【驚愕の出生?】「聞いて下さい私の人生」 藤圭子

-定期的に訪問されている方はお分かりのことと思うが、当ブログに決まったテーマというのはない。だから気の向くまま。今回は大摩邇サイトで興味深い投稿記事を見つけたので、久しぶり『映画・テレビ』カテゴリーに属するこの記事を取り上げることとした。主人公は藤圭子である。彼女は私ら団塊の世代にとっての懐かしい歌姫の一人だった。まだ十代だったかと思うが、『新宿の女』を引っさげてのデビューは鮮烈だった。その年で、都会の夜に生きる女の情念を絞り上げるようなどすの利いた声で切々と歌い上げて何の違和感もなかった。さまになっていたのだ。後に藤圭子の演歌を、五木寛之は「怨歌」と評した。なるほどねぇ。心の奥底からしぼり出すような歌い方は確かに怨歌だ。藤圭子の歌の源はその生い立ちによるとみられていた。岩手県の流れの興行師一家に生まれ北海道旭川市に移り住み、家業の手伝いで成績優秀にもかかわらず高校に進めず興業で北海道を転々とした。そんな薄幸の人生に転機が訪れる。札幌雪祭りで歌っていたのをたまたまテレビ局ディレクターが目にし、スカウトしたというのだ。で、以後は知っての通りのシンデレラストーリーとなるわけである。が、そんな藤圭子ストーリーは裏があるというのが今回の転載文である。ここで種明かしをしては面白くないから言わないが、あっと驚く出生の秘密である。娘の宇多田ヒカルの出生もそうだという。実は藤はヒカルの前に男の子を生んでいるが、それがなんと“やんごとなきお方”のご落胤、で、それを隠すためにレズ相良直美が一役買っているという。昔懐かしい『夜のヒットパレード』に藤が出演した際、芳村真理や井上順らがそれとなくにおわせたというのだ。そうなると藤も子供たちもとんだ“貴種流離譚”である。そんな藤圭子は2013年8月22日、都内某ビルから飛び降り自殺した。その1ヵ月ほど前、キャロライン・ケネディの駐日大使就任が発表された。としたら、あの痛ましい自殺は仕組まれた「他殺」の可能性大有りか。と。縷々述べてきたが、以下転載文、行替えなしの大長文である。でも、一編の超短編ミステリー(フィクション)と捉えれば一気に読めるのではないだろうか。あまり深く考えず、さらっとご一読いただければと思う次第である。 (大場光太郎・記)-

関連記事
★ありがとう(ARI GATO)作戦 (続編-宇多田ヒカル出生編)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2090772.html#more
昔、藤圭子さんからサインをもらったことがありました
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-6ff8.html

56358

懐メロ歌謡曲 158 藤 圭子
「新宿の女」「聞いて下さい 私の人生」「涙の酒」

藤圭子 夜のヒットスタジオ 聞いてください私の人生
以下転載文中に出てくる、芳村真理と井上順によるツッコミが冒頭から


「聞いて下さい私の人生」 藤圭子
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1757457.html
23:16   大摩邇

日本製原爆完成全文さんのサイトより
http://nipponseigenbaku.com/?p=151
<転載開始>

「聞いて下さい私の人生」 藤圭子

“スメラノミクニ=日本=釈迦白足袋族”は、本当に外道共の集合体だね。此処まで悪党だと、閻魔大王も裸足で逃げ出してしまう。閻魔大王から閻魔帳を奪って、地獄の鬼を皆殺しにする“釈迦白足袋族”は最強の卑人である。地獄の火でも、原子炉の熔解温度でもその「曲がった性根の塊は熔解しない」のである。それ程「我の塊」がカチカチに凝固していると云う訳である。それなら、その「我の塊」は太陽に投げ込んでも熔けない、何億年間でも、太陽の中で燃え続けていれば、無限エネルギーと成って逆に、宇宙のために成るが、原子炉の炉心の中で燃え続け場合は、地球の底が抜けて仕舞う事に成りかねないから、手の施し様がない。それとも、京都府の“スメラノミクニ=日本=釈迦白足袋族”は、「地獄の沙汰も金次第」とばかりに、東日本大震災の義援金(義捐金)と国民年金を全額盗んで、世界一の大宴会を開いて、日本の飛地領土「ナウル共和国(太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁のナウル島からなる共和国)」に亡命して、次の戦争準備にでも入る計画を立てている訳である。俳優の児玉清の番組「アタック25」の収録を欠席とか。石巻市で“さんまを焼いて烽火”だとか。日本はアメリカを再び攻撃(アタック)する計画を準備している訳だ。両国民と日米の政治家達が考えていることには、天と地の開くがあるから、深層海流の流れは緩やかだが、そこに出来る渦は意外に激しい怒りに満ちているのかもしれない。何故、こういった書き出しになるのか?と云えば、芸能人 藤圭子(本名:阿部純子)の子「歌手 宇多田ヒカル」が、2010年10月に発売した「Utada the best」 (ユニバーサル 16曲で新曲なし)を“買わないで”と発言した事と、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の義援金として日本赤十字社を通じて8000万円を寄付した。また、被災者支援として人生初の献血を行い、400ccの献血をした。などの情報が再び流れ出したからである。タイトルは、藤圭子の曲そのままである。日本の芸能界は、スメラ学塾(スメラクラブ、スメラ文庫・・・)と繋がっているイタリアレストラン「キャンテイの川添浩史・象郎一族」を抜きにしては、存在しない程に絶対的な影響力を持つ正に「暗黒世界」である。それは、先の「熔解しない“我の塊”」である。藤圭子は日本規模だったが、「歌手 宇多田ヒカル」は、母 藤圭子の出生地岩手県の奇物 新渡戸稲造が発願した「太平洋の架け橋」として活躍しているのである。それで「満点」でしょ。歌は言語の違いを超えて「平和でしょ」たぶん。歌手の声の最高は「だみ声(ハスキーボイス)」であることから、すれば、宇多田ヒカルの声帯は潰れていないから、最高の声帯とは云えない訳である。しかし、高額所得者の仲間に入る位だから、良いのかもしれない。宇多田ヒカルの胤が、作家沢木耕太郎なのだろうが、此処では問題としない。藤圭子が問題なのである。藤圭子と新渡戸稲造に思想的な関係は見られないし、まして「血縁関係」も見られない。しかし「太平洋の架け橋」に成って居る理由が問題なのである。新渡戸稲造の妻は、米国のクエーカー教徒である。明仁天皇(本人は死亡して、現在は影武者が演じている)の家庭教師(バイニング夫人)もクエーカー教徒である。「太平洋の架け橋」は日米間では「クエーカー教徒」と相場が決まっているのである。藤圭子の家庭環境を表面上見る限り、「クエーカー教徒」を匂わせる物は存在しない。しかし、「太平洋の架け橋」に成って居るのである。実に不可視な世界である。藤圭子の「恨み節(怨念節)」と、英語・日本語混じりの宇多田ヒカル調がシックリと来ないのは、藤圭子の歌が街中に溢れていた高度経済成長時代と、現在とにおいて「隔世の感」があるからでもある。逆に見れば、<藤圭子の歌が街中に流れていた時代は、何故?アノ歌でなければいけなかったのか?>と云う疑問である。それは、マスメディアが国民の思考を「経済戦士」として、疑問府を抱かせないよう強制していたとし考えられないのである。つまり、藤圭子に「恨み節(怨念節)」を歌わせる事で、完全な「会社帰属型の人間」だけを造り上げていったのである。それは、森進一にも共通している訳である。そう「キャバレー日の丸」の登場である。「円天・L&G・あかり研究所の詐欺事件」で広告塔に成ったのは、全て「演歌=恨み節(怨念節)」歌手らである。時代に不変性が欠けているくせに、「電子立国・自動車立国・資源がない」だけには不変性がある様に、京都府の“スメラノミクニ=日本=釈迦白足袋族(日本共産党の医療と教育)”から、徹敵的な教育をされ続けているのである。そういった意味で「藤圭子」の存在(=発言)する意味は重大なのである。

前にも書いたが、藤圭子が2009年夏に発言した【日本はガラスで囲まれているようですね。外から見ると開放的でたやすく入れそうだけれど、実際は見えない分厚い壁がある。いつか、ヒカルも感じるのではないでしょうか】日本に在住していて、藤圭子が感じている「不自由さ」とも受け取れる発言である。「外から見ると」だから、アメリカ側から日本を見ている視点ではある。藤圭子の視点から云えば【長く日本に住んで居た時には、気がつかなかった事ですが、アメリカと日本を行き来し、今ではアメリカに居る時間が長くなって、気がついた事ですが、日本の芸能界は外から見ると、開放的でたやすく入れそうな「ガラスで囲まれた社会」に見えますが、実際には見えない分厚い壁があるのですね。いつか、ヒカルも感じるのではないでしょうか】こういった発言に成るはずだが、藤圭子の発言の中に「芸能界」と云う名称がないのである。冒頭から【日本はガラスで囲まれているようですね】で始っているのである。日本の多くの芸能人らは、アメリカを始め、欧州から北欧、アフリカ大陸まで仕事や旅行から、長期滞在まで多種多様に、国外で生活している人も見受けられが、藤圭子の様な発言を聞いた事が無いから、この発言に面食らう訳である。そして、翌2010年に宇多田ヒカルの休養宣言となる訳である。歌手 郷ひろみは、アメリカで何をしているのか知らないが、ニューヨークに長期滞在して、現地妻やら、不倫やら無差別セックスに明け暮れて、日本に来ると突然路上ライブなどして、その言動は無軌道である。日本の芸能界は「不可視か?可視か?」など気にも止めていない訳である。二谷友里恵に黒田清子(明仁天皇の長女)との間に出来た“二人の女子”を養育させておいて、自分は無差別セックスに励んでいる。それは「島地黙雷の胤」からできているから、島地黙雷・大等と同じ浄土真宗の教義を実践している訳である。結果を考えないでである。“外道の郷ひろみ”と比較する事は対象が異常分子だからやめる。藤圭子のデビューから今日に至るまでの足跡に見られるのは「金銭問題」である。幾ら歌ってもまるで「砂漠に水を打つかの如くに、金銭が底をついているのである」。水原弘(黒いはなびら)や勝新太郎などの様に、連日連夜、銀座で大宴会を繰広げているなら、「借金王」であるが、藤圭子にはそんな豪遊伝は無い様であるが、いつも「金に追われている」のは何故か?である。美空ひばりは山口組の田岡一男(興行師・広域暴力団組長)と母 加藤喜美枝に守られて、芸能界人生を閉じた。芸能界は先にも書いたが、右大臣・左大臣・皇室・皇族の非嫡出子ばかりである。歌の実力とか、芸の力は無関係なのである。マスメディアに出て、生みの親に自分の姿を連日見せる為に、テレビ・ラジオ・雑誌などの媒体が必要なだけである。為政者らの非嫡出子問題の解決策が、「シャープの液晶テレビ」と云う訳である。国民はこの「非嫡出子問題の解決策」に翻弄されて、その真似を強要させられている訳である。実に馬鹿げた社会である。それが「さんまのカラクリテレビや、恋のから騒ぎ」などである。そう云った訳で、芸能界で生き残る為には「右大臣・左大臣・皇室・皇族などの後見人」が絶対必要条件と成ってくるのである。藤圭子は宇多田照實と結婚する前に「歌手 前川清」と結婚していた訳だが、この時も「前川清に金銭問題を相談している」のである。藤圭子の両親は北海道で「門付け(旅周りの芸人)」で、生活をしていたと云うのであるが、藤圭子の「だみ声(ハスキーボイス)」からして、浪曲の発声法(ボイストレーニング)はしていた訳である。芸能界に入ったきっかけは<17歳の時にさっぽろ雪まつりのステージで歌う姿が、レコード会社の関係者の目に留まり上京し、歌手デビューする事になる。>と云う“実に恵まれたきっかけ”である。これなら、毎年雪祭りから最低でも一人は芸能界デビューしている計算になるが、そう云った「ワラの中から針を探す」様な幸運は存在しない。同じ北海道からでた「北島三郎」ですら、長く流しをしてから、芸能界の大御所にまで登り詰めた訳である。確かに藤圭子は、北島三郎が遊んでいる時に、両親と一緒に「門付け」をして生活していた様だから、幼少期に苦労を先にした感はある。藤圭子と宇多田ヒカルは同じ周回軌道を回る母子の如くに、芸能誌は書いている。確かに同じ周回軌道を回っている。其処まで同じになる芸能界の親子は存在しない。歌舞伎役者なら、確かに家族中が不純異性交遊と云う周回軌道を回っているが、宇多田ヒカルのとは違うのである。「太平洋の架け橋」と云う視点で同じ周回軌道上にあると云う訳である。市川海老蔵の大根歌舞伎とは話の次元が違うのである。そう云った意味で、歌舞伎は京都府の村芝居程度である。とてもとても国際性や不変性はない。梨園を出た事がないのである。歌舞伎役者が映画にでると、全てが歌舞伎調で小学校の学芸会以下である。そんなのに、文部科学省は巨額の援助をしているのだから、どうしょうも無い訳である。ドブに金を捨てているようなものである。藤圭子と宇多田ヒカル親子が「同じ周回軌道を回っている」のであれば、それは「輪廻」と云う事になってしまう。そこから抜け出す手だてがないから、同じ軌道を本人の意志とは関係なく、回り続けている訳である。その軌道を修正して、本来の藤圭子・宇多田ヒカルの持つ軌道に戻す作業が、「休業宣言」だった訳である。それに1年間の準備期間を必要としたと云う訳である。そこまで、芸能界は不可視な世界といわざるを得ないのである。藤圭子も美空ひばりの様に強力な「後見人」がいれば、複雑な軌道修正は必要なかったかもしれない。しかし、美空ひばりも多難だった訳だから、<非嫡出子だけで構成された芸能界>では“イジメは半端ではない”訳で芸能界では政治家が常に暗躍して、芸能界の甘い汁に群がっているのである。そう云った意味で、藤圭子の【日本はガラスで囲まれて・・・】と云う発言は、芸能界と云う名称が抜けているのは「政治的な発言」だからである。だから「太平洋の架け橋」に繋がっている訳である。それは何時からそう成ったのか?と云えば、生れた時からである。その謎を解く鍵がタイトルの<「聞いて下さい私の人生」藤圭子>と云う歌なのである。この歌が問題となるのは、1976年12月6日の第422回「夜のヒットスタジオ」で“司会者の芳村真理と井上順”から、藤圭子が紹介される会話内容である。その動画が次ぎのサイトに在る。
YouTube<http://www.youtube.com/watch?v=PbdKY4iEhJM&feature=related>
この<1976年12月6日の第422回「夜のヒットスタジオ」>の番組の中で、“司会者の芳村真理と井上 順”らは、藤圭子を挟んで、次の様な会話をしているのである。
芳村:エーと、
井上:今度は細い方です。
芳村:ぐっと。
芳村:ハイどうぞー
芳村:てるちゃん 暫くでしたね。
芳村:元気でしたか?
藤圭子:ハイ
芳村:痩せてしまったけど 意味はないの?
藤:ぜんぜん
芳村:痩せようとして?
芳村:そんなことない。
井上:ホント細く成りました。
井上:恋でもしてるんじゃないですか?
藤:ウフフ
スタジオないが、少しざわめく
芳村:妖艶な感じ。
芳村:エー。あら
芳村:赤ちゃんの鳴き声。
藤:ィやー ウフフ
井上:佐良直美さんの赤ちゃんでしょ。
井上・芳村:一呼吸の沈黙があって。
芳村:えー。それでは。暫くぶりなので。
芳村:アノー兎に角
芳村:たつぷり 歌って下さい。どうぞー
伴奏がはじまり、藤圭子が歌いだす。
この「聞いて下さい私の人生」藤 圭子の作詞と作曲は<詞:六本木哲 曲:岡 千秋 R:1976/08/25 HC:70位>と云うことである。
この映像以外にも、藤圭子と赤ん坊が一つの画面に登場する番組がある。この時期を境にして、「夜のヒットスタジオ」から藤圭子の姿は消えるのだが、その後も何故か?「郷ひろみ」だけは露出度が増していくのである。あの独特の甲高い声が今でも日本中に響いているのは、郷ひろみの胤である“浄土真宗の島地黙雷・大等”の「黄色い声」だからである。
藤圭子を挟んで、会話(司会)を進行している「芳村真理と井上順」の実に惚けた演技には唖然とさせられる訳である。藤圭子にとって「1976年」とは一体どんな年だったのか?
藤圭子の公表されている履歴に、<1976年「夜のヒットスタジオ」>に出演した「佐良直
美と藤圭子」のリストを重ね合わせて、井上順の「佐良直美さんの赤ちゃんでしょ。」と云
う発言の意図を読み取る作業が必要と成ってくる訳である。それは、1980年6月に梨元勝が報道した<“佐良直美”のレズビアン騒動に政治家が介入>した事件を解く鍵になるからである。又、レズビアンの“佐良直美”が出産したのなら、木原光知子とキャッシー中島との騒動とは一体何だったのか?と云う疑問である。そして、司会者の“芳村真理”がこの一連の事件に関与しているから、現在、森林保護活動で重要な役割を担って居る事に行き着く訳である。それは芸能界が「政治家の演技を代弁」している訳でもある。
1951年7月5日出生{浪曲歌手の父 • 阿部壮(つよし)、三味線瞽女の母 • 竹山澄子(2010年に死去。享年80)}
1968年 札幌雪祭りで、レコード会社にスカウトされる。
1969年 9月25日 『新宿の女』でデビュー。
1970年 『圭子の夢は夜ひらく』が10週連続1位を獲得77万枚売上げる大ヒット。第12回日本レコード大賞大衆賞を受賞。『第21回NHK紅白歌合戦』に初出場。
1971年 前川清と結婚。
1972年 離婚。
[1975年4月30日 - サイゴン陥落によりベトナム戦争終結]
1976年5月31日 第0395回「夜のヒットスタジオ」出演者:北島三郎、都はるみ、布施明、佐良直美、フォーリーブス、森昌子、岡田奈々、殿さまキングス
1976年6月14日 第0397回「夜のヒットスタジオ」出演者:和田アキ子、藤圭子、アグネス・チャン、西城秀樹、細川たかし、林寛子、西川峰子、三波豊和
1976年08月23日 第0407回「夜のヒットスタジオ」出演者:ダーク・ダックス、佐良直美、和田アキ子(代理司会)、五木ひろし、山口百恵、ずうとるび、片平なぎさ、岡崎ひとみ
1976年12月6日 第0422回「夜のヒットスタジオ」出演者:布施明、佐良直美、藤圭子、郷ひろみ、丸山圭子、岩崎宏美、アローナイツ、岡崎ひとみ
1976年12月6日の第422回「夜のヒットスタジオ」に出演。
1979年 突然引退を表明し、アメリカ合衆国に渡る。
1980年6月佐良直美とキャッシー中島・木原光知子とのレズビアン騒動
1981年 藤圭似子の名で再デビュー。
1982年 宇多田照實と結婚(再婚)。
1983年 長女、光(宇多田ヒカル、本名:宇多田光)を出産。
1984年 芸名を藤圭子に戻す。
1993年 有限会社ユースリー・ミュージックを資本金300万円で東京都杉並区に夫照實と設立し取締役になる。
1995年 夫照實と娘光(宇多田ヒカル)の3人で「U3」のユニット名でインディーズでレコードを発売。
2000年 娘、ヒカルの全国ツアー札幌公演で、ステージに飛び入り参加し、『圭子の夢は夜ひらく』を歌う。
2006年 3月にアメリカ・ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ国際空港にて大金を没収される。
2007年 夫・宇多田照實と離婚。
2009年 前述のケネディ国際空港で没収された現金42万ドルの全額返還が決定。

