薬物汚染の拡がりを憂う(39)

 泉田勇介が自供を始めた?

 まず前回(38)記事の補足をー。押尾学ら3容疑者は、やはり拘置期限を10日間延長されたもようです。そして当初は3人とも容疑を否認していて、一時はこのまま不起訴かと危ぶまれたました。しかしここにきて事態は一変、今回の件で鍵を握ると見られていた泉田勇介容疑者が少しずつ自供を始めているというのです。

 泉田は逮捕前『週刊文春』の取材で、自身の薬物疑惑については否定しながらも「俺は今まで押尾をかばってきたのに、押尾に裏切られた」と恨み言を述べていたと言います。ただ泉田はその際、「押尾は田中さんからクスリをもらったと言っていた」と押尾をかばってもいたのです。
 対して押尾からは連絡がなく、それどころか「泉田にはめられた」と共通の知人に言って回っていたといいます。これで泉田は『押尾に裏切られた』という気持ちになり、今回の自供につながったのでしょうか?また事実を認めて話せば、20日間の拘置期限の年末ぎりぎりでシャバに出られるという計算も働いたのかもしれません。
 情報通によると泉田は、自分が押尾にMDMAを渡し、さらにそれを誰に譲って“ドラックセックス”したか知る限りを自供し、さらに田中香織さんが変死した後の押尾の言動についても供述しているもようです。これにはさすがの押尾学も観念したようすだということです。

 PJの野口美佳、毎日新聞社を提訴

 話は変わって、ピーチ・ジョンの社長野口美佳の近況についてです。
 野口美佳(44)は、「押尾学に加担したかのように報じられた」として、毎日新聞社と記事執筆者を提訴したとのことです。「1100万円の損害賠償」と「紙面での謝罪広告掲載」を求める民事訴訟です。
 既報のとおり野口は、今月2日のブログ再開と共に、「良くない噂」を流したマスコミと争う姿勢を見せていました。ついにその口火が切られたかっこうです。

 提訴は、押尾事件を報じた『サンデー毎日』10月11日号の記事に対してのようです。訴状によれば、同記事で押尾学と一緒にいて田中香織さんが変死した六本木ヒルズのマンションの部屋を「野口社長が自由に使わせていた」と報じましたが、野口側はこの内容を虚偽として「事件に加担したかのような印象を与える内容で、社会的評価の低下は明らかだ」と主張しています。これに対してサンデー毎日の山田道子編集長は、「請求は棄却されるものと考えている」と、法廷闘争に向けて自信のほどをのぞかせています。

 以前も述べましたとおり、野口美佳vs毎日新聞、徹底的に争えばいいと思います。本当は、この法廷闘争劇をテレビなどが大々的に取り上げてくれれば俄然関心が高まるのですが。何せPJからの黒いカネの毒が回っているテレビ各局がどれだけこの件をニュースとして扱うのか、あるいは無視するのか?それも注視していきたいものです。
 なおこれを扱ったあるサイトには、36件ものコメントが寄せられました。1、2カ月に1件くらいの寂しいコメントの当ブログなどは羨ましい限りです。それはともかく、中にはずいぶん核心を衝いたコメントも多くありました。36件のうち、野口美佳擁護コメントは1件もありません。
 無断ながら、その一部を順不同で、可能な限りご紹介してみたいと思います。なお段落を適宜詰めたり、一部省略したりしています。

<某サイトのコメントから>
(無題) PJ早くなくなれば良いのに。ワコールも早くPJ追い出してください。みんなもPJ買わない方が良いよ。売上げで何してるか分からないよ。
売春を操作しているのかは分からないけど、自分のマンションで女性が亡くなった事に対して逃亡w女性の味方ですか?むしろ敵でしょ。 「女の恥」さん

(無題) 「心からの応援と共に貸したつもりの場所」 なぜ応援にヒルズのマンションが必要なんだ?自宅以外の部屋を持たせる事が、どうしてどう仕事の応援になるんだ。苦し紛れにもほどがある。  「名前不明」さん

(逆ギレか?) 自由に部屋を使わせていたんじゃないのなら、かってにお塩が部屋にあがりこんだっていうのか?誰もそんなの信じないし、報道される前から、野口が貸してた複数の人が、ヤリ部屋として使ってたと皆知ってるよ !  「ひろひろ」さん

(無題) 妻子もちの男にどーして部屋を与えるんだこのババア  「モツ」さん

(無題) 勝てると思ってるのかな。絶対無理でしょ。自分の愚かさを露呈しているようなもんだよ。自業自得。(以下略)  「名前不明」さん

(無題) 神は裁きを下す 野口美佳逃げんなよ  「一般人の逆襲」さん

(なにをやっても) もう二度とPJの商品は買わないな。カタログ見てもテンション上がらないでしょう。ショップの袋も恥ずかしくて持ち歩けないし。  「うーん」さん

(醜い) 全部消せるつもりでいるのか、こいつは?ネット社会をわかってないですな。  「天宮アイル/山口セロニアス」さん

(無題) …思いのほか世間が忘れてくれないから行動を起こしたんでしょうね。世間に分かってもらう前に説明責任があると思う。裏で噂が駆け巡るばかりで、テレビでまったく報道されない不自然さ。信じられるわけがない。  「世間はばかじゃない」さん

(野口さん) 今度は、ゆすり?被害者面して、何なんだ?悪いことを、悪いと認めないで、社長を続けていくつもりなのでしょうか… 誰もが、冷めた目で、見ています。早く捕まって、罪を償ってください。 下着も、色褪せて、汚れたものに見えます。  「らら」さん

(押尾を訴えるのが筋) 押尾に損害賠償するのが先だろ。(下略)  「かめ」さん

(無題) 野口はサイテーだな。こいつのせいで今回の事件は起きたんだよ。(中略)野口がいなければこのような事件も起こらなかった。  「品川商事」さん      (残念ながら、以下割愛します。)

 (大場光太郎・記)

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薬物汚染の拡がりを憂う(38)

 麻薬取締法違反(譲渡)容疑で7日再逮捕された押尾学容疑者(31)、同時に逮捕された遠藤亮平(28)、泉田勇介(31)両容疑者らの拘置期限は、確か今月の18日までだったかと思います。一応の期限は過ぎてしまったものとみられますが、釈放されたという話を聞かないところを見ると、拘置を延長して取調べ続行中ということなのでしょうか?

