春風の詩(うた)

  ものの芽がほぐれるように
  心地良い春風に吹かれて
  僕の固まっていた詩想が
  少しずつほぐれてきた

  さあ 春風の微細な衣(ころも)を
  輝きのないこの世の衣の上に
  しなやかにまとって
  陽光の中を 
  どこまでも歩いて行こう

  見なれた景色が
  真新しい景色に変わり
  詩が躍り出す処(ところ)まで

         (大場光太郎)

| | コメント (4)

オリオン賛歌

  真冬の張りつめた厳しい夜空に
  高く輝かな オリオン星座よ
  永久(とこしえ)に我と共に在れ

  逞しき腕(かいな)に斧持ちて
  全天を駆け巡る汝(なれ)が勇姿に
  猛り狂う野牛も怖れをなして
   疾々(とくとく)退きぬ
  オリオン星座よ
  汝こそは 全星座中の王者なり

  嗚呼、我が願いこそ
  汝が腕に抱かれて
   高らかに凱歌を奏して
  全天を経めぐりしことなりき

  勇士オリオンよ
  永久に我と共に在りて
  汝が湧き出る 凛々たる勇気を
  涯(はて)しなき高き星の国より
  常に 我が身体にふり注げ

      (昭和42年1月―大場光太郎)

 …… * …… * …… * …… * ……
(追記)
 私が高校2年の冬に作った詩です。
またまた気恥ずかしい、下手くそな詩ですが、
今連載中の『星の界への憧れ』との関連で
公開することに致しました。  

| | コメント (0)

群衆の一人として…

  この日一日せわしなく動き回って
  世間一般の終業時間に押し出されるように
  都会の片隅のビルの中から
  『ともかく一仕事終わった』と
  一安堵の吐息を漏らして外に出る
  だがそれもつかの間
  この時代は絶えず何ものかに急かされて
  気が休まる時がない。
 
  晩秋の日は早やとっぷりと暮れている
  歩く街路のビルの谷間の先の西空に
  一番星が明るく輝いている
  途方もなく隔たった
  六十五億人のたった一人である私と
  (多分あれは金星に違いない)遠くの星が
  一瞬ぴたっと一つに結ばれるようだ。

  元々の自然を一旦すべてチャラにして
  地面を舗装やビルで覆い尽くして
  少しは自然のことも景観も考えていますよと
  一般市民やおっかない自然界へのポーズで
  街路に飛び飛びに樹が植えられている。
  その街路樹が今葉を落とす季節だ
  時に舗道に散り散りの落葉を踏んで歩く
  (こんな一枚の葉にさえ結晶化している
  全宇宙の造化力を感じたことがあるだろうか?)
  落葉はその度故郷の野山でいっぱい
  踏みしめたのと同じくカサコソ音を立てる。
  
  鋪道を人も私も黙々と歩いていく
  本当に道行く人たちは寡黙だ
  それもそのはず赤の他人が奇妙な巡り合わせで
  たまたま同日同時刻この通りに居合わせ
  同じ方向目指して歩いているだけなのだから
  ただそれだけのことだから特別話す必要もないし
  互いに何か話しかける方がおかしいというものだ。

  こうしてただ黙々と歩いている人々を
  一くくりに群衆というのだろう
  そしてかくいう私も群衆の一員というわけか
  群衆はとにかく滅多なことでは声を発しない
  しかしこんな不条理な時代なのだから
  心の中はたくさんの愚痴や怒りや恨み言が
  逆巻いているんだろうなきっと
  想念だって実は生き物であるからには
  それらの想いは四方八方に放射されて
  大気中にどのような作用を及ぼしつつあるのだろうか。
  
  この世はタテ×ヨコ×高サの三次元立体世界なのに
  群衆ときたらこの世界を自在に天翔けることはできず
  アリのように気ぜわしく地の上を移動するだけ
  上からアリを眺める人間のように
  人間を眺めている存在がいるとしたら
  人間は地上に這いつくばって生きている
  アリのように見えているに違いない。

  我ら群衆は駅というとりあえずの座標原点を
  目指して一目散に歩き続ける
  原点から先はめんめめんめに電車に揺られて
  第一象限から第四象限まで東西南北ちらばらな
  それぞれの事情がいっぱい染みついた
  我が家という地点に散っていくのだろう
  駅という座標原点が0(ゼロ)としての
  本来の静寂を取り戻すのは
  オリオンやシリウスが天頂をだいぶ過ぎて
  西に傾く頃合だろう。