上記の履歴から、「1976年 藤圭子」は目立った活動はしていないのである。それでは、司会者の「芳村真理と井上順」の“惚けた演技”は何を云いたかったのか?そして、其処から渡米した藤圭子が、宇多田照實と結婚し、“光を出産”し離婚した。と云う過程が読み取れないのに、「宇多田ヒカルのCDは売上NO1」と云う、動かし難い数字が存在するのである。それを、藤圭子の言葉を借りて云えば【藤圭子(宇多田ヒカル)の履歴はガラスで囲まれているようですね。外から見ると開放的でたやすく入れそうだけれど、実際は見えない分厚い家庭事情という壁がある。いつか、ヒカルも感じるのではないでしょうか】となる訳である。<1976年12月6日の第422回「夜のヒットスタジオ」>司会者の芳村真理と井上順の演技の要点は、<“痩せた”即ち出産してお腹が経こんだね。と云う訳だから、1976年6月14日第0397回「夜のヒットスタジオ」に出演している所からして、芳村真理は「1976年夏頃に、藤圭子は赤ちゃんを産んだ」と云って居る事になる。しかも、井上順は「佐良直美さんの赤ちゃんでしょ」とまでハッキリと云っているのである。この時点では、佐良直美のレズビアン騒動は報道されていない。4年後の1980年に政治家を巻き込んだ「佐良直美のレズビアン騒動」が、連日週刊誌からテレビなどで報道される事になるのである。井上順の発言を直接読み取れば「佐良直美の子供は、4~5歳」である。「佐良直美のレズビアン騒動」の時には、藤圭子はアメリカに居住している訳である。謂わば「対岸の火事」である。しかし、<1976年12月6日 第422回「夜のヒットスタジオ」司会者の芳村真理と井上順の惚けた演技>は、重大な政治問題だったことが、<2009年 前述のケネディ国際空港で没収された現金42万ドルの全額返還が決定>と云うニュースと成って現れているからである。ここで、1976年に藤圭子が出産したとすれば、宇多田ヒカルには兄妹がいる事になる。1977年頃の藤圭子の映像には「男の子」が何故か出てくるのであるから、1976年に藤圭子が産んだ子は「男子」である。そうなると、問題はその父親は誰か?と云う事に絞られる。父親として「作家の沢木耕太郎」説を今までは取ってきたが、「作家の沢木耕太郎」が川添一族に取り込まれたとして、「太平洋の架け橋」となる事件にまで発展するだろうか?と云う疑問がでてくる。更に「巴工業 代表の佐良直美」が登場し、橋田壽賀子・石井ふく子・泉ピン子などの、テレビ業界を取り仕切る<テレビ番組「渡る世間は鬼ばかり」の制作一家>と、芳村真理・井上順らも関係してくる「藤圭子・宇多田ヒカル」とは、何処がどう繋がるのか?正に「ガラスで囲まれた不可視の世界」である。先に述べた<藤圭子と宇多田ヒカルは同じ周回軌道を回っているのなら、藤圭子は母 竹山澄子と同じ周回軌道を回っている筈である。>しかし、藤圭子は“母 竹山澄子”と同じ道を歩んでいるとは到底見えないのである。“母 竹山澄子”が「三味線瞽女」と云う履歴にも疑問がある。何度も申しますが、芸能人は右大臣・左大臣・皇室・皇族らの非嫡出子しかいない訳だから、札幌雪祭りでスカウトされたと云うのは演出であって、17歳まで無事に育った「非嫡出子 藤圭子」を、生みの親が引き取りに来た。と云うのが真相である。つまり、{浪曲歌手の父 • 阿部壮(つよし)、三味線瞽女の母 • 竹山澄子}は育ての親と云う訳である。それでは、「非嫡出子 藤圭子」の親は誰か?と云う問題である。<生み母は“山本富士子(1931年生)”>である。藤圭子の生年月日が、1951年7月5日だか?この年度は、偽装された可能性が高い。それは、後日に書き換えられたものと考えるべき性質のものである。さて、1951年に山本富士子は“ミス日本”として公式訪米した年であり、又、その年は「日米安全保障条約が妥結した年」でもある。その様な政治的な状況を念頭に於いて、藤圭子の渡米を見ると、藤圭子の胤(父親)は、ジョン・F・ケネディ(後に第35代米国大統領)しかいないのである。だから、ジョン・F・ケネディが下院議員だった「1951年11月8日、弟ロバート・妹パトリシアと共に来日」した訳である。“山本富士子”はアメリカへの日本側からの“プレゼント”だったのである。それでは、藤圭子が1976年夏頃に出産した「男子」の胤(父親)は誰なのか?と探して見れば、「明仁天皇」しかいないのである。その理由が、井上順の「佐良直美さんの赤ちゃんでしょ」と発言しているのが答えである。前にも書いた通り、「佐良直美の実家は、日本製原爆を製造と完成する為に、必要だった“遠心分離器”のトップ企業」だった。その関係で、皇室から武器企業の高田商会とも深い関係に在った訳だ。その事が、政治家を巻き込んだ「佐良直美のレズビアン騒動」と云う訳である。「巴工業 代表佐良直美」は藤圭子から養育を託されたが、ただと云う訳には行かない。「養育費」を皇室に請求しても、皇室は出さないから、母親の藤圭子に養育費を請求する事になる。それで、藤圭子は「巨額な養育費」を「巴工業 代表佐良直美、石井ふく子、橋田壽賀子」側に支払う為に、生活に困窮をきたしている訳である。その金銭問題の話が<2006年 3月にアメリカ・ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ国際空港にて大金を没収される。>と云う不可視な事件の裏側の事情である。アメリカ側の金庫に保管されてしまえば、「巴工業 代表佐良直美、石井ふく子、橋田壽賀子」側でも手が出せない訳である。そして、宇多田ヒカルの結婚と離婚問題にも関係してくるのである。藤圭子が産んだ「男子」が“明仁天皇の直系”だから、問題は皇位継承問題にも関係して、京都府“スメラノミクニ=日本=釈迦白足袋族”と「巴工業 代表佐良直美、石井ふく子、橋田壽賀子」から、秋篠宮家・徳仁皇太子・外務省 小和田恒家・福島の相馬一族・原不二子やら常陸宮華子やらで、もう泥沼状態でありながら、東日本大震災と福島原発に問題では、災害救助隊の足ばかり引っ張ることでは、一致すると云う実に外道な世界を演じている訳である。これが、藤圭子の云う【ヒカルも感じるのではないでしょうか】と云う含みのある発言と成って居る訳である。藤圭子の両親は、育ての親だから血縁関係はない。逆に「藤圭子と佐良直美や山口四郎などとは血縁関係にある」と云う実に“おぞましい世界”が芸能界では常識として罷り通っているのだから、畜生以下の世界である。先の<司会者 芳村真理と井上順>の両名も“川添浩史・象郎のキャンティ”関係者である。何処までも泥沼は続きます。原子炉熔解が燃え尽きるまで止まらない状況と同じに。
藤圭子が「太平洋の架け橋」と云う意味がご理解できましたか?それは、「藤圭子の父親が“ジョン・F・ケネディ(第35代米国大統領)”で、母親が“山本富士子”」だからである。それを云う為に「ジョン・F・ケネディ国際空港で大金を没収された」と報道した訳である。
宇多田ヒカルの大学がハーバード大学からコロンビア大学中退にウィッキペディアで書き換えられている。日本では出鱈目しかない。この宇多田ヒカル・宇多田照實・藤圭子の音楽事務所の名前が「U3」と命名されているのは「ゆすり」と云う意味からきているのである。それが、“ケビン・メア”アメリカ国務省アジア部長の「ゆすり・たかり」と云う意味だから、藤圭子はやはり「太平洋の架け橋」である。逆に「モーラー祖心尼 元東照寺国際参禅道場住職予定者」は、明仁天皇とバイニング夫人の子供だから、こちらも「太平洋の架け橋」である。“ケビン・メア”アメリカ国務省アジア部長の奥さんも、日本人だと云うが、沖縄県なら“琉球王朝の血筋”だとすれば、“ケビン・メア”アメリカ国務省アジア部長は、琉球王朝の王様と云う事になるし、日本人なら沖縄は日米の不可視な共和国体制と云う事になる。どちらにしても、“ケビン・メア”アメリカ国務省アジア部長の子供が、沖縄県の王様であることだけは確かである。此処で、民主党の渡部恒三最高顧問が、<菅直人首相と松本健一内閣官房参与が福島第1原発の周辺地域に「20年住めない」との会話を交わした>事で激怒しているとニュースが流れた。これにはビックリである。渡部恒三は<厚生大臣時代の1984年1月に原子力関係者との会合の席で「原発を作れば作るほど国民は長生きできる。日本のエネルギー問題の解決は原発だというのが私の政治哲学だ。」>と発言した人物である。民主党の枝野幸男官房長官は渡部恒三最高顧問を極刑に処すべきなのに、ハイハイと意見を聞いている。これで日本は終わりだね。所で<「夜のヒットスタジオ」の初代の司会者は“前田武彦と芳村真理”>である。この前田武彦は鎌倉アカデミアである。つまり、町田敬二や高嶋辰彦の「皇戦会=スメラ学塾」に繋がっている訳だから、丸々の「国家主義者=スメラノミクニ」なら文化戦争の尖兵が<テレビ番組「夜のヒットスタジオ」>なのである。そこが、右大臣・左大臣・皇室・皇族の非嫡出子問題の宣伝部隊と云うのだから、もう如何しょうも無い世界なのである。