 逮捕直後は、3人とも肝心の容疑事実については否認しているとのことでした。その後依然として否認し続けているのか、それとも少しずつ容疑事実を認め始めているのか?捜査に進展はあるのかないのか?ここのところ彼らに関する新しい情報がさっぱり入ってきません。これは警視庁、東京地検、東京地裁など関係機関による、厳しい「情報戒厳令」の一つなのでしょうか。小沢一郎現民主党幹事長関連政治団体の西松建設献金疑惑に対しては、1年近くにもわたってネチネチと執拗に、時にはとっくに時効を過ぎた古い事実を蒸し返してリークしているのとはえらい違いです。

 それに再逮捕以来、テレビなど各マスコミも押尾関連を取り上げません。これには理由があるようです。ズバリ「押尾では視聴率が取れない」からだと言うのです。再逮捕時各局とも大騒ぎで取材に駆けつけ報道したものの、軒並み視聴率を落としたらしいのです。そこで各局とも押尾事件からは手を引きはじめているというのです。
 国民視聴者からすれば、「押尾学というダーティイメージの三流役者の件など、もうけっこう」という気分があるのかもしれません。

 しかし「ちょっと待ってくださいよ」ではないでしょうか?同事件発生時から、テレビ各局などは完全に腰が引けた報道に終始してきました。以前お伝えしましたとおり、「この事件には複雑な問題があるから、報道は手控えるように」と上層部から通達されたテレビ局もあったよし。他局とて似たり寄ったりでしょう。そしてほどなく起きた、「押尾事件隠し」としての“のりピー失踪”を、これ幸いとばかりに一斉にそっちの方にシフトしていったのです。
 とにかく押尾事件は、単に薬物事件というよりも、政界、官界、財界、芸能界、スポーツ界、闇社会など、今の社会の腐敗を暴きこの国を再生させるための「一丁目一番地」のような重大事件です。この事件の背後には、とれほど巨大な闇があるか各マスコミは当初から分かっていたはずです。
 
 マスコミ界は、最初から「事件性なし」として早期決着を図ろうとした麻布警察署と同じ穴のムジナというべきです。各方面とのまずい癒着があるから、いざという時「正義の言論」「真実の報道」ができなくなってしまうのです。
 だから新聞、テレビでは、今もって事件が発生した部屋の所有者(借り主)のピーチ・ジョン社長野口美佳の名前も、そこに入り浸っていた森祐喜や北島康介なども一切名前が出てきません。ましてや押尾事件の「もみ消し圧力」に動いたと思われる森元総理などや、押尾学の背後にいるフィクサーたちの名前など知られるはずがありません。彼らの「やり得」「言い得」を許しているマスコミ界は、政権交代以前の旧自民党的悪しき体質からまったく脱け出せていないと言わざるを得ません。

 新聞、テレビなどが真実を報道しない以上、事件発生時六本木ヒルズの密室にいたのは押尾学と変死した田中香織さんだけ、事件は2人の間だけで起き、その後押尾の連絡を受けて遠藤や泉田らが駆けつけたくらいの認識しかないのではないでしょうか?だから「これ以上押尾関連を報道されてもつまらない、もういい加減イヤになる」ということになるのです。
 これが最初から押尾事件の真実をきっちり伝えていれば、視聴者もいかにこの事件の闇が深いものであるかが分かり、物情騒然、話題沸騰、捜査当局への真相解明圧力は信じられないほど大きなうねりとなっていたことでしょう。

 それにいざ再逮捕はしたものの、警視庁捜査1課は「本当に大丈夫なの?」と心配になってきます。当初は「逃げ得は許さない」と息巻いていたものの、遅々として進まない捜査状況に不安を覚えます。保護責任者遺棄、同遺棄致死罪での立件など遠のいた感じです。年の瀬もいよいよ押し詰まった頃、「嫌疑不十分で3人とも釈放」「今年のことは今年のうちに。はい、これで幕引き」などとならないことを切に祈るばかりです。

 (大場光太郎・記)

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「大物逮捕」はなかった

 本15日は、以前の『薬物汚染の拡がりを憂う(33)』で触れました「大物政治家逮捕の“Xデー”」のはずでした。ところがこの日一日、とうとうそういう事態は起こりませんでした。

 同記事でも紹介しましたが、そもそもの出所はジャーナリストの勝谷誠彦(かつや・まさひこ-49)が、そのような意味のことを関西の某テレビ番組で述べたことにあるようです。それが一部ネットで取り上げられ、あっという間にネット上を駆け巡ってちょっとした騒ぎになったわけです。
 勝谷氏といえば、テレビ朝日の『朝まで生テレビ』にパネリストとして参加するなど、なかなかの論客として鳴らした人物です。そんな同氏が根も葉もない“デマ”の類いを、テレビという公器を使って流したとも考えられません。捜査関係者などから何らかの情報を得て、長年のジャーナリストとしての勘からかなりの確信をもってそれを述べたものと考えられます。

 まるっきりのデマ情報だったとは考えにくく、あるいは捜査当局によって、本15日を目指した「大物逮捕」の動きが実際あったのかもしれません。ところが何らかの事情によって、逮捕が何日か後にずれ込んだとも考えられます。
 しかし早や年末です。年末年始を迎え拘置期限のことを考慮すると、ぎりぎり今週末くらいがリミット。それを過ぎても動きが見られなければ、もう年内の“大物逮捕”はないとみるべきでしょう。

 しかし待てよ。永田寿康民主党元議員(故人)が引っかかった、‘06年国会での「堀江偽メール問題」という例もあるぞ。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するこの世の中、さしもの勝谷氏もある筋からとんだガセネタを掴まされて、まんまと騙されたということも考えられるぞ。
 『一体どこの誰が何の目的で?』ということはありますが、そういう可能性もないではありません。しかし私の場合勝谷氏に直接コンタクトを取って確かめることも、現場に直接行って取材して裏を取る態勢にもありません。あくまでも、二次情報、三次情報を拾ってきては、当ブログ記事として公開しているに過ぎませんから。
 いずれにしてもそういう話になりますと、この件はそこでお終いになってしまいます。そこで一応それはない(ガセネタではない)ことにしたいと思います。

 さて勝谷氏の話として、「“大物を入れる”ため、東京拘置所に刑務官が全国から集められている。こういうことが以前“田中角栄逮捕”の時にあった」という情報も流されました。かつてのオウム真理教の麻原彰晃の時も、ライブドアのホリエモンこと堀江貴文逮捕の時も、このようなものものしい態勢は取られなかったというのです。
 これから推定すれば、「大物」とはやはり田中角栄のような総理経験者クラスの大物政治家しか該当しなくなります。「東京拘置所に全国から刑務官が集められている」というのが本当かどうなのか確かめようもありませんが、いろいろな情報を当たりますと、「大物政治家」だけではなくもっと広く「大物」と捉えた方がよさそうです。

