それも商売上の言葉に限られるから、日常ではすぐに馬脚をあらわす。

 林秀彦氏は、この本のタイトルのように、日本語が失われれば、それは日本人が日本人でなくなることだとおっしゃる。「日本人と日本語の関係は魂の結びつきの関係にあり、民族のアイデンティティと一体である」とも書いておられる。その通りである。それがどういうことなのかは、この『失われた日本語、失われた日本』を読んでいただきたい。

 「恋は、お互いの敬語から始まるものです」と林さんは説くが、これは実に美しい言葉である。この一言を読んで、あなたは胸が痛みませんか? 失われた日本を思って目頭が熱くなりませんか? 熱き心がある人なら、きっとそうなるはずなのだが…。
 そのとおり恋はお互いの敬語から始まる。昨今はそうではなく、なれなれしいところから恋愛を始めてしまうのではないだろうか。友情も恋も人を選ぶものだ。簡単に自分をさらけだすものではない。そういう人間はレベル低く思われる。だから見知らぬ男女が出会ったら、敬語を遣い、自分を低くは見せないものである。

 「秘すれば花」とはよく言ったものだ。恋愛もそういうものだ。互いに秘するものがあればこそ魅かれる。互いに相手を一目置く。ところが結婚して敬語を遣わなくなると、簡単に互いの中身がさらけだされ、実は秘するものは何にもなかったとわかって、すぐ恋も冷める。恋だけが冷めるならまだしも、その人間の文化性が簡単に淡雪のごとく消える。

 日本語を破壊してきたのは第一にサヨク、日教組どもであるが、もうひとつ重要な勢力があった。それはテレビ局であった。内容はともかくNHKは言葉遣いに関しては悪くなかったし、NHK放送があったればこそ全国に標準語が定着することになった功績は認めなければならぬ。しかしCIAの手先として始まった日本テレビ以下、民放はこと言葉遣いに関してはひどいことになった。

 NHKのアナウンサーは厳しく言葉遣いを鍛えられたが、民放はいい加減だった。民放アナはそれなりに指導はされただろうが、おちゃらけ番組ばかりやるようになって崩れ、可愛コちゃんならいいと女子アナがしゃべるようになって、いっそう乱れた。
 さらにテレビ局が面白がって出演させた大阪芸人らもその共犯である。

 敬語がなくなり、日本語がメチャクチャにされた結果のもっともラディカルな例がボクシングの亀田一家である。謝罪会見でさえ敬語をつかわない無教養。それを識者の誰も咎めなかった。あいつらの言葉遣いを軽薄にも面白がり、また中立的立場でものわかりの良い姿勢をとる奴は、日本人の恥であり、文化の破壊者である。
 日本文化を貶めても無神経でいられるのは、在日朝鮮・韓国人が使嗾しているのだろう。亀田一家も大阪出だが、とくに在日の多い大阪の芸人がテレビなどで、日本語の美しさをぶち壊してきたと思う。

 テレビタレントの多くは在日かオガミヤであるから、関東、関西の別なく彼らは平然と日本語を壊してきた。
 大阪には上質の文化はあるし、敬語がないなどとは言っていない。問題は大阪の庶民文化を体現した人間(とくに芸人)であって、よく「関東の人間は、敬語をつかって上品ぶっているから好かん」と言う。敬語をつかうことが気取りや、上品ぶっていると僻みを込めて彼らは思っているのか。

 せんだってあるテレビ局で、大阪のおばちゃんに街中で面白いインタビューしていた。「あなたは女優の松坂慶子さんですか?」と(真顔で)尋ねるのだ。「松坂慶子さんに似ていますね」ではない。すると、聞かれたおばちゃんは必ず「そうや。わたし松坂慶子やねん」と照れもせず答える。関東では絶対にあり得ない返答なので驚いた。これを大阪人は「ノリがいい」と称するようだが、関東人に言わせれば、慎みゼロ、奥ゆかしさゼロ、謙虚さゼロ、品がない! と断ずるであろう。
 大阪の庶民には「恋は、お互いの敬語から始まるもの」といっても通じないのだろうか。

(以上、転載終わり)

関連記事
敬語の美と誇り(2/3)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004132.html
敬語の美と誇り(3/3)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004131.html