2011年4月15日(金曜日)  榎 本 東 州  記

This entry was posted in 「聞いて下さい私の人生」 藤圭子and tagged . Bookmark the permalink. Both comments and trackbacks are currently closed.
<転載終了>

| | コメント (0)
|

ドラマ『水滸伝』(中国中央電視台制作)について

-半年ほど前だったか、ドラマ『三国志』の動画を観ていたら、たまたまYoutube右サイドに『水滸伝』紹介があった。途中の回の分だったが、何気なく観てみるとこれが予想以上に面白かったのである。少し調べてみると、『三国志』の方は飛び飛びにしかアップされていないのに、『水滸伝』は日本語吹き替え版であるうえ、最初から完結まで(1話から86話まで)全部そろっているではないか。それでは最初から観ていこう、となったのである。それから時間の許す時に観も観たり、回数を重ねるうち『このシーンはいいかな』というところは飛ばしたりしながら、都合5回ほど繰り返して観たのである。中国中央電視台版ドラマらしいが、なんと構想10年、総制作費55億円という超大作だという。東京ドーム6個分の広大な土地に梁山泊の建物群を実際作ったというから大陸的スケールである。また数多ある戦闘シーンは迫力満点で圧巻である。それに金をかけだだけあって、出演キャスト陣がまたすばらしい。宋江、呉用、魯智深、武松、史進、楊志、李逵、張順、石秀、燕青・・・。どんぴしゃりのキャストである。林冲は水滸伝屈指のスターだが、私はこれまでその魅力ある像が結べないところがあった。が、今回のキャストはまさに適役、これにより一気に魅力が倍増した。また百八人好漢のうちではあまり注目してこなかった王英や時遷だったが、今回のキャストの好演により注目度が俄然アップした。キャストといえば、忘れてならないのが女性キャストが美人ぞろいであることである。孫二娘(そんじじょう)、扈三娘(こさんじょう)、顧大嫂(こだいそう)という梁山泊の女性役はもとより、姦通毒婦の閻婆惜、藩金蓮、藩巧雲役らの際立った美貌は見逃せない。

 何年か前からこのドラマが日本配信されDVDレンタルもされているから日本のファンも多いのだろう。いや江戸中期頃から水滸伝ブームはあったのである。私もすっかりはまってしまったわけだが、『三国志』を凌ぐほどの『水滸伝』の魅力とは一体何なのだろう。奸臣どもが跋扈する北宋末期(約千年前)、そんな体制に嫌気を差し、落草(らくそう-ドロップアウト)して梁山泊に集結した百八人の英雄豪傑たち。その根っこには反権力志向があるわけだが、権力の腐敗はいつの時代にもあるわけで、それが当時の民衆はおろか今日まで広く共感を呼んでいるゆえんのひとつだろう。並外れた豪傑たちが一たびターゲットにすれば、各州の官庁でも北京(ほっけい)大名府でも首都・東京(とうけい)開封府でもどこへでも殴りこみをかけ奸臣ばらを殺し、首尾を悉く成功させてしまうのである。胸のすくことこの上ない。言ってみれば「官」へのクーデターでありテロリスト集団である。見方によっては、血なまぐさいハードバイオレンスものともいえよう。しかし総首領・宋江指揮の下、「替天行道(たいてんこうどう)」を旗印に、民を苦しめたりむやみな略奪、強盗はしないのである。官軍よりはるかに規律正しいのだ。もともと『水滸伝』は、宋江を首魁とする梁山泊の盗賊集団36人の実話をたたき台として(後に宋朝に帰順)、巷の演台で講釈師たちがどんどん話を膨らませていったものだという。それを明代の施耐恩(したいあん)が集大成した物語なのである。民衆の願望が生み出した物語なのだ。いつの世の大衆にも人気があるのは当たり前といえよう。

 実は私はドラマ視聴に平行して、久しぶりに原作翻訳版『水滸伝』も読み直してみた。それも百二十回本と百回本の二通りを始めから終いまで。そうして見比べてみると、ドラマはかなりアレンジしていることがわかる。かなり省いてもいるし、二つの話を一つにしたり、原作になかった話を付け加えたりしている。その辺の比較も面白い。それとひとつ指摘しておきたいのは、ドラマでは一切の神秘的要素を排除していることである。物語冒頭の「伏魔之殿」から天罡、 地煞(てんこう、ちさつ)百八星の魔物が四方八方に飛び出していくのは物語の骨格となるものだが、ドラマではそれは(好漢の一人)入雲竜・公孫勝(こうそんしょう)の作り話ということにしている。思うに、伝統的道教思想などを嫌う中国共産党政権への配慮があるのだろう。大変残念である。が、それ以外に不満はない。気分がむしゃくしゃする時のカタルシスに本動画視聴は最適である。まだまだ書き足りないが、残りは原作版『水滸伝』紹介の時としたい。 (大場光太郎・記)-

5621
花和尚・魯智深とともに行者・武松は私のお気に入りの好漢である。以下転載記事中の画像に武松が出てこないので、冒頭に掲げることにする。謀略によって無実の罪に陥れられた武松は流刑中の難を悉く退け、首謀者の張都監の邸宅に引き返し、そこの鴛鴦楼(えんおうろう)で祝杯を挙げていた憎っくき張都監、張団練、蒋門神の三悪人を惨殺する。ドラマ『水滸伝』でも屈指の迫真の場面である。

水滸伝DVD特番



【キネマ旬報●特別企画記事】構想10年、総製作費55億円 中国TVドラマ史上最大級の超大作『水滸伝』日本上陸!
http://suikoden108.com/webmag/10/
2013年5月24日  月刊水滸伝

5622


「レッドクリフ」の大ヒットで、改めて注目を集めた『三国志演義』。そのTVドラマ版『三国志 Three Kingdoms』が2010年にDVDリリースされ、壮大なドラマ、圧倒されるアクションシーンに驚かされたのは記憶に新しいところだ。その『三国志 Three Kingdoms』をさらに上回る史劇スペクタクル『水滸伝』が今夏、日本に上陸した。

『三国志演義』と並び称される『水滸伝』は本家、中国・香港では何度もTVドラマ化、映画化されているが、なかには黒沢年男、丹波哲郎が出演した香港映画(72年)や、榎本健一主演の日本映画(43年)、中村敦夫主演のTVドラマ(73年)などもあり、日本でも馴染み深い題材のひとつ。小説や漫画、ゲームで慣れ親しんだ世代も多いことだろう。その決定版というべき、このTVドラマ版は構想10年、総製作費55億円をかけた、中国いやアジアドラマ史上最大のエンタテインメント作品となった。

数世紀にわたり、人びとを魅了し続ける原作の魅力から、本作製作のドキュメント、そして本作の見どころを紹介。原作、史劇ファンの垣根を越えるその歴史スペクタクルの至宝を指南する。

原作『水滸伝』指南 まさに任侠世界!? 時代を先取りしたヒューマン・ネットワーク

文=岡崎由美(早稲田大学学術院教授)

5623


原作の魅力

中国には「若くして『水滸』を読まず、老いて『三国』を読まず」という言い回しがある。血の気の多い若者が『水滸伝』を読むと、既成の権威やルールに反抗するようになり、いい歳の大人が『三国志』を読むと、権謀術数を弄して権力闘争に走るから、読むべきではない、ということらしい。『三国志』はさておき、百八人もの豪傑が梁山泊に立てこもり、世直しの旗を立ててお上に楯突く『水滸伝』は、明・清の朝廷からしばしば発禁処分とされた。義賊と取りつくろったところで、所詮やっていることは盗賊だろう、けしからん、というわけで、王朝時代の発禁書の代表格である。

確かに、『水滸伝』に描かれるバイオレンスな行為そのものを現代の法治国家に持ちこんでも、テロリスト集団になってしまうけれども、『水滸伝』が現在に至るまで民衆に親しまれているのは、やはり活劇の背後にある民衆的正義感、強きをくじき弱きを助くる任俠の痛快さであろう。

実は、『水滸伝』の内容が反権力のレジスタンスか、アウトローの暴動かというたぐいの議論は以前から中国に根強くあり、いまだに論争が続いている。しかし、そもそも虚構の登場人物たちに対して、ここでその行為の正否を云々しても、現代のわたしたちがこの物語を楽しむ足しにはなりそうにない。そこで、別の角度から『水滸伝』の人間模様を眺めてみたい。


5624


社会の縮図

『水滸伝』は、豪傑たちの物語ではあるけれども、彼らの出身を見てみると、もと軍人が多いのは当然として、下っ端役人、地主、大店の旦那、鍛冶屋に銀細工師、船大工、船頭に荷車引き、漁師、博労、僧侶に道士、居酒屋の主人、旅商人、さらには寺子屋の師匠や医者、書家、芸人までいる。博徒やこそ泥もいる。これはまさしく社会の縮図だろう。彼らがそれぞれの持ち前を活かして、梁山泊軍をバックアップしている。船大工が戦艦をつくり、鍛冶屋が武器を鍛え、こそ泥や芸人がスパイになり、居酒屋稼業は情報収集を行い、書家が公文書偽造を担当する。寺子屋の師匠ことインテリの呉用は軍師である。また、浪子燕青に至っては、腕が立つうえに二枚目、しかも各地の方言を自在にあやつる特技もある。むろん、戦いの前面に立つ豪傑たちも、得意技やら独自の武器があり、それぞれのキャラクターの個性ができあがっている。梁山泊とは、様々なヒューマン・リソースの活用とコラボで成り立っているのである。個性あふれるキャラの任務分担と協力といえば、グループ・ミッションものの王道でもあろう。

なお、彼らが梁山泊入りすることになる経緯にも、官僚の贈収賄だの上司の無理難題だの妾の不倫だの冤罪だの因業な高利貸とのトラブルだの、これまた生々しい社会の縮図がある。そうした世話物的ストーリーがチャンバラの間に入り込むことによって、物語に起伏が生じ、人間ドラマの血肉が通っているといえるだろう。


5625


江湖のネットワーク

こうした『水滸伝』の世界を端的に言い表しているキーワードは、「江湖」である。江湖とは、広義では広い世の中、庶民の社会を指すが、『水滸伝』では特に任俠を看板にする男伊達の世界がクローズアップされる。お上の干渉など眼中にないが、その代わり地位も身分もなく、またそんな肩書は通用しない弱肉強食の世界である。ただし、孤独な一匹狼かと言えば、信頼関係のネットワークが極めて強固な世界でもある。例えば、宋江はどこへ行っても二つ名を名乗れば、「おお、あなたが江湖で名高い及時雨の宋江さんですか。ぜひご昵懇に」と大歓迎。こういう信頼を得た者こそ、「江湖の好漢」と呼ばれる。『水滸伝』の豪傑たちは、「江湖の好漢」と呼ばれることを誇りに思い、「江湖の好漢」と交友することを望む。お互いの自立と誇りを前提とした、甘ったるくないつきあいだ。


5626


『水滸伝』の前半は、まさにこの好漢一人一人の顔見せと交友の広がりを語る。まず一人の好漢が登場し、旅の途中で別の好漢と知り合って、「おお、あなたが江湖で噂の」と意気投合し、そこで悪人退治の話になる。一人ずつのエピソードでたっぷり好漢の人物像が楽しめる構成だ。そして二人目の好漢は、また別の好漢と知り合い……と友達の友達は友達のネットワークが広がっていく。これはピンチのときに、思いがけない助っ人が現れる、という伏線にもなっている。世の中捨てたものでもない。

ところで、この宋代の人的ネットワークから現代に目を向けると、中国のネットにその名も「微博江湖」というツイッター・サイトがあった。今や江湖はソーシャル・ネットワークにその場を移したらしい。江湖の好漢ならぬネット・ユーザーが、地域や肩書や年齢を超えて、二つ名(ハンドルネーム)や本名で知り合い、時には人的資源の交流から、新たなビジネス・チャンスやカルチャーも創出される。『水滸伝』のヒューマン・ネットワーク、案外時代を先取りしているかもしれない。

『水滸伝』製作ドキュメント スタッフが語るその舞台裏 史劇スペクタクルはこうして作られた

文=岡大(編集&ライター)

ドキュメント

中国では現代劇を撮るのが難しい。「刑事ものを作ろうと思ったら〝公安が撃たれてはいけない〟〝公安は汚職をしない〟と言われ、銃撃戦を撮ろうとしたら〝中国の市街地で銃撃戦は起きない〟と言われ、同じ女性を愛した兄弟を描こうと思ったら〝一人っ子だから兄弟はいない〟と言われ…」。これは香港や中国でも活躍する日本のアクション監督、谷垣健治氏から聞いた話だ。現代劇は厳しい検閲を受けるから、時代劇が多くなる。しかも、中国には優れた時代小説が存在し、映像化されるたびに大ヒットしてきた土壌がある。『水滸伝』が再ドラマ化されたのは、必然と言えるだろう。

『水滸伝』は、『三国志演義』『西遊記』と共に〝中国の三大名著〟に数えられる(『紅楼夢』を加えて四大名著、『金瓶梅』を加えて四大奇書と呼ばれることも)。どの作品もたびたび映像化されているが、作り手の世代交代、撮影技術の進化などがあり、近年特に盛んに再映像化を果たしている。日本にも上陸した全95話、総製作費25億円の大作ドラマ『三国志 Three Kingdoms』はまだ記憶に新しいだろうが、実はこのドラマの存在が『水滸伝』にも大きな影響を与えたと、プロデューサーの王岗は語る。

「『三国志 Three Kingdoms』は上手に撮られた作品で、大きな成功を収めました。日本でも放映されたそうですね。ただ、私たちはあの作品の建築物のほとんどがCGであることを非常に残念に思いました。建築も重要な要素で、名作の一部だと思うからです。そこで、本物の建物の中で『水滸伝』を撮りたいという話になったのです」

建築費用は、なんと約40億円! 1日5000人の作業員で、約1年半をかけて、東京ドーム6.5個分の広さを誇る〝梁山泊〟が完成した(現在はテーマパークとして人気を集めている)。ドラマの製作費も加えると、総製作費は55億円。『三国志 Three Kingdoms』の2倍以上というビッグバジェットとなった。

「資金集めは簡単でした。〝水滸伝〟という3文字を出せば、中国人なら誰もが参加したいと言います。それは政府も含めてです。『水滸伝』は誰でも知っている物語ですから、政府も口出しすることはなく、もっぱら資金を提供してくれる役でした」