 これはあくまで推測、憶測でしかありませんが、もしこの時期「大物逮捕」という事態があるとすれば、それはやはりどう考えても「押尾事件関連」しか思い当たりません。そうすると対象者はおのずと絞られてきます。
 時が時だけに具体的な名前を挙げることははばかられますが、もし「大物政治家」ではなく「大物」だったとしても。当ブログの『薬物汚染シリーズ』をお読みの方々にとってはさほどの驚きでもないことでしょうが、しかし同事件の裏側をご存知ない方々にとっては、酒井法子の時以上の大きな衝撃が走ることでしょう。捜査当局はそれで慎重になっているのでしょうか?

 「逮捕関連」で言いますとー。
 『かなえの殺人レシピ(10)』で述べましたように、11月19日付け読売新聞で、埼玉県警は木嶋佳苗被告(35)を今月中にも「殺人罪で立件」の方針とのことでした。そういう方針であるからには、木嶋事件の方もかなり詰めの捜査が進展しているはずです。ところがその後ピタッと動きがありません。埼玉地検による「情報戒厳令」がよほど厳しいらしく、佳苗自身の近況などもさっぱり漏れてきません。
 こちらの事件も年末年始を控えて、そんなに悠長には構えていられないでしょうに。早くしないと、こちらも年明けまで立件持ち越しとなりそうです。いや年明けでも何でも立件できばOKでしょうが、まさか「結局立件できず」などということはないでしょうね?

 新聞各紙やテレビ各局がこの事件に触れる場合、依然「豊島区の35歳の女による結婚詐欺事件」などと、今もって氏名や顔写真も伏せられたままです。(なお木嶋佳苗は11月27日で満35歳になりました)。被害者男性の氏名や顔写真などが公表されていることから見て、大いにギャップや矛盾を感じます。
 加害者なのになんでかと言いますと、同事件で万一木嶋佳苗が殺人罪で立件されない場合、実名や顔写真を公表して「安藤建三さんや大出嘉之さんらを殺害した疑いをもたれています」などと報道してしまえば、木嶋側から名誉毀損で訴えられる可能性があるからなのだそうです。
 
 当ブログではそんなこと露知らず、とうの昔に名前をバンバン公表しています。まさかとは思いますが立件されず、木嶋佳苗から『当ブログを訴えられたらどうしよう』と考えますと、夜もおちおち眠られません(笑)。

 (大場光太郎・記) 

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薬物汚染の拡がりを憂う(37)

 押尾学の華麗なる女性遍歴

 麻薬取締法違反(譲渡)の容疑で、7日夕方警視庁に再逮捕された押尾学容疑者の、逮捕時のようすが少し明らかになってきました。押尾は横浜市神奈川区内の“みなとみらい”にある高級マンションで身柄を確保され、そこから麻布警察署へと連行されていきました。同マンションの最上階には、人気モデルが居住しており、押尾はそこに身を潜めていたものとみられています。

 同マンションに居住している人気モデルとは?名前は明かされていませんが、「nanami」ではないかと囁かれています。私は知りませんでしたが、nanamiは23歳、172cmという長身のスレンダー美女だそうです。かつては、TBSの人気ドラマ『三年B組金八先生』にも出演したこともあり、第1回ミス東京ガールズコレクションで見事グランプリを獲得した経歴の持ち主だそうです。
 売れっ子モデルともなると住んでいる所からして違います。同マンションは中古でも1億で売買される超高級マンションだそうで、押尾の逮捕現場となったモデル居住の31階は最上階で別エレベーターがあり、特別なセキュリティが入っているVIPフロアだそうです。

 それにしても、既に逮捕状が出ている押尾を住まわせ匿(かくま)っていたとは。押尾の“オスとしての吸引力”のなせる業なのか、ただただ驚くばかりです。ただ彼女は、田中香織さん(当時30)変死直前の7月下旬、押尾から渡されてMADAを飲んだとされるモデルなど複数の女性の1人ではないようです。
 今回改めて驚愕させられるのは、押尾学という男の「女人脈」の広さです。事件発覚時押尾は、矢田亜希子(30)を妻に持つ妻帯者でした。にも関わらず押尾はその当時も何人もの女性と交流、交際があったとみられています。私などは『矢田亜希子という美人妻がありながら何で?』と思ってしまいますが、俗に言う“不倫関係”にまで到ったのかどうかは別として、とにかく「超モテ男」ぶりです。

 振り返ってみれば押尾は、矢田との結婚前から派手な女性関係は有名だったようです。その一端を見てみればー。
 まず元「モーニング娘」たちは軒並みだったようです。特に安倍なつみは、押尾のマンションに通う姿が写真週刊誌に撮られたことがありました。安倍はモー娘の市井沙耶香や矢口真理と押尾を取り合ったといいます。またタレントの平山あやは、深夜に平山のマンションから2人が出てきた後、何があったのか押尾が土下座している姿をキャッチされています。
 魔性女優奥菜恵とは、‘01年奥菜との“ハレンチ写真”の流出で騒がれました。さらには矢田との結婚直前、グラドル長崎莉奈とイタリア料理店で食事をし、六本木ヒルズ周辺でフェラーリを乗り回しているのを週刊誌にキャッチされ顰蹙を買いました。
 その他噂ながら、伊東美咲、優香、財前直見、菅野美穂、横山めぐみ、片瀬那奈らの名前も挙がっています。

 まあ押尾学の“美女喰いまくり”ぶりには、ただただ驚嘆、賛嘆するばかりです。キレイな表現をすれば「現代版光源氏」、エゲツナイ表現をすれば17世紀スペインの伝説的放蕩児ドン・ファンも真っ青の「歩く種馬」と言ったところでしょうか。
 芸能界は一種アウトロー的な世界、一般庶民の規範が通用しない世界です。役者としては二流、三流というのが押尾評ですが、「女遊びは芸の肥やし」と見れば許容範囲なのかもしれません。もし事件がなければ、押尾もそのうち“芸能界性豪列伝”にその名を刻んでいたのかもしれません。
 