                   (大場光太郎)    

| | コメント (0)

フォーマルハウト(北落師門)

  今宵 南の空の中ほどに
  ただひとり
  しかも気高く
  フォーマルハウトは輝けリ

  そが玲瓏(れいろう)なる面(おも)は
  秋の日の 侘(わび)しさを
  そのままに

  汝(な)れは
  遠く聖なるものながら
  孤高の冷たさを 感じさせない
  人間界のささやかな生業(なりわい)をも
  ただ見つめている
  微笑(ほほえ)む如くに

  げにも 貧しきこの我でさえ
  汝れへの心からの凝視に耐ええる

     (昭和42年11月作―大場光太郎)

 …… * …… * …… * …… * …… * ……
 
《注記》
 フォーマルハウト(Fomalhaut)は、みなみのうお座にある、視等級1.16等の恒星です。太陽を除けば、地球から見て17番目に明るい星です。地球からは25.1光年離れており、比較的近距離の恒星といえます。
 
 フォーマルハウトという名前は、アラビア語のフム・アル・フート(Fam al-Hut)に由来し、これは「魚の口」という意味です。その名のとおりフォーマルハウトは、みなみのうお座の口にあたる場所に位置しております。紀元前2500年頃から、ペルシャではフォーマルハウトは、アンタレス、アルデバラン、レグルスと並んで、ロイヤル・スター(王家の星)の一つとされてきました。
 中国では「北落師門(ほくらくしもん)」と呼ばれています。「北落」は「北の垣根」、「師門」は「軍隊の門」という意味です。これは、中国の星座では、夏と秋の星座が「北方」とされたことによります。長安の城の北門は、これにちなんで「北落門」と呼ばれました。

 秋の宵に北半球で夜空を眺めると、南の空高くに夏の名残りとして、夏の大三角形を構成するベガ、デネブ、アルタイルの3つの一等星があるものの、南の空低くには明るい星が少なく、フォーマルハウトだけがポツンと光っているように見えます。
 ここから日本ではフォーマルハウトは、「秋の一つ星」や「南の一つ星」と呼ばれました。(フリー百科事典『ウィキペディア』-「フォーマルハウト」の項より)

 私がこの星を知ったのは、この詩を作る直前の高校2年の秋頃です。その頃星と宇宙の神秘に興味を抱き、天文図鑑や宇宙論などの本を少し読みかじりました。そしてたまたまこの星の記述を見つけ、フォーマルハウトという呼び名の美しさ、また中国名の北落師門という名の響きにも魅了され、我が乏しい詩想が刺激され作った詩です。 

| | コメント (0)

暮色スケッチ

 遠くの杜(もり)で鐘が鳴っている。日暮れを告げる鐘の音(ね)は、韻々(いんいん)として物悲しい。西の山々の一峯に、大輪の日は静かに静かに落ちていった。それでもなお、辺りの空一面に、いっそうのあかね色をとどめている。薄暗く青い山々と、燃えんばかりの空との侘しい釣り合いの切れる大空の一角に、黒い影をともなった青白い三日月が、不気味に下界を見下ろしている。
 ―下界は今風ひとしきり強く、木々や足もとの草むらがさながら生きているものの様に、戦(そよ)いでいる。

   …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……  

(追記) これは昭和38年10月、私が中学2年の時に作った、作文とも散文詩ともつかぬものです。それを、昭和41年8月高校2年の時直したとあります。いずれにしても、人様にお読みいただけるような代物ではありませんが、私が残している最初の文章です。懐かしさと、当時の記念のため、今回公開させていただきました。 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)

  白い雲がぽっかり浮かんでいる。
  この世界の何かを象(かたど)った形で
  ぽっかり浮かんでいる。

  世界の一部である僕は
  浮かんでは静かに流れていく雲を
  仰ぎ見ている。

  僕のせわしない心は
  ディープブルーの空の光の乱反射のように
  僕と雲との間を行き来する。

  雲はただ雲であるだけなのに
  僕はそんな高いところの儚いものにも
  つい何かの意味づけをしてしまう。

  だから雲は僕の憧れを映して
  麗しいお姫様の形になって
  僕ににっこり微笑んでみたり。

  時には僕の怯えを映して
  奇っ怪な化け物に姿を変えて
  今にも僕を襲うばかりだったり。

  ああ 雲がぽっかり浮かんでいる。
  世界の一部である僕は雲を
  独自の意味づけをしながら仰ぎ見ている。

             (大場光太郎)  

| | コメント (0)