中国の特殊なドラマ制作事情も、資金調達を簡単にしている要因のひとつだ。日本ではテレビ局がドラマを作るが、中国では制作会社が作り、それをテレビ局が買う仕組みになっている。しかも最大4つのテレビ局に売ることができ、『水滸伝』のような人気コンテンツは、当然競うように高額で購入される。王プロデューサーは、企画当初からテレビ局を巻き込む作戦に出たと言う。

「全国のテレビ局の人間を集めて企画会議を行いました。理由は、テレビ局が市場のニーズを一番把握しているからです。実は、監督もテレビ局の人たちに決めてもらいました。候補の監督たちにそれぞれ点数をつけてもらい、その中で一番点数が高かったジュ・ジャオリァンに監督をお願いしたんです」

ジュ・ジャオリァンは香港出身。アンディ・ラウ主演の『神雕侠侶』などのドラマを手がけた後、台湾に渡って活躍し、90年代前半に中国大陸へ進出。フー・ジュン主演の『天龍八部』などのヒット番組を生み出してきた。ジュ監督はドラマ『水滸伝』についてこう語る。

「私は現代劇も作ってきましたが、やはり時代劇の方が中国では人気があります。『水滸伝』が題材なら、なおさらです。とても有名な原作なのでプレッシャーは感じましたが。本土の人たちと私のような香港人では、『水滸伝』の理解や解釈も若干異なると思うんです。そのおかげで今回の『水滸伝』が新しいものに見えて、高視聴率につながったのではないかと思います」

宋江、林冲ら108人の好漢をはじめ、約500人のキャラクターが登場する『水滸伝』。ドラマ班2班とアクション班の合計3班体制で、スタッフの数も300人にのぼり、エキストラも1日平均100人、最大で2000人を集めたこともある。

「あまりにも人が多くて調整するのが大変でした。6つの省にまたがって撮影したので、ある省で撮影した後、何時間もかけて別の省まで何百人も移動する、そんな過酷な日々でした。特に、大きなアクションシーンではエキストラも集めますから、衣裳管理だけでも一苦労です。しかし、それでもCGで人を増やすのではなく、本物の人間で撮りたかったのです。アクション自体も、人間のできる動きでリアルなアクションを作るように心がけました」

激しいアクションをこなすために2カ月間トレーニングをしたと語るのは林冲役のフー・ドン。108人の中でも特に高い人気を誇る林冲を演じるにあたり、様々な資料や文献を読んだ彼は『水滸伝』が中国だけでなく日本でも長く愛されてきたことを知ったと言う。

「日本では江戸時代の頃から翻訳されていると文献で読みました。日本も中国も文化的に似ているところがありますし、歴史ロマンが好きなところも同じなんでしょうね。このドラマで、現代の人も『水滸伝』を好きになってほしいです」

「水滸伝」作品評 感情移入がとまらない…108人の好漢が一堂に

文=浦川留(映画ライター)


5627


作品評

オーソドックスな史劇から宮廷もの、カンフーもの、武俠ドラマ、タイムスリップ系まで多種多様、シリアスなのもあればコメディもありの中国時代劇。そんな激戦区の中、2011年に話題をさらったドラマが『水滸伝』(全86話)である。前年のヒット作『三国志 Three Kingdoms』(全95話)の25億円をはるかにしのぐ55億円の製作費を投じ、中国ならではの力ワザを見せつけた大スケールの歴史スペクタクルだ。

周知のとおり原作の『水滸伝』は『三国志演義』と並び称される中国古典文学の金字塔だが、テイストは『三国志』とずいぶん違う。「替天行道(天に替わって道を行う)」をスローガンに百八人の好漢が結集! という万人のロマンをかきたてる設定、アウトロー側と権力者側のはっきりした対立構造、キャラの立ちまくった登場人物のオンパレード、時として意表を突く奇抜な展開も、重厚な歴史劇というよりむしろ血わき肉おどる武俠ドラマに近い。それだけに一層、仲間たちの熱い絆にグッとしびれ、悪役連中の卑劣さにはらわたが煮えくりかえり、感情移入が止まらなくなる。

長大かつ波瀾万丈なストーリーは、忠義、孝心、勧善懲悪、男女の機微などさまざまなモチーフやテーマを含むが、一番のキーワードは〝兄弟〟であろう。ドラマの英語タイトルが“All Men Are Brothers” なら主題歌のタイトルも〈兄弟無数〉。劇中では、ついさっきまで激闘を繰り広げていた者同士が互いに認め合って〝兄弟〟になるシーンが続出。ジョン・ウーの「男たちの挽歌」に代表される香港ノワールや、任俠映画のルーツを見る思いがする。


5628


本作は〝完全実写化〟のうたい文句にいつわりなく、女性も含めて百八人もの〝兄弟〟をもれなくキャスト、見せ場の多い少ないはあるにせよ全員に出番を与えているのがすごい。演じているのもトップスターや人気アイドルをはじめホンモノの武術家や格闘家まで多士済々。近年の中国ドラマ、とくにこうしたアクション大作は香港や台湾のスターが主演クラスで参加するケースが増えている中、梁山泊のヒーローたちをみな中国の俳優が演じている点も興味深い。

〝兄弟〟たちのリーダーとなる宋江は、行く先々で「あの有名な…!」と並みいる好漢が拱手で迎える江湖のアイドルだが、人が良すぎて優柔不断なところがしばしば『三国志』の劉備に比せられ、好き嫌いが分かれるキャラクターだ。この主人公をどこまで魅力的に描けるかがドラマの成功を左右するといっても過言ではなく、それをクリアしてみせたのが、中国でトップ人気を誇る演技派スター、チャン・ハンユーである。

チャン・ハンユー自身、当初は宋江を演じることにためらいがあったらしい。しかも撮影が始まった時点でまだ役どころが確定せず、「宋江か林冲、もしかすると西門慶を演じるかも」などとインタビューに答えている。いくらなんでも西門慶はジョークだと思うが(西門慶がどんなキャラかご存じない方はとりあえず検索してみてください)、結果的に彼は一人の真摯な人間、理想と現実のジレンマに悩みつつ信念を貫こうとする宋江像をくっきりと浮かび上がらせ、ドラマの終盤は号泣必至。今後、宋江を演じる俳優はそのつどチャン・ハンユーと比較されることになるだろう。


5629

56210


さて、某国民的女性アイドルグループふうにいうならば、宋江は梁山泊108の〝絶対センター〟である。では、彼の周りを固める、いわゆる〝神セブン〟的な準主役級キャラは誰か。梁山泊内の序列と一般人気とはまた別なのだが、本作でクローズアップされている面々は林冲、呉用、魯智深、武松、李逵、燕青、楊志。また、柴進や公孫勝、女傑の筆頭・扈三娘をランクインさせたいファンもいるだろう。

とりわけ、悲運のヒーロー林冲、愛すべきトラブルメーカーの魯智深と李逵、飲めば飲むほど強くなる武松のインパクトは強烈で、豪快なアクションシーンも数多く担っている。彼らはみな「豹子頭(林冲)」「黒旋風(李逵)」「青面獣(楊志)」のように個々の特徴を示す通り名を持ち、宋江と同様、「あの有名な!」と初対面の相手を喜ばせる(しばしばビビらせる)のがカッコいい。

梁山泊軍以外では、宿敵の高俅がなんといっても一番のキーパーソンだ。演じるレイ・チーホンはかつて「男たちの挽歌」の悪役でブレイクした香港映画界のベテランで、巨悪ではない姑息な小物系が相変わらず似合いすぎ、高俅みたいなつまらない男のせいで人生をめちゃくちゃにされた林冲への同情を何倍増しにもしてくれる。ほかにも、ここでは紹介しきれないが敵味方合わせて印象的なキャラが大勢登場し、最初から最後まで飽きさせない。


56211

56212


日本では除夜の鐘の数、煩悩の数として知られる百八は、『水滸伝』においては封印を解かれた魔星の数である。負の意味合いを持つ数字なのだろうか、フィクションといえども『水滸伝』は正義が悪を滅ぼしてめでたく終わりとはなってくれない。だが、それこそが何世紀も読み継がれてきた名作の深さでもある。百八人が一堂に会するまでの前半の期待感と高揚感、彼らの前途に壁がたちはだかっていく後半のリアリティと切なさを、長篇ドラマならではの時間軸に沿ってじっくりと味わっていただきたい。

『水滸伝』
2011年・中国・全86話(各話約45分)
●監督/ジュ・ジャオリァン 脚本/ウェン・ハオジェ アクション監督/グォ・ジェンヨン 音楽/シエ・ジーヨン
●出演/チャン・ハンユー、フー・ドン、リー・ゾンハン、イェン・クァン
●『水滸伝 DVD-SET1』は6月5日リリース、1万8900円(税込)/6枚組(全12話収録)、以降毎月順次リリース(全7SET) 同日よりDVD(Vol.1〜10/各巻2話収録)レンタルスタート、以降毎月順次リリース
●発売・販売/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

©2012 水滸伝

(以上、転載終わり)

| | コメント (0)
|

【プロ野球再建の切り札】“ゴジラ”松井秀喜氏が「巨人監督」を決断か 今季V逸なら高橋由伸監督が監督禅譲 

-大のプロ野球テレビ観戦好きだった私が野球中継を見なくなって久しい(今ではテレビ自体見ていない)。なんでかと記憶をたどっていくと、どうも松井秀喜が巨人を去って大リーグのヤンキースに入団したあたりまで遡る。その時スパッと野球観戦をやめたわけではないが、その後も松井稼頭央、松坂大輔などセパの一流選手が続々と海を渡って大リーグ入りし、反比例するように米大リーグの下請のような日本プロ野球がつまらなくなり、徐々にプロ野球観戦から離れることになったのだ。何度か書いてきたが、私は子供の頃からのアンチジャイアンツである。私の反巨人、反自民は筋金入りなのだw そんな中、巨人軍でひいきの選手が2人いた。「俺流」落合博満と松井秀喜である。この2人が豪快に打ったことにより巨人が勝っても、しょうがねえなとあきらめたがついたのである。落合はともかく、松井には敵ながらついエールを送りたくなる不思議な人間的オーラがあった。だからヤンキースに入ってからも、明け方のNHKなどの大リーグ中継を眠い目をこすりながら見たものである。もう10年以上前のことだろうか。ヤンキースが久々にワールドシリーズに進み、松井の大活躍で優勝したことがあった。シリーズMVPの松井秀喜は大リーグ史での不滅の記憶として残るのだろう。

 そんな松井もとうの昔に引退、恩師の長嶋茂雄とともに国民栄誉賞を受賞され、ついこの前は史上最年少で野球殿堂入りもした。ところで、ナベツネのひどい横槍のせいか近年、巨人の凋落に歯止めがかからない。また転載記事にもあるとおり、数々の不祥事も発覚した。そんな中、松井秀喜監督待望論は巨人内部で引退直後からあった。しかし松井は首を縦に振らなかった。根っこにあるのは、ヤンキース移籍時の渡邉恒雄との確執だと見られている。巨人は破格の好条件を提示しなおかつ将来の監督も確約して慰留したものの松井は翻意せず、怒ったナベツネが「松井はもう巨人の人間じゃない」などと悪態ついた例の一件だ。松井は松井で“片道切符”の決意で海を渡ったのだ。若手育成、規律の緩み、金目だけのFA・外国人選手漁りなど巨人再建に課題は多い。いきさつ上、松井秀喜は本当に巨人監督を引き受けるのだろうか。反巨人派にはジレンマではあるが、やはり敵役は強くないと面白くないし、巨人がしっかりしてくれないと第二の国技・プロ野球離れは止めどない。ライバル球団の中日は松坂大輔を入団させ、なんと次期監督を見据えてイチロー獲得にも意欲を見せているという。イチロー対松井の監督対決。条件は整った。松井秀喜よ、日本プロ野球再建のため男気を見せてくれ! (大場光太郎・記)-

“ゴジラ”松井秀喜氏が「巨人監督」を決断か 今季V逸なら高橋由伸監督が監督禅譲
https://news.nifty.com/article/sports/baseball/12151-14657/

記事まとめ

  • OBの松井秀喜氏(43)は、2月の巨人春季キャンプに臨時コーチとして参加することが決定
  • 高橋由伸監督(42)は『二軍監督でチームを支えてもいい』と読売首脳に話しているそう
  • 臨時コーチを務める松井氏は、坂本勇人主将や阿部慎之助の状態を確かめ若手を指導する

独占入手! 松井秀喜ついに「次期巨人監督」決断へ

 日米通算164勝を挙げている松坂大輔の“中日入団”、そして世界1位の同4358安打という記録を持つイチローの“日本帰還”という可能性が高まる中、同じく日米でスラッガーとして活躍した“ゴジラ”こと松井秀喜氏が、ついに「巨人監督」を決断したという。今季V逸なら高橋由伸監督が二軍監督への転身を自ら申し出て、1年先輩のゴジラに監督を禅譲するというシナリオのようだ。

 OBの松井秀喜氏(43)は、2月の巨人春季キャンプに、2年ぶりに臨時コーチとして参加することが決まった。年が明け、松井氏の周辺が慌ただしさを増しているのは、今オフに巨人監督就任の意思を固めたからだ。球界を挙げて「巨人監督就任」の環境整備が急ピッチで進行しているのである。

 松井氏は1月15日、表彰プレーヤーで野球殿堂入りが決まった。43歳7カ月での選出は史上最速だ。
 「大変名誉なこと。この上ない喜びと光栄な気持ちです」と素直に喜んだゴジラ。

 そして、同じ昭和49年生まれ“ゴジラ世代”の仲間たちも決起。ロッテの井口資仁監督が旗振り役となり、『昭和49年会』を結成した。元広島の黒田博樹氏、中日の岩瀬仁紀を含め、総勢40人がヤンキースGM特別補佐である松井氏の入会を呼び掛けているという。松井氏が師と仰ぐ長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督のラブコールに始まり、野球殿堂入りで球界OBを味方につけ、同級生たちからは待望論。日本復帰の環境は整った。
 「決定打になったのは、高橋由伸監督(42)が監督禅譲を申し出たこと。松井氏が監督を引き受けてくれるのなら、『自分は二軍監督でチームを支えてもいい』と読売首脳に話しているそうです。高橋監督は松井氏に最も可愛がられた後輩で、2014年に監督就任が決まった際も、読売本社の本命は松井氏だった。しかし固辞され、松井氏が高橋氏に頼み込む形で監督就任が決まった経緯がある。両者にすれば、『松井一軍監督、高橋二軍監督』でも違和感はない。いわば、ワンポイントの先乗り監督。松井氏はその言葉を伝え聞いて、腹を固めたのです」(スポーツ紙デスク)