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日本語は特殊ではないが「最強の言語」か

-私たちが生まれてから今日まで使っている「日本語」は、世界中に数多ある言語の中でも特殊であると、何となく感じている人が多いのではないだろうか。私自身、中学・高校時代からそう感じてきた。いわゆる五十音というのがあるが、「あいうえお」の母音を縦軸に、「かさたなはまやらわ」の子音を横軸に五十音できれいに収まるのである。こんな予定調和的な不思議な言語が他にあるだろうか?と、思いつつも日常生活ではそんな難しい事は考えもせず、ひらがな、カタカナ、漢字を自在に組み合わせながら喋ったり、書いたりしているわけである。それに加えて英数字や英単語・その他の言語なども自在に用いられることも考えてみれば不思議である。その不思議を遡って「ひふみ祝詞」「天の数歌」といった日本言霊神授説にまで遡ればなにやらオカルテックになってしまうので、ここでは触れない。日本語の不思議さに人一倍思いを致してきたのは、彫心鏤骨して日本語を綴ることをもって珠玉の作品としてきた優れた作家ではないだろうか。例えば三島由紀夫。ある阿修羅読者が最近、「三島はわが国の文化を守ろうとしていた。分けても文化の基となる日本語。三島は日本語に秘められた力を知っていたのだ」というようなコメントがあった。確かにそうだったのかもしれない。近年の世の乱れ、文化の衰退、モラル破壊の根底にあるのは「日本語の崩壊」なのではないだろうか? (大場光太郎・記)-

ひふみ祝詞


天津祝詞


あわの歌


日本語は特殊ではないが{最強の言語」かも
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1980202.html#more
大摩邇 22:30
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=312249

<転載開始>
日本語は特殊な言語かと思っていましたが、分類的には平均的なグループに属しているようです。
ただ平均的なことが、実は最強の言語でもあるようです。
また、発音の際のエネルギーが身体に負担が少なことや、人間の心理的・生理的制約に即した極めて自然な形となっているなどの特徴もあるようです。

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日本語って本当に特殊なの?
リンク
まずは日本語が、決して特殊な言語ではないという観点から見てみたいと思います。
言語の分析においては、言葉(語彙)と文法の二面から検討をするそうです。

◆言葉における特徴比較として、その言語が持っている母音の数を一つの基準とするそうです。世界の言語調べたデータ(WALS)によると、対象となる563言語の分布は以下のようになっているとのことです。

・少母音(2~4母音):92/563言語(約16%)アレウト語・ナバホ語・マダガスカル語など
・平均的(5~6母音):288/563言語(約51%)日本語・アラビア語・スペイン語・ロシア語など
・多母音(7~14母音):183/563言語(約33%)英語・フランス語・韓国語・ジャワ語など
日本語と同じ漢字を使用する中国語においては、36もの母音数となっています。

日本語の音については、他の言語と比べた時に、母音の数が平均的であるだけでなく、子音の数についても「適度に少ない」と評価されています。
日本語は母音数が平均的であるだけではなく、その発音は極めて合理的であり、楽をして自然に発することができるものされています。

◆言語によって基本的な構文がどのようなものになっているかを調査したものです。
調査対象は、1056言語に及んでいます。
その結果は以下のようになっています。

SOV型:497/1056言語(約47%)、日本語・韓国語・ヒンディー語・エスキモー語など
SVO型:435/1056言語(約41%)英語、ロシア語、スワヒリ語、中国語など
VSO型:85/1056言語(約8%)ウェールズ語・ヘブライ語・サモア語など
VOS型:26/1056言語(約2%)マラガシ語(マダガスカル島)など
OVS型:9/1056言語(約1%)ブラジル一部、オーストラリア一部など
OSV型:4/1056言語(約0.5%)アマゾン地区など

この中で日本語は、調査対象の47%を占めるSOVのグループに属しています。したがって、構文(語順)からみたても、日本語は特殊であるどころかきわめて普通の言語であると言うことができます。

→日本語は極めて普通の世界にありふれた言語であるということができるものです。
よく言われている日本語の特殊性と言うのはどこからきていることなのでしょうか。これはひとえに、言語の発展・伝達の系譜からだけ見た結果にしか過ぎないのです。