 しかしそれに、「薬物使用」という犯罪行為を絡ませてはいけません。上に名前が挙がった女性タレントの中には、押尾をはじめ森祐喜、北島康介、泉田勇介、酒井法子夫妻らが出入りしていた、西麻布の有名な“薬物クラブ”出入りの噂が絶えない者も含まれています。また今回の件で、押尾からMADAを勧められ飲んだのが佐々木希でなければ、次に怪しいのは「あの女?」と言われている者もいます。
 いずれにしても、押尾の華やかなりし栄光ももはや過去のもの。現在では東京湾岸署内の拘置施設で、他の拘置者から罵声を浴びせられることもあるそうです。

 ところで今回の押尾の再逮捕に、芸能界は戦々恐々だそうです。今回は押尾本人だけではなく、元マネージャーの遠藤亮平(28)や麻薬売人の泉田勇介(31)も同時に逮捕されていますが、彼らの口からどんな名前が飛び出すか分からないからです。そのため撮影所などでも、「次は誰が捕まるのか?」という話で持ちきりだとか。中でも、所属事務所を近々解雇される人気モデルの逮捕が近いと、もっばらだそうです。

 既報のとおり、押尾と関係のあった複数の女性が捜査当局から事情聴取を受けています。そのうち人気モデルや銀座のクラブ関係者など数人は、押尾からMDMAを譲り渡されて服用したことを認めています。その際押尾は「すぐ飲む?」とどこかの法廷で聞いたようなメールを複数回送っていたと言います。中には服用して意識を失い、「もしかして死んでいたのは私だったかも」と言っている女性もいます。
 押尾がいくら否認してももう既に、押尾が“薬物セックス常習者”だったことの裏は取れているのです。

 (大場光太郎・記)

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『坂の上の雲・第2回』を観て

 6日(日)夜8時(90分間)放送の第2回『坂の上の雲』は「青雲」でした。明治17年(1884年)秋山真之(本木雅弘)が伊予松山から上京して1年目の、故郷とは別世界のような東京での生活から始まりました。
 9月真之と正岡子規(香川照之)は揃って大学予備門に合格。2人から報告を受けた真之の兄の好古(阿部寛)は、座右の銘である福沢諭吉の「一身独立して一国独立す」を引用し、「今後とも自分を甘やかさず勉学に精進せよ」と諭します。

 それにしても「青雲(せいうん)」、久しぶりで目にする懐かしい言葉です。今ではどこぞのお線香の名前としてしか知られていないと思いますが(笑)、私が高校時代を過ごした昭和40年代初頭くらいまでは、まあ何とか社会の一部では通用する言葉だったと思います。「青雲の志し」ーそこには大きな望みを抱くと共に、安直に経済的栄華のみは求めないという、「精神性」をはっきりと「物質性」の上位に置く、どこか硬派な心意気が込められていたように思います。
 まさに当時の明治の新生日本という国も、そして「太政大臣(今の総理大臣)になって帰ってくるぞ」と言って松山を飛び出した子規も、「太政大臣は升(のぼ)さんに譲るけん」と言って後に続いた真之も。自分たちの未来や国の将来に、そんな大きな夢を抱けたわけです。当時といえども多くの難題はあったことでしょう。しかし「幻(まぼろし-ヴィジョンの意)無き国民(くにたみ)は滅びる」(旧約聖書)。国民誰もが将来にヴィジョンが描ける世の中は、幸せな世の中です。

 「一身独立」。これまた良い言葉です。60歳にもなった者が言うのも何ですが、しかし「六十の手習い」という言葉もありますから言いますが、改めて「座右の銘」の一つにしたいくらいです。孔孟の教えの「修身斉家治国平天下」が想起されます。天下を治めようとする者は、先ずもって自分自身の身を修めなければならない。これを述べた福沢には当然その言葉が念頭にあったことでしょう。
 福沢諭吉は若くして緒方洪庵に師事し、師の適塾で“洋学”の重要性に目を開かれました。しかしその素養の中には当然、儒学や論語的なものも備わっていたものと思われます。(なお『福翁自伝』は自伝文学中の白眉です。)

 ドラマからは離れますが。思えば司馬遼太郎の原作がサラリーマンを中心によく読まれたのは、高度経済成長の真っ只中のことでした。日露戦争に到る明治期と戦後の高度経済成長期は、どこか相似形でシンクロしているようなところがあります。方や明治維新の開国によって方や敗戦下の米国統治によって、国の形の根本からの問い直しに迫られます。そして一方は富国強兵というスローガンの下、西欧列強に「追いつき追い越せ」。他方は経済成長をスローガンに欧米先進諸国に「追いつき追い越せ」。原作が大ベストセラーになったのは、そういう時代的共通性が大きかったのではないだろうかと考えられます。
 その意味で司馬遼太郎の原作は、良くも悪しくも当時の高度経済成長政策を追認し、免罪符を与えた側面があります。

 昭和50年代前半の頃、当時の会社の上司でなかなかの読書家がいました。司馬遼物もけっこう読破していたよし。ある時私は聞きました。「“竜馬がゆく”と“坂の上の雲”、読むとしたらどっちがいいですかねぇ」「そりゃぁ“坂の上の雲”だよ」。その先輩は即答しました。
 それが心の片隅に残っていたのかどうか。私は40代前後「バブル崩壊」の頃、つまり司馬遼ブームはとうに過ぎた頃『坂の上の雲』を読んだのです。文春文庫で7、8冊、一冊がまた分厚くてなかなか読み応えがありました。しかし一旦読み出すと、これが手に汗握る面白さで、苦もなく短期間で読み終えました。重要な箇所には赤線を引きながら。
 しかしその後はついぞ読み返すことなく、何年か後に全部処分してしまいました。ドラマ化された今となっては残念至極ながら、その時の私は「もう用済み」と判断したもののようです。

 話を戻して。この回は「明治の青春」が実によく描かれていたと思います。その格好のサンプルが、我が国で初めてと言っていいくらい早期に「野球」に熱中した正岡子規であり、大学予備門から子規の親友となった塩原金之助(後の夏目漱石)であり、秋山真之であったわけです。後のエゲレス(英国)留学でノイローゼになって帰国する漱石も、この頃は青春を謳歌していたようです。
 バンカラで自由闊達な彼らは、寄席や江ノ島への無銭旅行も敢行します。予備門から東京帝国大学へと進んだ子規と真之は、一時期下宿を共にし切磋琢磨して勉学に励みます。