 ゴジラ松井とウルフ高橋は、1998年から5年間、ともに主砲として巨人の黄金期を築いた関係だ。高橋監督と同年齢で、かつ生年月日もまったく同じ上原浩治氏も協力を申し出ているという。大卒の2人は学年が1つ下ではあるものの、高卒ドラフト1位入団で1年目から活躍する松井氏には、キャリアの違いもあってか頭が上がらない。プロ集団の球界では、入団年次が最優先される。どこまで行こうと生粋エリートの松井氏は絶対的存在なのだ。
 「メジャーリーグに移籍した際の経緯から、今なお巨人と“しこり”を残す上原氏は、現状では巨人に戻る可能性が低い。しかし、松井氏が監督に就任すれば、コーチとして馳せ参じる腹づもり。ストッパーとして現役続行を申し出るかもしれない」(同)

 もとはと言えば、巨人の投打の柱だった2人が渡米したのは、最高峰の舞台を求めたこともあるが、先輩の清原和博氏にチームを牛耳られ、清原派以外のチーム内イジメに嫌気が差したという背景もある。
 一方、巨人からすれば、2人が戻れば本来の“巨人軍は紳士たれ”に時計の針を戻すことができる。
 「この10年、原辰徳前監督の1億円スキャンダルもみ消し事件に始まり、“清武の乱”“野球賭博事件”とグラウンド外を賑わせ続けた。読売首脳は本来の巨人軍野球を取り戻すことで、『もう一度黄金時代を』と願っており、その旗頭に“松井秀喜監督”を据えたい。渡辺恒雄読売新聞グループ本社代表取締役主筆、長嶋さんの年齢を考えると、これがラストチャンス」(巨人OBの野球評論家)

 1月23日には、米ボストンの自宅から帰国した前ソフトバンクの松坂大輔投手(37)が中日の入団テスト受け、中日は米マーリンズからフリーエージェントになったイチロー(44)の獲得にも動き出している。
 人気も成績もセ最低で、身売り説さえ囁かれていた中日が、元祖“怪物”の松坂に加えて、地元愛知出身の世界的スターも獲得したとなれば、士気が上がり、台風の目になることは確実だ。視聴率、観客動員でも確実に増える。しかも、イチローが中日に入団するとなれば、それは“次期監督”を見据えてのものだろう。
 「イチロー・中日vs松井・巨人」
 中部エリアの新聞戦争を考えれば、これ以外の迎撃策はない。今オフには“同時監督就任発表説”も囁かれている。

 巨人春期キャンプで臨時コーチを務める松井氏は、坂本勇人主将や阿部慎之助の状態を確かめるとともに、即戦力のルーキーや若手を指導する。これも来季を見据えての視察だ。
 2月10日には宮崎キャンプ60年記念「ジャイアンツvsホークスOB戦」に出場する。松井氏は高橋監督と16年ぶりにクリーンアップを組む。3番ライト高橋、4番センター松井。指揮するのはミスター巨人軍。今季の低迷に鬱憤を募らせたファンの期待は高まるばかり。

(転載終わり)

関連記事
渡辺会長と松井氏には、未だに強い確執が……
http://biz-journal.jp/gj/2017/06/post_3614_2.html
客寄せだけじゃない「松坂効果」 中日若手投手陣にも波及
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/222792

| | コメント (0)
|

【この人を見よ】キアヌ・リーブス 大半の財を寄付し、身なりを構わないハリウッドスターの聖者の如き清貧生活 

-キアヌ・リーブス。ハリウッドの大スターとして当然名前は知っていたし、彼が主演して超ヒットとなった『スピード』や『マトリックス』は私も観た。特に『マトリックス』での端正な顔立ちにサングラスの彼のあの格好のよさには痺れた。もしかしてこれをお読みの方々もそうだっかたもしれないが、キアヌ・リーブスについて私が知っているのはここまで。彼の私生活など知るよしもなかった。例えばジョニー・デップ、ブラット・ピット、レオナルド・デカプリオといったハリウッドスターたち同様、超美人を妻とし大豪邸に住み、というようなものとばかり思っていた。しかしまったく違うのだ。えっ、ホントかよ?と思うような、無欲恬淡生活だというのである。キアヌの場合、99%日本国民のように年々毟り取られる一方でやむなき仕儀で切りつめた生活、というのではない。そうしようと思えばいくらでも贅沢放題できるはずなのに、そんな生き方に背を向けるかのような無欲生活。なかなか出来ることではない。尊敬すべき凄い生き方である。以下の転載文の中に紹介されている彼の半生のエピソードの中に、例えば恋人の死のように何か「回転的出来事」となるものがあったのか、それとも生来持って生まれた気質なのか。いずれにしても真似できることではない。いや、昔々の日本人の中には、彼のような無欲恬淡生活を平気で生きられる人たちがけっこういた。しかし今はどうか。「豊かさ」つまり「金」を求める生き方が日本人の圧倒的主流になっている。その先頭を切っているのが「今だけ、金だけ、自分だけ」の“ドケチの晋”であり“トンズラの昭”であるわけだ。さもしく卑しく浅ましい、魂を汚す生き方である。「無一物中無尽蔵」(宋代の詩人・蘇東坡)。私たちはキアヌ・リーブスの気高い生き方に大いに学ぶべきである。 (大場光太郎・記)-

【追記】
 ウィキペディアによると、キアヌ・リーブスは仏教徒であるという。チベット仏教転生ラマを主題とする映画『リトル・ブッダ』で、ゴータマ・シッダールタ役として出演しているともいう。「三法印」「四諦八正道」などの仏教の教え。なるほどそうかぁ! なお、タイトルの「この人を見よ」のこの人とはイエスキリストのことであり、この呼びかけは通常人には用いないのであるが。

大半の財を寄付し、身なりを構わないハリウッドスターは誰?
http://www.asyura2.com/17/kokusai21/msg/108.html
投稿者 お天道様はお見通し 日時 2017 年 11 月 03 日 13:39:48

52410
(ネット写真)


 17歳から映画の世界に入り、「スピード」で一躍有名になったハリウッドスター。後の「マトリックス」3部作で巨万の富と名声を得ました。しかし、他のハリウッドスターと違って、彼は豪邸に住まない、ボディガードを雇わない、ブランド品を身に付けない、時々ボロボロの靴を履いて、ホームレスのような格好で街をうろついたりもします。そんなかっこいい生き様を見せてくれるのは、日本でもお馴染みのキアヌ・リーブス。


52411
身なりを構わないキアヌ・リーブス自身はスターという重荷を背負わない(ネット写真)



52412
映画撮影終了後、ストレス発散のために暴飲暴食した彼は二重あごになり、体もぽっちゃりしてしまった(ネット写真)



ハリウッドで屈指のイケメンだが、身なりを気にせずスターらしくない

 彼はよく一人で行動をします。ベンチで一人寂しそうにサンドイッチを食べたり、物乞いにお金を渡したりすることを、どこかの街で見かけるときがあります。彼は46歳の誕生日に、自分に買った小さなカップケーキにロウソクを立てて、道端に座って一人誕生日を祝いました。ホームレスに声をかけられると、自分のケーキを分け与えました。



52413
「ぼっち飯」するキアヌ・リーブス(ネット写真)



52414
道端に座ってホームレスと気軽に語り合う(ネット写真)

52415
地下鉄に乗って移動する(ネット写真)

 

 彼は質素に暮らします。地下鉄に乗って移動するし、礼儀正しく女性に席を譲ったりします。この1幕は電車に乗っていた乗客に撮られ、ネット上に流されて話題を呼びました。飾り気のない行動が本物のジェントルマンだと女性ファンがさらに増えました。

常に低姿勢で、金銭を必要な人に与えた

 高級車を買わない、自分の好きなバイクだけに乗る彼は「マトリックス」の報酬の7割を病院に寄付しました。また、「この映画の成功はスタントマンがいたおかげだ」という理由で、スタントマンを務めた12人にそれぞれハーレーダビッドソンをプレゼントしました。そして、2作目「マトリックス リローデッド」で得た報酬1億ドル(約100億円)のうち7500万ドル(約75億円)を映画のSFXスタッフや衣装デザイナーたちに均等に与えました。彼曰く「裏方の彼らが最も大変な仕事をし、最も偉大なのだ」そうです。

 彼は素晴らしいと認めた俳優を全力で支持し、自らの報酬を減らして彼らにチャンスを与えます。「ディアボロス/悪魔の扉」でアル・パチーノを招くため、自ら180万ドル報酬を減らしました。「リプレスメント」でジーン・ハックマンに出演してもらうために自分のギャラを大幅に減額しました。「マトリックス」でアクション指導を務めた陳虎(タイガー・チェン)のために、一流映画製作会社の依頼を2本も断ってまで、映画「ファイティング・タイガー」の脚本を編集し、監督の役割まで担いました。




52426
ジーン・ハックマンに出演してもらうために自分のギャラを大幅に減額した(ネット写真)

52417
キアヌは「ファイティング・タイガーはタイガー・チェンのために作った」と語った(ネット写真)

 

 「金銭は私にとって最も気にしないものだ。今の富は数世紀も生きていけるほどなのだ。ならば、最も必要とする人に差し上げた方が良い」とキアヌ・リーブスは語りました。

人生を分かり易くしている


 キアヌ・リーブスは1964年9月2日生、レバノン出身のカナダ人、父親はハワイ出身のアメリカ人地質学者で、イギリス、ハワイアン、ポルトガル、中国の血を引いています。彼の母親はイギリス人でダンサー、デザイナーで、彼も多国の血を引いており、外見は格好良く185センチの長身で、超が付くイケメンです。

 彼は3歳の時に両親が離婚したため、各国を転々とする生活をしました。幼少の頃、父親が刑務所に収容されてから、父親と会うことはありませんでした。27歳の時に親友を亡くしました。35歳の時に恋人ジェニファー・サイムが妊娠8カ月で女児を死産。その1年半後、彼女は交通事故で帰らぬ人となってしまいました。



52418
恋人の葬式(ネット写真)

 

 彼は白血病を患っている妹のために、自宅に設備の整った病室を作り、大部分の収入を白血病の専門病院に寄付しました。彼はできるだけ時間を作って妹の面倒を見るようにしています。

52419
妹が白血病を患っているキアヌは、「マトリックス」の報酬の7割を病院に寄付しました。(ネット写真)

 

 キアヌ・リーブスは今年52歳。無精髭、髪はボサボサ、ブランドの服を着ない、金銭に執着心がまるでなく、履き潰した靴をテープで巻いて気にせずに履き続けます。身なりを構わない気ままな彼は、時にはどう見てもハリウッドスターには見えません。しかし、そういうスターらしくない素振りこそが人々に親近感を抱かせるのかもしれません。外見はクールな彼のさりげない行動がたくさんの人の心を温めました。

風来坊気質のキアヌ・リーブスは大好きなバイクに乗って自由気ままに生きている(ネット写真)

 


(動画)地下鉄で荷物を持っている女性に席を譲ったキアヌ・リーブス


(翻訳編集・豊山)   


********** 引用ここまで **********

真の経済活動とは、皆で分かち合い、助け合うこと。
人間らしさ100%のキアヌさんに拍手!!
強欲共は彼の爪の垢を煎じて飲むべし。

真の経済と人間らしさの追求

ベルクソンの言葉と、旧友へのメッセージ《改》

まだまだあるある歴史の嘘と、貧困、飢餓、殆どの犯罪、高齢化、少子化、等、社会問題の根源は貨幣制度の是認であるに違いない。

《金融クラッシュを待っている受動的姿勢をやめよ!!》貨幣資本主義社会の抱える致命的欠陥からの回避と真の人間らしさを求めて

《破産危機が迫るイリノイ州・コネチカットの金融中心ハートフォード市に破綻の危機》んで、人類全体が幸せになれる方法を考える

社会主義のデンマークVS自由主義のアメリカ、どちらが住みやすい?←右と左のいいとこどり、その間にある理想社会は、あります

あるべき持続可能な、循環型社会と、その、平和的な移行方法に関する考察。
(コメントの6番が2016年2月9日現在の最新バージョンです。)

(転載終わり)

 

| | コメント (0)
|

【日本シリーズ】福岡ソフトバンクvs横浜DeNA ソフトB3×2で迎える第6戦は見ものである!

-以前はたまにプロ野球動向を記事にもしたが、最近はとみに興味がなくなり、プロ野球記事はとんとご無沙汰だった。しかし風の便りでは、今年は特にセリーグがペナントレースからして面白かったらしい。セリーグ一の貧乏球団広島カープが2年連続でセリーグ制覇を成し遂げたのだ。それまで万年Bクラスの同球団を準常勝軍団に導いた緒方孝市監督の手腕は高く評価されるべきである。かつて山本浩二、衣笠祥雄(野手)、江夏豊(投手)という三枚看板で「赤ヘル軍団」といわれた頃の古葉竹識監督以来の名将といっていいかもしれない。元広島の金本知憲監督の阪神タイガースの2位も評価できる。翻って金満・読売巨人軍は今年Bクラスに転落、セのクライマックス・シリーズにも出られなかった。「巨人、大鵬、卵焼き」といわれた昭和30年代少年には珍しく、その頃からの筋金入りのアンチ巨人の私としては、「ナベツネ、ざま見ろ」であるw

 そしてまたまたの大椿事。セのCSを制したのは、何と3位のラミレス監督率いる横浜DeNAだったのだ。「セ3位のDeNAがパの覇者ソフトバンクに勝って日本一になるってどうなのよ?」と複雑な気持ちにもなるわけだ。が、しかし神奈川県民でもあり、仕事上京浜東北関内駅は結構利用し、すぐ側の横浜スタジアムで試合がある時などは詰め掛けたファンの人混みを掻き分けて同駅の乗降を何度も経験した私である。パリーグでもあり、孫正義という得体の知れない金満経営者がスポンサーの、福岡というまだ行ったこともない所のソフトバンクよりはずっとシンパシーがあるのである。

 しかしいきなりの3連敗、「あちゃー、やっぱ、実力のパの覇者に人気のセの3位が立ち向かうのは無理だわ」と不名誉な4タテも覚悟したのである。ところが勝負は下駄をはくまで分かないもの。王手をかけられて臨んだ地元横浜スタジアムでの第4戦で初めて勝つと第5戦も勝ってしまった。1日の移動日を挟んで本4日は再び福岡に移っての第6戦。依然王手をかけているソフトバンクが地の利を生かして勝てば即日本一。工藤公康監督は知将・森元監督に見出されエースとして常勝西武を経験し、勝ち方を知っている監督である。その上試合はパ・ルールのDH制でもあり、その可能性は高いかもしれない。対するラミレスは選手時代、ヤクルト、巨人、DeNAで好成績を残し、日本の野球&ファンに融け込もうと努めてきた外国人監督である。中畑清前監督時代の万年Bクラスを覆してのセ3位、そしてCS制覇しての日本シリーズ。ラミレス監督の力も侮れない。両者がっぷり四つに組んだ見ごたえのある第6戦になりそうである。もちろん第6戦もラミレスDeNAが勝って逆王手、最終戦で19年ぶりの横浜DeNA日本一というストーリーを勝手に思い描いているのである。 (大場光太郎・記)-

ラミレス監督の先発投手起用に注目
岩村明憲氏の日本シリーズ解説

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201711020008-spnavi

2017年11月3日(金) 18:45 ヤフープロ野球

52327
第5戦に勝利し、守護神・山崎を迎えるDeNAラミレス監督。第6戦の先発マウンドには誰を送り込むか?【写真は共同】


 プロ野球の頂上決戦「日本シリーズ」は第5戦まで終わり、パ・リーグ王者の福岡ソフトバンクが3勝、セ・リーグを勝ち抜いた横浜DeNAが2勝という状況。4日からは舞台を再びソフトバンクの本拠地・ヤフオクドームに移して、熱戦が繰り広げられる。

 果たして、ここまでの両チームの戦いぶりはどうだったのか? そして、覇権の行方を握るキーマンは?