秋風の詩(うた)

  冷ややかな大気が
  なべてのものを秋の色に
  変えていこうとする。
  風はだめ押しのように
  さらに深い秋のスタンプを
  到るところに押して過ぎてゆく。

  風は 落ちなんとして
  なおためらいがちな朽葉に
  最後の一押しを加えて
  母なる枝から引き離す。
  ああ 朽葉は
  空中をひらりひらりと舞い落ちる。
  落葉の落下点を
  風は誰にも予測させない。

  風はまた 孤独のうちに
  秋思して歩く者に吹きつける。
  時に体をもするりと通り抜け
  心の核心にある想いを
  そっと取り出して運び去るだろう。

  遠くの そう幾つもの
  野や町や山や川を越えて
  風はそれを 見も知らぬ誰かの心に
  秋のメールとしてそっと届けるだろう。

          (大場光太郎) 

| | コメント (0)

のぎく小曲

   (「野菊の墓」の民子に捧げる詩)

  そぞろさみしく吹く風に
  そよぐ野山の秋の草
  知る人ぞなきこの野辺に
  うすむらさきの色染めて
  なぜにやさしく匂うのか

    (昭和39年作を改作―大場光太郎)

| | コメント (2)

絶顛(ぜってん)

  絶顛―切り立った途方もなく高い峰
  それは心の中で
  大きく立ちはだかって
  私の行く手を阻む。

  いつかは越えなければならない絶顛
  いまだ越えられない絶顛。

  いつかそのうち いつか必ず…
  いつか…いつか…いつか…
  いつかとは一体いつか?
  時間に縛られているこの世界でのいつかだろうか?
  それともこの世界では遂に越えられずに
  時間を超えた向うの世界に
  その登攀(とうはん)を持ち越すのだろうか?

  そもそもこんな迷惑千万な絶顛を描き出す
  心とは一体何なのだろう。
  知ってるようで実は知らない我が心。

  心は良いものでも悪いものでも
  何でも好き勝手に描き出しつくり出す名人だ。
  すると絶顛も実は心がつくり出した
  幻影だったのだろうか?

  そうだ。我が心がつくり出した夢幻(ゆめまぼろし)だったのだ。
  ならば 喝! 喝! 喝! 消えろ! 消えろ! 消えろ!
  消えたぞ! 消えた! さしもの絶顛が消えてしまったぞ!
  夢の中で今にも跳びかからんばかりの猛獣が
  夢主(むしゅ)の意志次第で
  おとなしい飼い犬に姿を変えるように
  かの絶顛がなだらかな小高い丘に変わってしまった。
  何ーんだ。長いこと恐れていたのは一体何だったんだ。
  
  とにかくめでたい。さあどうしようか?
  あの丘越えて 色とりどりの花咲く丘越えて
  今度は今まで行けなかった世界へ行けそうだ。
  行こう! さあ行こう!
  行って今まで出来なかったことをかの地で叶えるのだ。

  先ず女王様のように素敵な女性と巡り会おう
  そうして結婚して世界一幸せな家庭をつくろう。
  次に何かの分野で際立って
  六十五億人からあまねく賞賛される有名人になろう。
  遂にはかつて誰も手にしたことがないような
  巨万の富をこの手で掴み取るのだ。
  そうだ! 欲張ってそれらの全てを手に入れてしまうのだ!

  …しかし、と。夢想はここでハタッと止まる。
  待てよ。あの絶顛が丘に姿を変えたように
  それらを全部手に入れたとて
  それらも夢の夢のまた夢だったらどうなる?
  夢の夢のまた夢でどんな輝かしいものを
  手に入れたって一体それが何だって言うんだ。

  絶顛…小高い丘…咲き乱れる花々
  …彼方の理想の地…理想の女性
  …これ以上ない名声…巨万の富…。
  皆な夢。夢。夢。夢。夢。夢。…。
  あることないこと何でも作り出す我が心。

  あヽ何が何だか訳が分からなくなってしまった。

                    (大場光太郎)

(追記) 心とは何か?これを詩という短いもので表現するのは
難しいですね。人はもちろん夢であろうと何であろうと、この世で
とにかく、日々精一杯努力して生きていかなければなりません。
「真剣に悩んではいけません。ふざけていい加減に遊ぶのも
いけません。真剣に騙されて真剣に遊ぶのです。」
忘れましたが、誰かの名言です。  

| | コメント (0)