 しかしそんな中で互いの進路はおのずと決まって行き、それぞれが「一身独立の道」を歩み始めることになります。子規はやがて、太政大臣コースから大きく逸れた「俳句に新風を吹き込むこと」に己(おのれ)の活路を見出します。真之は学者になっても二流にしかなれない自分の限界を悟り、すぱっと東京帝大を中途退学し海軍士官学校へ。そして東京を離れ広島の海軍港江田島へと赴任して行きます。
 秋山好古は、旧松山藩主がフランス留学するに当たって共に行ってくれるよう頼まれ、引き受けます。当時軍事はプロイセン(ドイツ)式が主流でしたから、プロイセンに敗れたフランスに行くことは出世コースから外れることを意味していました。しかし「万事塞翁が馬」というもの、何が幸いするか分かりません。何とフランス騎馬隊はプロイセン騎馬隊を凌いで、世界トップレベルだったのです。それを吸収した好古が組織した日本騎馬隊が後に、当時世界一と言われたロシア騎馬隊を死闘の末撃破することになるのです。

 (大場光太郎・記)

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薬物汚染の拡がりを憂う(32)

 野口美佳は木嶋佳苗以上の大毒婦 !?

 まさか今回の押尾学(31)の再逮捕に連動したものでもないでしょうが、六本木ヒルズレジデンスの問題の一室の借主・野口美佳(44)に「完全復活」の動きが見られるようです。

 押尾事件からちょうど4ヵ月たった今月2日、事件以来休止していた自身のブログ「MIKA NOGUCHI BLOG」を再開させたのです。それは『ブログ再開のごあいさつ』と題された一文です。
 野口は冒頭「あまりに衝撃的な出来事によって、この四ヶ月、わたしは怒りと悲しみで言葉を失っていました。とても文章を綴る心境にはなれませんでした。」と述べ、事件後沈黙していたことの弁明をしています。
 「悲しみ」はまあ分かるとしても、何で「悲しみ」の前に「怒り」なのか?一体誰に対する、何の「怒り」なのか?それは後に続く文の中で分かっていく仕掛けです。

 野口美佳は下着販売会社「ピーチ・ジョン」の女社長(そのため「2ちゃんねる」での彼女の通り名は“下着婆”)、また“ミニスカ社長”として若い女性のファンションリーダーでもあります。それより何より、野口は一部上場企業ワコールの個人筆頭株主という重大な社会的立場があります。確かに「あまりに衝撃的な出来事」だったとしても、とにかく自身が提供していた六本木ヒルズの一室で田中香織さん(当時30)が変死したのです。他人事で済まされるわけがありません。
 社会的、道義的責任として、事件発生直後しかるべき場できちんと会見なりを開いて「説明責任」を果たす必要があったのです。それを今までこそこそ逃げ回っていたということは、裏に何か「やましいこと」があったからなのではないでしょうか?

 「自分自身はようやく元気を取り戻してきました」。『それは、ようござんしたねぇ』ということですが、「元気を取り戻した」のは、事件の捜査が野口の身辺には及ばないことを確信したからなのでしょうね、きっと。それでブログも再開となったのでしょう。もしそうだとしたら、そのような確信はどこから出てきたものなのでしょう?まさか捜査当局の取調べ状況が野口さんには筒抜けなんてことはないですよね?

 「心からの応援と共に貸したつもりの場所が、愚かな事件の場とされてしまったことのショックもとても大きく、簡単にコメントできません。」
 この下りは皮肉を込めて読めば、野口美佳自身が身ごもっている身では、「押尾先生」への性のご奉仕も出来ない、その代わり「心からの応援と共に」問題の“やり部屋”を押尾に提供していたということなのでしょうか?押尾のみならず他のタレント、森祐喜や武部毅といった政界ジュニア、北島康介など有名アスリート、IT社長、高級官僚、警察・検察上層部などに“やり部屋”を「心からの応援と共に」貸していたということなのでしょう。

 野口は各部屋は、今時の“セレブ”な男女たちがコーヒーや紅茶をすすりながら、エレガントな会話を楽しむ社交の場として提供していた、とでも言いたいのでしょうか?ふざけんなよ、野口美佳 ! 自身にも「薬物疑惑」 の目が向けられているアンタは、各部屋がクスリとセックス漬けの“やり部屋”であることなど百も承知だったんだろ。蛆虫のような連中に、アンタは“オンナ”をもせっせと斡旋していたんじゃないのか?

 「また、ネット上に出現したわたしに関する良くない噂は、どれもが嘘です。念のためどれも否定いたします。」
 「♪ これもウソ、あれもウソ、みんなウソ…」と、いつか聴いた流行歌のようだと言うわけね。あなたが何のやましいこともなければ、なおのこともっと早くに公式の場に出てきて、身の清廉潔白を自らが証明すべきだったんだ。それをしないで上場企業ワコールの筆頭株主ともあろうお方が、コソコソ隠れたり東南アジアへ逃避行したりするから余計あらぬ噂を書きたてられるんですよ。

 とにかくこの『ごさいさつ文』は、「私は何も悪くはございません。事件は私の預かり知らぬところで起きたものであって、言ってみれば私こそいい迷惑、被害者なんです」と声高に主張しているようなものです。自己弁解に終始しています。
 だから、本当の被害者である田中香織さんへの「お悔やみの言葉」は一言も出てこないのです。これは未だ田中さんへの謝罪の言葉を口にしようとしない押尾学と、軌を一にしています。そういえばこれもどうせ「嘘の噂」でしょうから流しますが、野口が身ごもっている第5子は父親不明で「ひょっとして押尾の子では?」と噂されていますが…。ともかく新年早々ご誕生だそうですが、冷血動物のような母親に似ないことをお祈り申し上げます。

 今巷では、「結婚詐欺殺人」の木嶋佳苗(35)が「平成の毒婦」と呼ばれています。野口美佳は人こそ殺していません。しかし合法的詐欺まがいならいくらでも重ねてのし上がってきたのではあるまいか?その社会的影響の大きさ、流し続けた害毒では木嶋佳苗以上の「大毒婦」なのではないでしょうか?何やら人類の終末に出現するという「バビロンの大淫婦」を連想してしまいます。

 野口美佳は活動再開の一環として、一部マスコミに対して法的手段(「名誉毀損の民事訴訟」?)も辞さない構えのようです。結構じゃないですか。野口美佳vs一部マスコミ。どちらの主張が正しいのか、法廷でやり合えばいいのです。そうすればそれをまたマスコミが一斉に取り上げて、野口への国民の関心はますます高まることでしょう。それを考えると、かえって「やぶヘビ」だと思うんですがねぇ。