 スポーツナビでは、東京ヤクルトやMLB・レイズなどで活躍し、短期決戦の経験が豊富な岩村明憲氏による日本シリーズ解説をお届けする。

第3戦までは柳田、4戦以降は桑原が躍動

 以下は岩村氏の解説。

「ソフトバンクが3連勝したあと、崖っぷちからDeNAが意地を見せてくれていますね。第4戦の桑原(将志)君の初ヒットから、そのまま攻撃のリズムをつかんでいると思います。

 逆にソフトバンクはこの2戦、柳田(悠岐)君の勢いが止められている印象です。第3戦までは最初の打席で出塁して先制のホームを踏んでいましたが、この2戦はなかなかホームにかえってこられなかったり、チャンスで凡退していました。

 日本シリーズは自分たちの野球をしないと勝てないもの。その中で『1番勝負』じゃないけれど、最初の3戦は柳田君が上回り、第4戦以降は桑原君が初めての日本シリーズで大躍進を遂げましたね。両チームともクリーンアップに結果が出ているので、打線に関してはがっぷり四つの状態ではないでしょうか」


ソフトバンクは千賀、東浜で迎え撃つ

52328
第1戦に先発し、7回1失点(自責0)に抑えたソフトバンクの千賀【写真は共同】


「6戦目以降で気になるのは先発投手の起用です。今のところソフトバンク打線は左ピッチャーをあまり打てていないので、DeNAは第6戦を誰にするのかな? と。

 僕は今永(昇太)投手を持ってきて、第7戦にもう一度、濱口(遥大)君を持ってくる可能性もあると思います。今シリーズは予告先発制度がないので、ラミレス監督の先発ピッチャーの使い方は注目でしょう。

 対するソフトバンクはおそらく千賀(滉大)君で来ると思います。7戦目は東浜(巨)投手で。千賀投手は第1戦で好投しましたし、仮に落としたとしてもシーズン16勝を挙げているピッチャー(東浜)が最終戦に控えるのは心強いと思いますよ。

 MLBのワールドシリーズを見ていたので、3勝3敗になって第7戦までもつれ込む(※4勝3敗でアストロズが優勝)と盛り上がるかなと思う気持ちもありますが、ソフトバンクにはそんな余裕はないでしょうね。数字的にはまだ余裕はあるけれど、早く決められるなら決めたいはずなので。

 ただ、崖っぷちからのDeNAの戦い方が福岡でも継続できれば、シリーズが面白くなるんじゃないかと思います」

   
【関連リンク】

DeNA野球を引き出した桑原の初安打 岩村明憲氏の日本シリーズ解説

柳田の初回、初球スチールの意義 岩村明憲氏の日本シリーズ解説

焦りが失策呼び、流れ引き渡したDeNA 岩村明憲氏の日本シリーズ解説

ソフトバンクの大勝を引き寄せた四球 岩村明憲氏の日本シリーズ解説

(転載終わり)

| | コメント (0)
|

奴隷はなぜ逃げないのか-SMAP独立騒動から (by 石井 孝明)

-国民視聴者をさらに白痴状態に固定化させるための罠なのか。TPPなど最重要政治課題隠しのためなのか。ベッキー不倫騒動すったもんだの後、さらなるスマップ解散騒動でてんやわんやだった。スマップ問題は国会でも取り上げられたらしいが五輪がらみもありけっこう根が深いのらしい。今回の転載文は、スマップ騒動から見えてくるこの国の目に見えない「奴隷制」についての論考である。それは近年サタニズムNWO完成とぴったり歩調を合わせているかに見えるこの国で、ますます顕著になってきていると私は考える。それは他でもない、戦前から続く天皇制ヒエラルキー(これはNWOとタイアップしているのだろう)による階級社会の、大多数国民が追い込まれつつある視えざる奴隷制社会の顕在化であろう。なおお分かりかと思うが奴隷の反対語は「自由」である。そして『引き寄せの法則』のエイブラハム説くところでは、「自由は人生の基盤」なのである。悪政治家&悪官僚群などにより、国民をさらに縛るための膨大な数の悪法が次々に制定され、今や国民は息苦しい(生き苦しい)ほどがんじがらめに管理され「どこに自由がござるのじゃ」という状態である。本来自由な存在であるはずの私たちには、こんな奴隷的拘束状態で生きなければならないいわれなどまったくないのだ。まずはそういう現状であることをよく認識すること、脱却はそこからスタートする。 (大場光太郎・記)-

11258

奴隷はなぜ逃げないのか-SMAP独立騒動から --- 石井 孝明
http://www.asyura2.com/12/bd61/msg/826.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2016 年 1 月 21 日 15:08:00
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160119-00010005-agora-soci

男性芸能人グループSMAPの独立が騒動になった。彼らは独立をあきらめ、ジャニーズ事務所の傘下に戻るという。

芸能ネタはよく知らないが、所属事務所の経営者姉弟は、80才代という。しかもその経営者は、青少年に対する性的虐待疑惑まである。芸能界にはトラブル状態の独立した人の仕事を干す、「中世的」な慣行があるらしい。老人に労働者の自由が束縛され、社会とメディア(特にテレビと雑誌)が小さなエージェント風情にひれ伏す。生放送で5人を黒服で反省の言葉を述べさせるのも「制裁」のニオイがして気味が悪い。

SMAPは日本で一番人気があるグループで、影響力があるとされるのに、自由に行動できない。日本が抱える閉塞感とつながるような変な騒動だった。

たまたま「奴隷」をめぐる知識を得た。それが騒動に奇妙に当てはまるので、紹介してみよう。もちろんSMAPを「奴隷」と誹謗するつもりはない。「状況が似ている」という指摘であり、この文章は精緻な論証というよりも感想だ。

奴隷はなぜ逃げないのか

現代人の私たちが必ず思うのは、「なぜ奴隷は逃げないのか」ということだ。

『奴隷のしつけ方』(太田出版)という本を読んだ。著者はローマ帝国の元老院議員「マルクス・シドニウス・ファルクス」とされるが、実際は解説者として登場するケンブリッジ大学の歴史学の教授のジェリー・トナー氏だ。英国的な品のいいジョークだ。

場所と時代によって違うが、ローマ帝国では最盛期(紀元前1世紀から紀元後2世紀)、総人口の約4割前後の奴隷がいたようだ。なぜそれほどたくさんいた奴隷が制度を覆さなかったのか。その理由は、私が理解したところでは、「自由を求めて立ち上がるよりも、今の状況がましだ」という状況を、さまざまな知恵を集めて体制側が作ったことにある。

道具は「恐怖」と「利益」だ。この本では奴隷への体罰を奨励、ただし財産であるために傷つけないようにすることを強調する。性的な要求を充たし、食事、睡眠などの休息を与える方が生産性を上げることを、当時の記録から探り紹介している。そして知識人もいた家内奴隷は、「解放」を餌にすることを勧めている。

私たちは現代の感覚で奴隷制度を見るから、「なぜ奴隷は立ち上がらないのか」という感想を抱く。当時の奴隷は、戦時捕虜、また奴隷の子どもが大半だ。前者は異境の地で奴隷になる、後者は生まれたときからの奴隷で他の世界を知らない。情報も人口の9割超が文字を知らず、印刷物や電子情報はない。反逆は軍が出動し、たいてい死刑となる。「脱走」や「蜂起」、「ストライキ」は古代人の選択肢では浮かばない発想だ。それよりも現状維持の方が幸せになる。

SMAPは10代から芸能活動をジャニーズ事務所で行い、他の世界を知らない。仕事を干される恐怖をちらつかせながら、名声、給料の優遇などの利益を事務所は与えた。「独立する」という選択肢は、かつての奴隷と同じように大変な冒険となる。「アメとムチ」は、奴隷制度の時から人事管理の鉄則だ。もちろんSMAPと事務所の関係の詳細は知らないが、数千年前からの「奴隷」と「所有者」の関係と似た状況が生まれていたのかもしれない。古代・中世的な変な世界ではよくありがちだ。

奴隷から抜け出すためには

では奴隷から抜け出すにはどうすればいいのか。別の例を示してみよう。物理学者のカール・セーガンは、科学教育の重要性を訴える『人はなぜエセ科学に騙されるのか』(新潮社)で、逃亡奴隷でのち黒人解放運動の中心になったフレデリック・ダグラス(1818-1895)の半生を紹介している。

奴隷の目から見た19世紀のアメリカ南部は凄惨な場所だ。ダグラスは「餓えない」という「アメ」の状況以外は、「ムチ」を使った体罰の恐怖の中で少年時代を送る。ある日、白人たちが紙を前に口を動かしていることに気づく。19世紀中頃まで欧米圏では黙読よりも、声を出し読書をするのが一般的だった。その切れ端で文字の存在を知る。そこから文字を独学し、そして親切な主人の妻の教育で本と新聞を読めるようになる。奴隷への教育は法律で禁じられていた。

しかし自己教育で、農場以外の世界を知り、そして自我が芽生えた。他と比較して、自分のあり方を考えるようになった。そして「自分の体を主人から盗む」ことを考え、実行、つまり脱走する。彼は、物理的な面だけではなく、精神的な面でも奴隷ではなくなった。

彼はその後、新聞に寄稿を始め、出版をするようになる。教育を受けるアフリカ系アメリカ人はほぼ皆無の中で、彼は時代の中心の一つになっていく。情報と教育が彼を成長させ、テロや誹謗から守り、自己実現の手段となっていった。

SMAPの人々に教育がないとは思わない。どの人も歌、俳優業にぬきんでて、しっかりした人々だ。しかし「相手と戦う」「交渉する」という世間知、情報戦は海千山千の芸能事務所社長の方が秀でていたのだろう。戦うにはまず情報を集め、また対応策を知り、対策を打つことが必要だ。

自らを「解放」するには何が必要か

そして奴隷をめぐる話は現代的な意味を持つ。奴隷は世界のどこにも存在しない建前になっているが、約3000万人の人が奴隷的状況(売買、自由の束縛など)になっている。ISは支配地域に、奴隷制度を引いている。

日本社会にも笑えない面がある。日本のサラリーマンの統計を取ると、かなり多くの人が他の欧米諸国と違って、「今の仕事が好きではない」「会社を辞めたい」というそうだ。SMAPのように独立願望を持ちながら、それがなかなか実現しない。

この一因は雇用が流動化しないためだ。かつての奴隷たちがそうだったように一度入った企業に勤め続ける「自由を求めて立ち上がるよりも、今の状況がましだ」という状況が作られている。日本の雇用制度が政府と企業、社会体制の集合的な意識の中で、雇用を固定化した形になっている。

働くことに不満があるなら、大きな視点から今の制度の矛盾を理解し、飛び出る場合には準備を慎重にすることが必要だ。ちなみに筆者は、調子に乗ってサラリーマンを止めてフリーランスのジャーナリストになりその大変さによって、後悔と解放感の入り交じる不思議な状況に今陥っている。蜂起した奴隷剣闘士スパルタクスのような暴発も、苦難と破滅の道だ。時代は違うが、ダグラスのように「学ぶ」こと、そして「情報」が、働き方を変える重要な契機になるだろう。

SMAPの話を、芸能ネタとして消費するだけではなく、私たちが働き方を考える契機にしたい。自由で、人それぞれが満足できる働き方を選べる社会にすることに向けて。

最後に、SMAPはどんな形でもいいから、またその素晴らしい才能で、私たちを楽しませ、幸せにしてほしい。

石井 孝明
【関連記事】
日本のサラリーマンはSMAPである
「SMAP解散」速報記事ヨミトキ!?
「SMAP解散」はフェアな報道なのか?
SMAPの人生を考えるとゾッとしなくも
炎上芸能人で学ぶ炎上儲けのからくり
最終更新:1月19日(火)17時31分   

(転載終わり)

| | コメント (0)
|

【朗報】山形県民「いがったいがった」 NHK山形のお天気お姉さんが番組復帰!

-爽やか岡田みはるさん。復帰できて本当に「えがったえがった」!!!-

1268                 (岡田みはるさんブログより)


山形県民「いがったいがった」 NHK山形のお天気お姉さんが番組復帰
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151207-00000076-it_nlab-cul
ねとらぼ 12月7日(月)19時12分配信

 NHK山形放送局のニュース番組「ニュースやまがた6時」。1日の放送から番組を休養していた気象予報士の岡田みはるさんが12月7日放送で再登場し、山形県内だけでなく、ネット上でも「いがったいがった」の声がこだましています。

【12月7日放送の「NHKニュース やまがた6時」では再び笑顔が】

 岡田さんは12月1日放送回の天気予報コーナー中、急に涙声となり、最後までむせび泣く様子が放送。NHK山形は「当初想定していた中継画像が違ったため混乱。それでうまくコメントを伝えられなかった」と説明しましたが、その後岡田さんは番組を休養し、さまざまな憶測が飛び交っていました

 岡田さんは7日に放送された天気予報コーナーに登場し、「今日から再び、気象情報を担当させていただきます。分かりやすくて役に立つ、山形県の気象情報をしっかりと確認してまいります。引き続きよろしくお願いいたします」と視聴者に向けてコメント、続けて山形県の天気を伝えました。  (転載終わり)

1278

【私のコメント】
 上のニュースのとおり、12月1日夕方6時のNHK山形ニュース番組での放送事故で休養中のお天気お姉さん・岡田みはるさんが、7日同番組のお天気コーナーで無事復帰したようです。

 休養中は「このまま降板か?」などと囁かれていましたから、復帰できて何よりです。元山形県民だった私も、「いがったいがった」と現山形県民と喜びをともにしたいと思います。

 なお余談ながら。「いがったいがった」はそんなに難解なズーズー弁ではありませんからお分かりかと思いますが、「良かった良かった」の意味です。「怒った怒った」ではありませんので、念のため(笑)。ただ私の郷里(置賜地方)では、雪深い内陸部のせいか、訛(なま)りがさらに一段と洗練され「えがったえがった」となります(爆笑)。

 NHKの今回の寛大な処置の陰には、県民の声が圧倒的に岡田さんに同情的だった事がまず挙げられるのでしょう。今年の4月から出演していた岡田さんの日々番組に取り組む姿勢が県民の心をしっかりとらえ、今回の同情を呼んだのではしょうか?