漢語導入の前に存在していた「古代やまとことば」の起源がわからないだけで、言語の成り立ちでグループ化しようとしたときにはめるべきグループが見つからなのので、孤立した特殊言語とされているにすぎません。

しかも,その「ごく普通で,ありふれている」という性質は,決して偶然の産物ではなく,人間の心理的・生理的制約に即した極めて自然な結果であると言えるのではないでしょうか。

言語としての基本的な部分が、世界に存在する言語の中でもきわめて標準的なポジションにあることは、日本語を母語として持つ私たちからすると大きなメリットをもたらしてくれます。他の言語との接触場面においてはきわめて標準的な立場をキープできることになります。
しかも、一対一ではなく複数言語の中にあっては、どの言語に対しても標準的なポジションを取ることができることになります。

簡単に外国語を取り込むことが可能な言語であり、きわめて造語力に富んだ言葉を持っており、基本形の締め付けの厳しくない自由な構文を持つ言語である日本語は、他の言語へ合わせての対応すら可能なものとなっています。

世界最強の言語は、日本語ではないのでしょうか。(一部略)
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日本語に擬音語・擬態語(オノマトペ)が多い理由

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=312250
日本語はヨーロッパ諸語と比較して擬音語・擬態語(オノマトペ)が多い言語です。その理由の一説として、日本語は「音節」の数が他の言語に比べて極めて少ないとされています。
日本語の音節はアイウエオの50音と「ガ」などの「濁音」、「パ」行の半濁音、「ニャ」などの拗音を合わせて「112」個。それに対して英語の音節は「3万」とも言われています。
言語学者の分析によれば、そのような音節の種類を補うために「ザーザー」「キラキラ」「ドキドキ」「クラクラ」「めそめそ」などの漢字では表しにくい「二音節反復型」のオノマトペを数多く発明して、コミュニケーションのバラエティーを豊富にしてきたとされています。
しかし、世界の言語の中でオノマトペが最も多いのは韓国語であり、その音節の数は約2000。英語と比べれば相当少ないですが、日本語との比較をした場合、上記の音節の数と擬音語・擬態語の数の論理は成り立ちません。
そうした場合の仮説として、オノマトペの方が先に発生し、そこから諸言語の成立過程で増減したのではないでしょうか。

以下リンクより引用
>ヨーロッパ諸語と比較して日本語に擬音語・擬態語が多いのは、言葉の成り立ちに理由があると考えている。
どの言語もむやみやたらに言葉を作るものではなく、そこには一定の法則性がある。ヨーロッパ言語ではその法則性は、語幹と云われるものを中心に成り立っている。たとえば英語で、mit という語幹が作られると、それを軸にして emit, commit などの動詞が作られ、それをもとに形容詞 emittable, 名詞commission などが作られるという具合に、語幹を展開させることで、品詞の体系を作り上げていく。
日本語でこの語幹形成に最も多く与っているのが、じつはオノマトペといわれる擬音語、擬態語で、なかでも擬態語の比率が圧倒的に多い。英語などでは擬音語は豊富にあるが、擬態語は非常に少ないのと比較すれば、日本語が擬態語を多く抱えた言語であること、しかもその擬態語が言葉の語幹として用いられ、名詞、動詞、形容詞などの形成と深くつながっている、そのことが良くわかってくる。
一例として光の諸要素を表す言葉を取り上げてみよう。昼の明るさを表す「明るい」、夜の暗さを表す「暗い」、夜が明けることを表す「白む」、これらはいずれも擬態語が起源なのである。
「あかあか」という擬態語は、もともと太陽の光を表す表現だった。そこから「赤」という名詞が派生し、「赤らむ」という動詞が派生した。明らか、明けるなども「あかあか」から派生した言葉である。
暗さをあらわす擬態語は「くろぐろ」といった。そこから「黒」という名詞が派生し、「黒む」あるいは「黒ずむ」という動詞が派生した。眩む、暗闇などの言葉も、「くろぐろ」に起源を有している。
「しらじら」という擬態語は、無色あるいは透明な感じを表した擬態語だ。そこから「白」という名詞が派生し、「白む」という動詞が生まれた。しらげる、しらばっくれるなども「しらじら」に起源している。

参考:リンク
リンク
リンク

<転載終了>

関連記事
『天の数歌(あめのかずうた)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-b564.html

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