 以上ざっと見てきましたように、同ブログは押尾事件で出回っている野口美佳に関するネット上の情報が嘘だと記載しているため、同ブログは炎上。これ以前の記事はすべて削除されたようです。その後、この『ごあいさつ』に続く記事の更新もありません。
 思えば『本シリーズ』で野口美佳についてはたびたび取り上げてきました。それが「すべて嘘」と言われているにも等しく、たまらず私も少し過激な反論をしたまでです。

 (大場光太郎・記)

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薬物汚染の拡がりを憂う(31)

 押尾学、再逮捕へ(2)

 押尾学の麻薬取締法違反(譲渡)による再逮捕の動きに、4日午後10時過ぎ、東京六本木の麻布警察署前には続々と報道陣が集まり始めました。同時に師走の金曜日の夜とあって、宴会後のサラリーマンや通りがかりのやじ馬でごった返したようです。署員は拡声器で立ち止まらないよう呼びかけました。また見物人には「警察署前に見学場所を設けましたので、そちらへお願いします」と、異例の案内まで行いました。
 前回逮捕された8月3日と同じような光景が繰り広げられたようです。

 ところで警視庁捜査1課は押尾学の逮捕状を取り付けたものの、丸1日以上経った現在も押尾は逮捕されていません。これは、押尾の他に関係者3名も同時に逮捕するとのことですが、そのうちの1人の行方が分からず、それが分かり次第4人まとめて逮捕ということのようです。
 しかしこれは警察による表向きの発表で、何と押尾自身の行方が分からずに逮捕できないのでは?と言われているのです。確かに“ホンボシ”は押尾学なのですから、押尾の身柄を真っ先に確保するのが最優先のはずです。それに押尾は執行猶予とはいえ、有罪が確定している身です。行動は著しく制限されていてしかるべきです。なのに「行方不明」 ?警察内部の誰かが、逮捕情報を事前に流したのでは?とも囁かれています。いやはや、何とも滅茶苦茶な話です。
 
 ともかく。関係者によると最近の押尾は、ある芸能事務所の女性社長を頼りながら、首都圏を自分の運転する車で転々とする日々だとか。都内の同社長宅や友人宅、八王子市内でもたびたび目撃されたことがあったそうです。多摩市内の実父のマンションには、判決後は数回訪れただけだそうです。

 押尾学は判決後、警視庁の任意の事情聴取に一度しか応じていないといいます。その後の事情聴取を拒む姿勢を見せたため、捜査の進展には逮捕が必要と判断したもののようです。押尾はどうも「先の判決で一件落着。その先の逮捕や立件はない」と思い込んでいたフシがあります。なのに「逮捕状」。さぞ泡食っていることでしょう。
 ある情報筋によりますと、今回の再逮捕への動きを促したのは東京地検だといわれています。捜査、立件に今ひとつ消極的な警視庁に対してハッパをかけたと見られています。どういうわけか「地検は本気」で、警視庁捜査1課もそれにあおられた形だというのです。

 また押尾学だけではなく、押尾からの通報で現場となったヒルズレジデンス2307号室に駆けつけた、元エイベックス社員で押尾の元マネージャー2人と、押尾の知人に対しても逮捕状を取っているものと見られます。田中香織さんの異変後、直ちに119番通報せず放置し、さらには田中さんの携帯を遺棄するなど証拠隠滅を図った疑いによるものです。
 既報のとおり、警視庁、検察庁の元お偉方が天下っているエイベックスもまた、たかをくくっていたフシがあります。同社もまた大慌てでしょう。これはやはり「政権交代」によって、従前の常識が少しずつ変わり始めていることの現われとみるべきなのでしょうか?

 いずれにしても前回の逮捕は、警視庁組対(組織犯罪対策)5課でした。それが途中から、「殺人専門」の捜査1課が引き継いだのです。同課は判決後も、田中香織さん(当時30)の死亡に到る経緯と押尾の行動に因果関係があったかどうか、保護責任者遺棄致死の疑いを視野に捜査を進めてきました。
 同課では、押尾学が田中さんの容態急変後救急車を呼ぶなど、適切な延命措置を怠ったことが田中さんの死につながったと判断。また異変発生後田中さんは1時間近く生存していたにも関わらず、押尾は途中で田中さんを放置して逃げ出したことも重視しています。ズバリ捜査1課の狙いは、押尾学の「保護責任者遺棄致死罪」での立件なのです。

 また一方では、仮に早い段階で救急治療を受けていても、高い確率で救命できたかどうかの立証は困難との見方もありました。
 しかしある専門家の見方では、押尾から田中さんへ「MADAが譲り渡された」となると、一段と保護責任者遺棄を問える可能性が高まったとしています。というのも、MADAの流れが従来から押尾が主張してきたように「田中さん→押尾」ではなく、「押尾→田中さん」であった場合、当然女性の死因(薬物中毒死)となったMADA摂取の原因は押尾学にあるということになります。ただそれを裏付けるためには、押尾にMADAを渡した第三者がいることが重要ですが、今回逮捕状を取ったからには、捜査当局は既に何らかの有力な証拠なり情報なりを入手しているのかもしれません。
 こうして「麻薬譲渡罪」が確定すれば、次の段階として「保護責任者遺棄致死罪」の立件に持ち込めるはずです。

 いずれにしても押尾事件は、同時期の酒井法子、高相祐一の薬物事件とは根本的に違います。酒井、高相の場合は夫婦間の覚せい剤使用、所持だけの問題ですから、既判決でほぼ決したと見てよいと思います。
 しかし押尾事件の方は、ともかく人が変死した重大事実があります。それが現在のところ何も裁かれていません。その上その全容を知られると困る各方面から、事件もみ消しのためのさまざまな圧力がかけられた疑惑が濃厚です。押尾の麻薬使用、譲渡罪だけで「ハイ、おしまい」では困るのです。というより、それでは法治国家とは名ばかりの「暗黒国家」となって、この国の将来はお先真っ暗です。「この事件の真相解明にこの国の命運がかかっている」くらいの自覚をもって、捜査に当たっていただきたいものです。  (以下次回につづく)

 (注記) 本記事は12月5日付け『日刊スポーツ』などを参考にまとめました。

 (大場光太郎・記)

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薬物汚染の拡がりを憂う(30)

 押尾学、再逮捕へ !