 それに加えて同放送事故が早々と全国的ニュースとなり、ネットでも大騒ぎとなり、こちらも岡田さんに同情的だっことも大きく働いたように思われます。NHKを含め放送局というものは、なんだかんだいってつまるところは「人気商売」なわけで、今回の件でNHKは県民・国民視聴者の動向をじっと覗った結果だったのではないでしょうか?

 できればNHKは、今回の放送事故できちんとした「調査委員会」を設け、そこで調べ上げた調査結果を県民や国民にきちんと報告してもらいたかったと思います。

 前回の【続報】記事でみたとおり、今回の件は明らかに局内の「組織的イジメ」が原因としか考えられません。そしてそれは今回たまたま起こったのではなく、岡田みはるさんが同コーナーを担当し始めてから、違う画面が出るなどがしばしば繰り返されていたようです。

 NHK山形局内メンバーの多くを同県人が占めるのか、他局からの赴任者が多いのか仔細は分からないわけですが、東北の田舎県である山形は、どうしてもよそ者(岡田みはるさんは長野県出身)を排除する方向で物事が動きがちなのかな?などと考えてしまい、山形県出身者としてつい悲しくなってしまいます。

 いずれにせよ、今回は岡田さん説明と違う映像が立て続けに4場面も出て、こらえにこらえていた岡田さんもたまらず泣いてしまい大ごととなったわけですが、こんなトラブルは偶然では起こり得ないわけです。

 県民や世論を味方につけたことにより、岡田さんに関して今後こういう事は二度と起こらないことでしょう。

 がしかし、体質に問題ありのNHKのこと、別の地方局で別の放送事故が起こらないとも限りません。今後の事故再発を防ぐためにも、しっかり調査結果を公表し、もし岡田さんへのイジメが恒常的に行われていたのなら、局長更迭、関係局員処分などの厳しい処断をしたほうが、より「いがったいがった」となったのではないでしょうか?

 この件は天下の大掲示板・阿修羅掲示板にも記事投稿されました。
『【下衆い】NHKのお天気お姉さん号泣騒動、ミヤネ屋が馬鹿にして茶化す!⇒大炎上!ネット上では批判の声が殺到!』
http://www.asyura2.com/13/hihyo14/msg/844.html

 前回の【続報】末尾でURL紹介した「netgeek」記事内容に、『真実を探すブログ』さんのコメント、ネットの反応などで構成された記事の転載投稿です。

1277

 『ミヤネ屋』の司会の宮根誠司が、岡田みはるさんを番組で茶化してこのポーズ。また宮根は同番組で笑いをとるためにデリカシーのない発言を繰り返していたことが分かった、というのです。

 「おい、宮根。他人の不幸につけ込んで、テメエ、それでもまっとうな放送人のつもりか!」と、言いたくなります。

 戦争法案参院審議がクライマックスの頃、安倍総理は審議出席を放り出して関西番組の『そこまで言って委員会』と『ミヤネ屋』に出演し、物議をかもしたことがありました。その時宮根は目いっぱい「安倍ヨイショ」をしていたとおり、ガチガチの安倍シンパです。ホント、安倍シンパにはロクなのがいないわけですが、惻隠の情もなく番組でこういうことを平気でやらかす宮根は、下衆な「電波芸者」というべきです。

 「安倍逮捕」なった暁には、宮根を筆頭に、ジジ通信の「田崎寿司」こと田崎史郎、三文評論家の青山繁晴、台湾ばあさんの櫻井よし子など似非ウヨをテレビから追放してもらいたいものです。テレビ業界の風通しがかなり良くなることでしょう。

 うって代わって、今回の件で一躍全国区人気となった「爽やか」岡田みはるさん。復帰できて本当に「えがったえがった」!!!

 (大場光太郎・記)

【追記】
 「安倍チャンネル」の主・籾井会長が、3日の定例会見で「私は同情的」と語りました。おっ、たまにはいいこと言うこともあるんじゃん!
『〈速報〉NHK籾井会長「私は同情的」お天気お姉さん語る』
http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/Cfettp01512030042.html
 またこの件で、この人も番組内(6日、TBS系「サンデー・ジャポン」)で好意的コメントをしました。
『西川史子、お天気お姉さんの涙にプライベートを心配』
http://news.so-net.ne.jp/article/detail/1181242/


関連記事
『【NHK山形放送事故】放送中に泣き出したお天気お姉さん、NHKの今後の処遇やいかに!?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/nhk-28cb.html
『【続報・NHK山形放送事故】涙のお天気お姉さん、3日連続の「お休み」 ネットでは復帰を望む声強し!』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-3178.html

| | コメント (0)
|

【続報・NHK山形放送事故】涙のお天気お姉さん、3日連続の「お休み」 ネットでは復帰を望む声強し!

-前回の『【NHK山形放送事故】放送中に泣き出したお天気お姉さん、NHKの今後の処遇やいかに!?』記事、おかげさまで大好評!予期せぬことに、3日の当ブログランキングで、先月から1位独走中の『やっぱりね 湯川遥菜氏・後藤健二氏の殺害画像はフェイクで二人は今も生存している!?:』を抑え、ぶっちぎりの1位となったのである。ローカルニュースであることもあり、そんなに期待していなかった同記事に多くのアクセスがあり、正直驚いているところである。どういうわけか意外にネット市民の関心も高いということである。2番目の説得力ある転載記事のように、岡田みはるさんが泣き出したのは、どうも局内の「いじめ」が原因である可能性が高そうだ。イルミナティ企業+安倍チャンネル=陰湿いじめ体質。いとも簡単にそう導きだせるわけだが、籾井NHK本社の陰険さが全国に波及し、山形という純朴な県の地方局まで蝕んでいるということなのだろうか?ああ、嫌だ、嫌だ。ともあれ今回の件の本質はそこにあるわけだから、岡田さんの出演停止で済まされる問題ではない。一地方局で発生した放送事故だが、国民視聴者の関心は高いぞ。NHKよ、そのことを忘れなさんな! (大場光太郎・記)-

1245


「何とか復帰してくれ」、NHK山形の「お天気おねえさん」 3日連続の「お休み」、「再開未定」に落胆の声
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/jcast-20151204-252407/1.htm
2015年12月4日(金)19時0分配信 J-CASTニュース

NHK山形放送局の天気予報途中に泣き出してしまった「お天気おねえさん」の岡田みはるさんは、2015年12月4 日の放送にも出演しなかった。

これで3日連続のお休みとなり、ネット上では「くじけずがんばって欲しい」などといった応援メッセージが引き続き出て、復帰を待ち望む声が強い。

「何とか立ち直って頂きたい」

NHK総合「ニュースやまがた6時」(月~金曜日 18時10分~19時)で15年4月から「お天気おねえさん」を務めている気象予報士の岡田さん。15年12月1日も、いつものように山形県内の天気を伝えていた。しかし、「現在の鶴岡を見てみましょう」と語った時にスクリーンに映っていたのは新庄市の夜景だったため、新庄市に言い直した。そのうちに涙声交じりになり、とうとう声が止まった。天気予報が始まってから1分30秒後には涙を手で拭う姿があった。その後も声が裏返るなどよく聞き取れない状態が続き、鼻をすする音まで聞こえてきた。番組は終了間際に、

「お天気コーナーでお見苦しい点がありました」

と謝罪した。

NHK山形は、

「岡田さんが当初想定していたお天気カメラの場所と違った場所の映像が出てしまい、動揺してうまくコメントが伝えられなかったから」

と理由を説明した。要は番組にミスがあり、動揺してしまった、というのが真相らしい。そして2日、3日と岡田さんの姿を番組で見ることは無かった。NHK山形は、

「4日は、気象予報士と気象予報士が所属する会社と話をした結果、お休みをいただくことにしました。出演の再開については、本人と所属する会社側と話をしています」

とJ-CASTニュースの取材に答えた。復帰するのかどうか分からない状況だが、ネットでは岡田さんを応援する声が相変わらず多く出ている。

「今日もNHKは男性アナウンサーが天気予報していた。元気に復帰して欲しいな」
「何とか立ち直って頂きたい」
「動画見たけど抱きしめたくなった」
「くじけずがんばって欲しいですね」
「ええやん、かわいいから許す。復帰してくれ」
            

(転載終わり)

【炎上】NHKで気象予報士が突然号泣し始めて局内でのいじめ疑惑が浮上
http://netgeek.biz/archives/59020
netgeek 2015年12月2日

12/1、NHK山形の「NHKニュース やまがた6時」の気象情報コーナーで、気象予報士の岡田みはるさんが放送中に突然泣き出すという放送事故が起きた。ネット上では、同僚から岡田さんに対して嫌がらせがあったのではないかという疑惑が浮上し、波紋を呼んでいる。

岡田みはるさんの写真はこちら。現在39歳で、決して仕事ができない新人というわけではない。

124

2010年に気象予報士の資格を取得して、現在「NHKニュース やまがた6時」の気象情報コーナーに出演している。

12/1の気象情報のコーナーでは、岡田さんが読んでいる原稿の内容と違う映像が映し出され、彼女が沈黙するハプニングが立て続けに4回も起きた。

以下の4つが該当する場面。時系列順に並べている。

(1)岡田さんが「鶴岡市の様子を見てみましょう」と原稿を読みあげたところ、映し出されたのは鶴岡市ではなく新庄市のライブ映像。

1241

(2)「明日は天気が回復し晴れるでしょう」と原稿を読みあげたところ、映し出されたのは「あすの天気」ではなく「きょうの気温」。

1242

岡田さんは一瞬、沈黙した後、山形県内の最低気温、最高気温を読み上げていた。すると途中から涙声になり、以後、気象情報コーナーの終了までずっと泣きながら原稿を読んでいた。

(3)続いて「今日の雲の動きを衛星画像で振り返ります」と読み上げたところ、映し出されたのは衛生画像ではなく予想天気図。

1243

(4)岡田さんが「明日、朝9時の予想天気図です」と読み上げたところ、街を映したライブ映像が映し出され、気象情報のコーナーは終了。

1244

入念にリハーサルを行なっているはずの生放送番組で、立て続けに4回も原稿、台本と違う映像が流れることなど起こり得るのだろうか。ネット上では「スイッチャーがわざと違う映像に切り替えた」「嫌がらせで嘘の段取りを仕込まれた」などと様々な憶測が飛んでいる。また、途中で岡田さんが泣き出した理由については、本番中にインカムでディレクターから暴言を吐かれたからではないかと言われている。

▼その日の映像はこちらで視聴可能。

https://youtu.be/xqo3QsgYHHs

岡田さんは最近、かなり疲労困憊していたことも分かっている。こちらの11/29の彼女のブログを見てもらいたい。

週末、ぐったりしていたら、

友だちが連れ出してくれました。

(中略)

疲れ過ぎて、ごはんが食べられない…

と困っていたので、助かった~!

http://ameblo.jp/miharu-okada/entry-12100814411.html

職場での人間関係が疲労の原因なのかは不明だが、番組本番中に泣き出してしまうほど今の彼女が精神的に追い込まれているのは間違いない。NHK山形には一刻も早く事情説明をしてもらいたい。

続き→【祭り】宮根誠司が号泣お天気お姉さんを茶化しまくって炎上

(転載終わり)

関連記事
『【NHK山形放送事故】放送中に泣き出したお天気お姉さん、NHKの今後の処遇やいかに!?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/nhk-28cb.html
『やっぱりね 湯川遥菜氏・後藤健二氏の殺害画像はフェイクで二人は今も生存している!?:』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-c308.html

| | コメント (0)
|

【NHK山形放送事故】放送中に泣き出したお天気お姉さん、NHKの今後の処遇やいかに!?