 一連の薬物事件の核心である「押尾事件」、先月の判決公判後ぴたっと情報が途絶え、肝心の「保護責任者遺棄致死罪」での立件はもうないのか、と半ば絶望的な気分になっていました。そんな折り、4日警視庁は押尾学(31)を田中香織さんにMDMAを渡した「麻薬取締法違反(譲渡)」容疑で逮捕状を取りました。

 押尾学は今年8月2日、港区六本木6丁目六本木ヒルズレジデンスB棟2307号室で、MDMAの錠剤を若干量飲んだとして起訴され、11月2日「懲役1年6ヵ月、執行猶予5年」の有罪判決を受けて確定していました。
 警視庁捜査1課の今回の逮捕状は、それに加えて押尾学は同室で変死した田中さんにMADAを渡したというものです。押尾学は同日午後2時半頃から、田中さんと「2人で」室内にいましたが、司法解剖の結果田中さんの血液から相当量のMADA成分が検出され、捜査1課は田中さんの死因を「薬物中毒死」と見ています。

 押尾はこれまでの同庁の調べや公判で、「MADAは田中さんからもらった」として譲りませんでした。事件発生直前押尾が田中さんに送った「来たらすぐいる?」というメールをめぐる、公判における検事との際どいやり取りは『本シリーズ(28)』で既に述べたところです。しかし判決の際、裁判官からは「MADA使用がどのような経緯で行われたのかについての被告の説明は不自然で信用しがたい」と指摘されていました。
 警視庁ではその後の捜査の結果、押尾学は以前から数人の女性に「MADAを渡していた」事実を突き止め、今回の再逮捕となったもようです。

 同時に警視庁は、押尾からの連絡を受け現場に駆けつけた、元エイベックス社員で押尾のマネージャーについても、田中さんの携帯を同マンション玄関前の植込みに遺棄した容疑で逮捕状を取るなど、田中さん変死の前後現場に駆けつけた関係者数人についても取り調べを行うものとみられます。
 よく考えてみれば「警視庁捜査1課」は、専門は「殺人の捜査」です。薬物事犯だけなら、何も麻布警察署に代わってその捜査1課がわざわざ出張ることもないわけです。これは当然その先の、田中香織さんへの「保護責任者遺棄致死罪」での立件を視野に入れているのでなければおかしいのです。それについては、「年内にも立件か」ともみられています。

 今回の件を受けて岐阜の実家の父親が、「とにかく娘の死の真相を明らかにしてほしい」と再度訴えていました。遺族感情としてはすべてこれに尽きるでしょうし、同事件に関心を持つ多くの国民の気持ちも同じです。
 捜査1課は「逃げ得は許さない」と、威勢のいいことを言っているようです。もちろん押尾学の罪状は、とことん暴かれてしかるべきです。しかし先に述べましたように、捜査当局は2307号室には、「田中さんと押尾学の2人がいた」としていることが引っかかります。逆に事件発生当初、同密室には「2人しかいなかった」と断定しているようにも思われるのです。あくまでも「押尾単独の犯行」に限定して捜査し、それ以上は深入りしない方針のようなのです。

 しかし当ブログでも何度も述べてきましたとおり、事件当初押尾以外にかなりの確率で、森元総理の長男の森祐喜や金メダリストの北島康介がいたのではないか?と疑惑の目を向けられているのです。それに田中さんの遺体からは、押尾を含めた「複数の男性の体液」が検出されたというではないですか。
 「逃げ得は許さない」というのなら、なぜ森や北島へ捜査の目を向けないのでしょう?またヒルズ内に複数の“やり部屋”を提供していた、野口美佳の責任はどうなるのでしょう?
 彼らの「逃げ得を許す」ということは、やはり背後に大きな圧力を感ぜずにはおられないのです。 (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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かなえの殺人レシピ(15)

 父親が突然の謎の死

 木嶋佳苗がオークション詐欺で逮捕されたのは‘03年3月、佳苗が28歳の時のことでした。その2年後今度は身内に不幸な事態が起こります。佳苗の父親が交通事故を起こして突然亡くなったのです。佳苗のみならず、一家全体の運命が大きく暗転していくきっかけのような出来事でした。

 父親が亡くなったのは‘05年8月。享年60歳。それはいささかミステリアスな死でした。
 地元住民の話によると、父親はある日突然行方不明になったというのです。そして数日後、標津(しべつ)町から羅臼(らうす)町に向かう国道335号から、崖下に転落している車の中で、遺体となって発見されたのです。現場は国後(くなしり)島が望める見通しのいい直線で、父親の乗っていた乗用車はガードレールを突き破り大破していたといいます。
 父親の知人は「出張で羅臼に行ってから連絡が取れなくなったと思ったら、“海岸沿いの道路わきから転落している主人の車が発見された”と奥さんが言っていた」と当時を振り返ります。遺書などはなく、現場の状況から警察は事故死として処理しました。

 しかし地元では違った見方をしていました。生前親交のあった人物は「慎重でまじめな性格だった。事故を起こすような無謀な運転をするとは思えない。ただ、亡くなる前いくつかの理由が重なって軽い“うつ状態”だった。自殺か事故かはっきりしていないが、それが関係しているのは間違いない」とはっきり「自殺」という言葉を出しています。
 自殺との見方が取りざたされたのには、ワケがありました。佳苗の父親は別海町でただ1人の行政書士でしたが、その父(佳苗の父方の祖父)は既に見てきたとおり、現在でも司法書士事務所を経営しかつて別海町議会議長を3期も務めたほどの名士です。先代から地元で名の通った人物だったにも関わらず、「葬儀の後で新聞に載ったのです。これは異例のことで、こちらでは死後すぐに“葬儀はいつ、どこで営まれる”との広告が出るのが通例ですからね。父親の葬式は生地である中標津の寺で営まれましたが、会葬者は70人ほど。あまり多くの人を集めたくない理由でもあったんじゃないかと勘ぐられ、そのため自殺説が広まったんです」(関係者)

 父親の死に、佳苗の詐欺事件が影響していたのでしょうか?「それもあったかもしれない」とある地元の人は言い、次のように続けます。「父親はしつけに厳しく、佳苗をよく大声で怒鳴りつけていたほどの人でした。いかに執行猶予で済んだとはいえ、佳苗が犯罪に手を染めたなどとなったら死を選んでも不思議ではない」。
 しかし中には別の見方をする人もいます。「子供たちが親元を離れて全員関東地方に出て以降、夫婦仲は疎遠になっていた。奥さんはご主人が亡くなる3年ほど前に家を出て、コンビニでバイトを始めています。ご主人は年老いた実父の事務所を手伝いながら司法書士の勉強をしていましたが、“なかなか資格を取れないので、親を楽にさせてやれない”と独りで悩んでいました。私はやはり、あれが事故死だったとは思えない」。

 父親の同業者の立場から言わせていただければ。父親には「司法書士事務所を引継がなければならない」という至上命題があったわけで、対世間的なことからも司法書士資格が取れなかったことの方がより深刻な悩みだったはずです。もし仮に“自殺”だったとしたら、佳苗の詐欺事件への悩みがあったにしても、私はそちらの理由だった可能性が高いように思われます。
 ただ大出嘉之さん中毒死以後、佳苗の徹底的「行動確認」を開始した埼玉県警では、捜査員がはるばる現場となった北海道羅臼町にまで足を運ばせています。「父親の死も木嶋周辺の不審死の一つなのか、その可能性を念のため調べたが、関連性は確認できなかった」とは捜査関係者の話です。

 ところで父親の死後、木嶋家の墓を東京に移しています。親戚筋の人は「子供たち4人全員東京に来ていたし、奥さんとは別居中だったこともあり、お墓を北海道から東京に移した」のだと言うのです。
 同家の墓は、台東区浅草の名刹・東本願寺境内にあります。父親の遺骨はこの墓に埋葬されたのです。墓所は0.3㎡、永代使用料は245万円。その他墓石代や納骨棺などを含めればざっと400万円は下らないと見られています。
 この墓の建立者の名義は佳苗の弟(長男)になっていますが、実際の購入者は佳苗だというのです。

 佳苗の友人は、「彼岸や命日にしょっちゅうお参りに行っているようでした」と話しています。また自宅の仏壇の父の位牌にも毎日手を合わせていたといいます。ある地元関係者は、「長女(佳苗)は性格や外見はかっぷくの良い父親に似ていた。お父さんの頭の良いところを継いだとは思うが、妹たちの方が母親似で体も細く外見的には可愛らしかった」と話しています。生前の父親は「パイプをくわえたダンディな風貌だった」と語る住民もいます。
 ただ一人父親似の佳苗は、取分け「父親っ子」もっと言えば「エレクトラコンプレックス(ファザーコンプレックス)」のようなものを心の奥深くに持っていたのかもしれません。中学時代からずっと年上の男性が好みで、援交相手ももっぱら中年男だったことを考えると、それは「秘められた父親愛」の代償行為だったと考えられなくもありません。

 ともかく。問題は佳苗がそんな大金をどうやって工面したのか?ということです。これはもう言わずと知れたこと。「詐欺」によって得た金の一部を充てたとしか考えようがないわけです。多分時期から見て、千葉県松戸市の福山定男さんに騙(かた)りまくって詐取した大金の一部だったものと思われます。
 そんな汚れた金で購入した立派な墓に埋葬してもらっても…。果たして父親はどんな心地でその下に眠っているのでしょうか?  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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かなえの殺人レシピ(14)

 佳苗は28歳の時「オークション詐欺」で逮捕されていた

 上京して主に都内目黒区で転居を繰り返した後、木嶋佳苗が次に借りたのが板橋区徳丸のマンションでした。マンションは55㎡の2LDK。
 同マンションの不動産関係者は語ります。「‘02年に入居した時は“ピアノ講師”だと話していた。大学生の妹さん(首都圏の音大に通っていた三女)と2人で一緒に暮らすということで、シーズー犬も一匹連れていました」。
 当時佳苗は27歳。しかし服装は地味で若々しさはなく、パッと見は40代の中年女性に見えたそうです。当時の佳苗をよく見かけたというマンション住人は、「どことなく陰気な感じがした」と話しています。

 不動産関係者は続けます。「(入居後)半年くらい経ってから、月13万5千円の家賃を滞納気味になった。最大で4ヵ月溜まったこともある。催促するとお詫びの手紙がポストに入っていたことが何度かあり、文章はしっかりしているものの、会うと目を合わせず逃げるような人だった。一度は保証人の父親に電話をして振り込んでもらった」。
 高校の卒業文集に「嫌いな人 不潔、貧乏、バカ」と書いた佳苗でしたが、定職にも就かない東京での“漂流生活”から、佳苗自身が「貧乏」に追い込まれていくことになります。「貧すれば貪す」とは言うけれど、佳苗の場合は「貧すれば“詐欺”す」になってしまいます。

 そんな中佳苗はネットオークションで詐欺をはたらき、その事実が発覚して逮捕されたのです。その「オークション詐欺」の次第は以下のとおりです。
 佳苗は早くからネットを活用していたとみられます。‘01年1月ネットのオークションサイトで「パソコン売ります」と告知をして、八丈島に住む男性に偽名の口座に10万円を振り込ませ、結局パソコンは送らなかったというものです。佳苗は似たような手口で、短期間に都合120万円を荒稼ぎしていたのです。

 その事実が発覚して、‘03年3月佳苗は警視庁に逮捕され、「懲役2年6ヵ月、執行猶予5年」の有罪判決を受けています。当時佳苗は28歳でした。
 上記関係者は続けます。「明るくて対照的な妹さんから、“姉が出てくるまで住まわせてください”と言われ、契約解除はしませんでした。彼女が執行猶予をもらって出てくると、手紙をよこしたんです。“疑いが晴れました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした”などと丁寧な字で書かれてありました」。「しかしその後も家賃の滞納が続いたため、“退去してほしい”とお願いすると、‘06年10月に転居しました。“実家に帰ります”と言うことでした」。

 以下はマンション住人の話です。「ピアノ講師として入居してきたようです。講師らしく落ち着いた感じでした。入居当初は普通の体形でしたよ」。それが時の経過とともに、佳苗はどんどん太っていくことになります。その変わりようは分かりやすかったようです。ネットオークションの履歴を見ますと、‘01年にはMの服、‘02にはLの服、‘03年にはLLの服。詐欺を常習とするようになってから“実入り”がよくなり、家賃の支払いには当てずにもっぱらグルメ三昧に走っていったということでしょうか?
 住民はまた、「ネット詐欺で逮捕された時は太っていました。ネットでパソコンや服を売買していたようで、ゴミ捨て場にダンボールを捨てていた。置いちゃいけない日なのにダンボールをドッサリ捨てるものだから、近所でトラブルになった。話し合いにも応じなかった」と、徐々に反社会的傾向を強めていった佳苗の当時のようすを語っています。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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