-「NHKさん。まあ固えごと言わねでよぉ。おがげ(お陰)で盛り上がっで番組のピーアールにもなったんだべ?んだがらよ、なんとがかんだえ(寛大)なご処置すてけろなっす~!」と、私からもお願いしたいものですwww-

NHK山形「お天気おねえさん」は降板? ネットでは同情が集まり、「笑顔で復活してほしい」
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/jcast-20151202-252174/1.htm
2015年12月2日(水)19時38分配信 J-CASTニュース

1212


NHK山形放送局の「お天気おねえさん」が原稿を読んでいるうちに涙声になり、ついに泣き出してしまい原稿が読めなくなる、というハプニングが起こった。

ネット上では彼女の悲しそうな表情に同情が集まり、「明日は笑顔で復活してほしい」といった応援メッセージが寄せられた。

「お天気コーナーでお見苦しい点がありました」

「お姉さん」が泣き出してしまったのは2015年12月1日放送のNHK総合「ニュースやまがた6時」(月~金曜日 18時10分~19時)。午後6時半からお天気コーナーが始まり、気象予報士の岡田みはるさんが山形県内の天気を伝えていた。

「現在の鶴岡を見てみましょう」と語った際にスクリーンに映ったのは新庄市の夜景だった。スタッフの「新庄」「新庄」という声が聞こえ、岡田さんは鶴岡を新庄に言い直して放送が続いた。異変が起きたのはその30秒後。涙声交じりで原稿が読まれるようになり、とうとう声が止まった。

天気予報の開始から1分30秒後、涙を流しながらうつむき、手で涙を拭う姿があった。予報を再開するも声が裏返り、よく聞き取れない状態で、鼻をすする音まで聞こえてきた。なんとかコーナーを終えたものの、メインスタジオにカメラが切り替わると凍り付いた状態に。メインキャスターの片山智彦アナウンサーは呆然となりながらうつむいていた。ようやく、

「失礼しました。では、ニュースを続けます」

と口を開いた。番組の最後では、

「お天気コーナーでお見苦しい点がありました」

と謝罪した。

この出来事にネットが騒然となり、

「うちの母親なんか『なんだべ!?親が死んだとか?ペットが死んだとか?』なんて言うしwwwwwwww」

といった書き込みが掲示板に出ることに。原因として、局内でのイジメ説や、放送直前に恋人が事故死、彼氏にフラれた、上司に怒られたなどといった何の根拠もない噂が出る事になった。

想定と違った映像が出たためうまくコメントできずに泣いた

一袋どうしてこんな事が起こってしまったのか。15年12月2日放送の読売テレビ「情報ライブミヤネ屋」でも検証が行われ、司会の宮根誠司さんは、

    「彼女が間違ったんじゃないと思う。悔しかったんだと思う」

などと解説した。岡田さんはきっちりと段取りを組み、それを遂行しようとしていたのに、スタッフが画面選択を間違ってしまったというのだ。そして、

「人間ぽくて良い」

と擁護し、NHKでは無理だが実は民放ならオイシイ展開であり、これをネタに番組をさらに盛り上げることができる、と語った。ネットでも岡田さんの悲しそうな表情を見た人から、同情と応援の声が強くあり、

「なんか、こっちまで泣いちゃった」
「このお姉さんは許してあげて欲しい。何があったか知らないが可哀想なのは間違いない」
「NHK山形のお天気お姉さんのお陰で、山形県民の方と心が一つになれた気がするwww どーした?どーした?ってゆーあのドキドキ感www どうか降ろさないであげてwww」
「明日は笑顔で復活してほしい」

などといった感想が掲示板やツイッターに出た。

いったい何があったのか。所属事務所のウェザーマップの子会社キャスター・プロに話を聞いてみたところ、今回の件の詳細はNHK山形に任せている、ということだった。

NHK山形はJ-CASTニュースの取材に対し、泣いてしまったのは岡田さんが当初想定していたお天気カメラの場所と違った場所の映像が出てしまい、動揺してうまくコメントが伝えられなかったからだという。今後については、15年12月2日の放送は休み、今後の出演については岡田さんと所属事務所と相談して決めたい、と明かした。 (転載終わり)

1214

1211

【私のコメント】
 当ブログで常々公言しておりますとおり、私は山形県出身です。ただし同県に住んでいたのは高校卒業の18歳まで、それ以降圧倒的に現居住地が長いわけです。ただ多感なりし10代までを過ごした郷里は「忘れがたき」もので、その後の五十年弱の当地での生活に勝るとも劣らない価値を持っています。

 ということで、山形県で起きた出来事や郷里での思い出などをこれまでずいぶん記事にしてきました。代表例が11年3月に発覚した新庄北高校出身の「aicezuki」による、京大等受験カンニング事件です。(なおその後「aicezuki」を逆さに読むと「ikuzecia」-「行くぜCIA」-となり、そのことで再度騒がれた。)

 そして今回、また山形がらみのニュースを取り上げてみた次第です。

 いささかローカルニュースながら、今回の件、ネットでも大々的に取り上げられ、かつての「スイカップ古瀬絵理騒動」以来の大盛り上がりのようです。そして今回のヒロインもスイカップ古瀬さんと同じNHK山形所属なのです。

 諸事問題多くかつ諸事うるさい天下のNHKの、ローカルとは言え『NHKやまがた6時』お天気コーナーで突然泣き出したのですから、そりゃ大ごとです。

 今から20年年ほど前、正午のNHKニュースのお天気コーナーで、日本気象協会から派遣された女性が登場したての頃、その日のお天気情報を伝え、終わったと同時にホッとしたのか胸をなでおろしたことがありました。その女性、決して美人ではなかったものの清楚な感じがたまらず“隠れファン”だった私は、『こりゃ、後でこっぴどくお叱り受けるんじゃないの?』と他人事ながら心配になりましたが、以後そういうしぐさは見られなくなりました。

 (今回の放送事故とは性質が違いますが)やはりスタジオの向こうの多くの視聴者を考えてしまうと、たとえ短いお天気コーナーと言えども緊張するものなのでしょう。

 岡田みはるさんはローカルとは言えNHKのお天気コーナーを担当していたくらいですから、当然に気象予報士の資格を持っていたわけです。

 この気象予報士試験、けっこう“難関試験”のようです。例えば「天気予報」と言えばすぐに思い浮かべるのが“お天気キャスター”森田正光氏ですが、同試験がスタートしてすぐ、森田氏も挑戦したものの見事不合格だったそうです。当時は日本気象協会職員だったにも拘らずです(ただし2回目で合格)。

 「お天気お姉さん」岡田みはるさん、今回は不覚にも放送中泣いてしまいましたが、それ以外にもかなりの才媛のようです。信州大学から早稲田大学に移ったといいますから学歴上もなかなかですが、その上経済気象アドバイザーや小中高教員資格まで持っているというのです。

 岡田みはるさんは現在39歳とのことです。年齢から言えば十分“熟女”の域に達しており、冒頭画像の美貌から“美熟女”と言うにふさわしいのかもしれません。が、岡田さんの場合年齢よりだいぶ若く見え、美熟女というよりまだまだ“可愛い系”“綺麗なお姉さん系”という感じがします。

 それもそのはず、岡田さんは早稲田大学時代劇団に所属し、卒業と同時に某モデル事務所に所属し今日に至っているというのです。道理で綺麗なはずです。

 スイカップ古瀬さんは尾花沢市出身のバリバリの山形県人でしたが、岡田さんは長野県出身のようで、気象予報士としての仕事上NHK山形赴任(NHKとは「キャスター契約」か?)となったもののようです。
 しかしある土地に一定期間住み続けますとその土地柄が有形無形に影響を及ぼすものです。

 岡田さんの今回のケースは、情にもろい、涙もろい、純朴な県民性が移ったもの。NHK上層部はそのように好意的に受け止め、「どんな辛いハプニングがあっても動揺せず、きちんと最後まで務めるのがプロというものです」くらいな口頭注意で、岡田さんのお天気お姉さん続行を強く望みたいものです。

【注記】
 以上を書き上げてから、以下の興味深い関係動画を見つけました。原因は局内イジメとするものですが、かなり説得力あり。NHK山形局内って、意外にドロドロしてるのか?「岡田みはるさん、めげずにガンバレー!」と、余計強く応援したくなりました。
https://www.youtube.com/watch?v=XqebVQQVJTM

 上の動画を文字化(画像つき)しているのが以下のサイト
http://netgeek.biz/archives/59020

 (大場光太郎・記)

参考記事
『気象予報士・みはる日和*小春だより』
http://ameblo.jp/miharu-okada/
『NHK女子倶楽部【N-jyo】』
http://nhk-jyoshi.club/archives/4081
『NHK ONLINE 山形放送局』
http://www.nhk.or.jp/yamagata/

| | コメント (0)
|

最後の銀幕女優・原節子さん逝去す

11254


原節子さん死去…「青い山脈」、伝説の女優
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20151125-50238/1.htm
2015年11月26日(木)1時33分配信 読売新聞

 清純派の美人スターとして戦前戦後を通じて活躍した伝説の女優、原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが、9月5日に肺炎のため死去していたことが、25日分かった。

 95歳だった。近親者で密葬を行った。同居していたおいによると、原さんは8月中旬に入院するまでは、自宅の庭を散歩するなど元気だった。本人の希望で亡くなったことは伏せていたという。

 横浜高等女学校を中退し、1935年、義兄・熊谷久虎監督の縁で日活多摩川撮影所に入社。15歳で「ためらふ勿れ(なかれ)若人よ」でデビューした。「緑の地平線」「河内山宗俊」などを経て、37年、日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜てきされ、大きな話題を呼んだ。

 戦後には、黒沢明監督「わが青春に悔なし」、吉村公三郎監督「安城家の舞踏会」、今井正監督「青い山脈」など名匠の作品に出演、日本人離れした彫りの深い美貌とはつらつとした明るさで人気女優の地位を確立した。特に小津安二郎監督「晩春」「東京物語」、成瀬巳喜男監督「めし」「山の音」などの名作で、知的で優しい成熟した女性像を演じ、名実ともにトップ女優になった。 (転載終わり)


尾道における原節子と香川京子 (『東京物語』撮影合間のスナップか?)

 原節子さん出演の映画は、小津安二郎監督の名画『東京物語』くらいしか観ていません。これは昭和28年(1953年)公開でその頃私はまだ幼児でしたから、観たのはずっと後年の50代、ビデオで観たのです。その頃同じ小津作品の『晩春』も観ましたが、こちらは北鎌倉が舞台で、スローテンポの展開に痺れを切らし(?)途中で止めてしまったのが、今思うと残念です。

 『東京物語』については、以前の『春風』(作曲:フォスター)で触れました。唱歌『春風』にどうして『東京物語』?ということやあらすじなどはそちらを参考にしていただくとして、ここでは原節子さんとこの映画で共演した香川京子さんについて述べたくだりを転載してみます。

(転載開始)
 この歌とも、映画の本筋とも何の関係もありませんがー。
 原節子と香川京子の美しかったこと。二人とも美人女優ということももちろんあります。私が驚いたのは、戦後間もない昭和28年(松竹作品)のこの白黒映画の中の、二人の一つ一つの立ち居振る舞いの美しさです。それはさながら「生ける神々」といっていいような、芸術的な所作に思われたのです。

 映画上の演技ということはあるとしても、今の若い女性のみならず日本人全体が忘れてしまった、“奥ゆかしさ”が醸し出す気品ある美しさです。なおこの映画では「永遠の処女」原節子が脚光を浴びましたが、私個人としては若き日の香川京子さんの清楚な美しさにしびれました。
 こういう日本的な立ち居振る舞いの美を、当時この映画を絶賛した欧米人たちもしっかり観てくれたことでしょう。大震災後の我が国、さて今度はどんな日本美を海外に伝えていけるでしょうか。 (転載終わり)

 原節子さんとともに香川京子さんをベタ褒めしたきらいがありますが、とにかく印象に強く残るお二人の演技でした。その他にも笠智衆さんなど随所に光る演技があり、観終わった後の余韻深く、私としては「日本映画マイベストテン」はおろか「マイベストファイブ」に入ろうかという作品です。

11261
(『東京物語』より)

 これはお亡くなりになった原節子さんの名誉にも関わることですが、近代日本の歩みの一こまとして触れないわけにいきません。

 「永遠の処女」と呼ばれた原節子さんでしたが、「占領直後、原節子はマッカーサーの夜の相手をさせられたのでは?」というあらぬ噂が立てられたことがありました。

 それは今も根強く続き、今回の原さんの訃報により、以前の『昭和天皇の戦争責任(1)』が26日の当ブログアクセスランキングでダントツのトップになりました。その中にマッカーサーと原節子の関係をほのめかす記述があったため、「マッカーサー 原節子」などの検索フレーズでアクセスが集中したのです。

 「永遠の処女」原節子さんを汚すようで申し訳ありませんが、思い出してみてください。
『米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !?』記事で述べたように、昭和天皇は極東軍事裁判で東条英機のヤバイ証言によって自分の身が危なくなったと判断するや、キーナン主席判事の下に選りすぐった宮中美女たちを差し向け、ハニートラップによりキーナン判事のメロメロ懐柔をまんまと成功させたのです。

 敗戦濃厚となった昭和19年2月、近衛文麿元首相(終戦の年の12月服毒自殺)は天皇に「速やかな終戦」の上奏文を提出しています。しかしそれを無視して戦争続行させたのが昭和天皇です。もしこの時点で決断していれば、3月の東京大空襲その他の全国空襲も沖縄県民たちの悲劇も広島・長崎への原爆投下もなかったのです。続行は「戦争ビジネス」上の欲得勘定だけ。昭和天皇ヒロヒトこそ超A級戦犯であり罪万死に値する売国奴です!

 もう遥か彼方の遠い時代のことですから事実がどうであったか、原さんご自身が告白手記のようなものを残しておられなければ永遠の謎です(多分残しておられないでしょう)。しかしもし仮にそういう事実があったとすれば、それをお膳立てしたのは昭和天皇もしくはその意を忖度した天皇側近しかないわけです。

 その頃巷では、「♪こんな女に誰がした~」が一世を風靡した『星の流れに』が大ヒットしていました。もし原さんがそうだったのなら、原さんに準ずるような女性たちも高級コールガールとしてGHQ将校たちにあてがわれたことでしょう。すべては「天皇御一身」の安泰のために。

 昭和天皇と天皇財閥、天皇軍閥、天皇政治屋によって、当時の国民すべてが「一億総被害」を受けたのです。

11262
(『晩春』より)

 さあ、話題を変えましょう。

 私の理解では、原節子さんは小津安二郎監督死去間もなく女優を引退されたのだったかと思います。・・・気になって『ウィキペディア』を調べてみましたが、やはりそうでした。その箇所を以下に転載してみます。

(転載開始)
1962年、稲垣浩監督による東宝創立三十周年記念作品『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』が封切られ、原は大石内蔵助の妻りくを演じた。これが原にとって最後の出演作品となった。1963年12月12日、小津監督が東京医科歯科大学附属病院で没し(その日は小津監督の還暦の誕生日だった)、その通夜に出席したのを最後に原は女優業を事実上引退し、以降表舞台には一切姿を見せなくなった。晩年の原は鎌倉市で親戚と暮らしているとされた。高橋治は原が「小津の死に殉じるかのように」公的な場から身を引いたと表現している。 (転載終わり)

 戦後の日本映画界の巨匠・小津安二郎監督は、原節子の演技を高く評価し主演として使い続けたようです。思うに、単に監督と主演女優としての関係のみならず、二人はいつしか深い相思相愛の関係になっていったのではないか、と私は勝手に想像してしまいます。

 その中から生まれたのが名作『東京物語』であり、『晩春』だったのではないでしょうか。

1126
映画「小早川家の秋」(1961年)撮影中の小津安二郎監督(中央)と原節子さん

 高橋治氏は「原は小津の死に殉じるかのように公的な場から身を引いた」と表現したそうですが、小津監督の死をもって自分の女優人生を終わらせたことを思えば、これはある意味「殉死」だったと言えると思います。

 以後原さんはただの一度もテレビに姿を現わすことのなかった「銀幕オンリー」の稀有な女優です。気高いほどの美意識をお持ちだったのではないでしょうか。
 原節子さん。一時代を築いた銀幕女優らしい立派な出処進退、あらためて感服です!

 原節子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

より以前の記事一覧