里程標

  憂愁の曠野(あらの)に
  ただ立ち尽くす 我は旅人
  日は既に沈みて
  傍(かたわ)らに朽ちて傾きし里程標(りていひょう)は
  何を語るや

  潰(つい)え去りし夢は
  真昼野を駆け過ぎし白馬(しらうま)の如く
  過ぎ去りし日々は
  遠ざかりゆく星々の如し

  嗚呼 数多(あまた)の美しきものに背かれて
  善き運命に拒まれて―
  寂寥の風ひたすら身に沁みて
  我はただ独りなり

  我ただ独り
  荒涼の野を 放浪(さすら)いゆくなり

         (昭和55年作―大場光太郎) 

| | コメント (0)

死者たちを想う季節の中で

  死者たちを想う慣わしの季節の夕暮れ
  小洒落(こじゃれ)た街を
  人々が絶えず行き交う。

  人は今 滅びも死をも想いはせず
  目先の歩くという行為に夢中だ。
  ただただ「生きる」ことのみに捧げられた
  この社会の目的が
  立派に成就されたからだ。

  そこで人々は この国に初めて与えられた
  繁栄のきらびやかな装いを
  思い思いに身にまとう。
  豊かさがいついつまでも続くものと
  信じきっている表明のように。

  しかしその実誰もが
  絶えず何ごとかに急かされている。
  身ほどには装われることのない心は
  種々雑多な想念でぐちゃぐちゃで
  だからこんなにも慌しげに
  行き交っているのだ。

  想念同士が心の中で互いにぶつかり合って
  とにかく前へ、ひたすら前へ。
  「死」という忌まわしい魔物を振り払うために
  「生(せい)」は つんのめってでも前に進むことを
  この社会の人々に絶えず要求するのだ。

  生に寄り添う死の豊かな養分を拒み
  生のみを光りのみを求め続けて。それゆえ
  この夕べ 通りを吹き抜ける涼風(すずかぜ)に
  季節の移ろいを深く感じることも。
  行き交うお互いへの共感も。
  まして遠き死者たちとの交感など。
  何一つ味わいつくせず
  己自身のケチくさい生の妄念に呪縛されながら
  意味喪失の社会の 意味なき通行人として
  ただ歩き続けているだけなのだ。

  だからこの国には死者たちが占めるべき
  名誉ある場所は年毎に失われてゆく。
  昔から還ってくると信じられたこの季節
  死者たちは確かに還って来ているのだろう。
  されど還って来ても落ち着ける場所とてなく
  何処(どこ)かを哀しくさ迷っているのだろう。

      (平成4年8月作の改作―大場光太郎)  

| | コメント (5)

幻想画

  灰色の 奇妙な風景
  静まりかえった 空漠の時
  それはある夏の日の午後

  かげった青白い太陽が
   ぼんやりとうかんでいる

  そんな時 何が一体私を
  外界からこんなに引き離してしまうのか?
  近くに見えた家並みが急に遠くなる
  全てのものが疎くなる
  ―風にそよいでいる無心な木々さえも

  そのかわり この広い風景の何処かで
  何物かが冷たく笑っているような……

  ああ かげった青白い太陽が
   ぼんやりとうかんでいる

            (大場光太郎)

(注記) この詩は、私が高校3年生だった昭和42年8月の夏休みの時に作った詩です。拙い詩ながら懐かしくもありますので、今回一切手を加えず当時のまま公開することに致しました。
 その当時は、「二木紘三のうた物語」の『花の街』コメントのような「頂上体験」を味わったり、また『モスクワ郊外の夕べ』コメントのようにクラスのために積極的な活動をしたかと思うと、ひそかにこのような少し病的な詩を作ってみたり。
 今振り返りますと、中学2年秋頃から少し(大いに)「思春期の自我の病」にかかり、以来10年間ほど私の心の中は、けっこう苦しい状態でした。

| | コメント (0)

ビニール袋・パートⅡ

  とある夜更けの 車道ぎは
  きまぐれ風に さそはれて
  小さき白き ポリ袋
  ひとりさびしく 舞ひにけり

  中身はもとより いづかたの
  ひとの許にや 在りぬべし
  袋ばかりは 要らぬとて
  いとも安げに 捨つるらむ

  心に懸くる 人は無く
  近きたぐひの アスファルト
  己の性(さが)を 知りてかや
  彼の視線を 避けてけり

  かすかに動く 我がこころ
  袋ぞそれと 気付きしや
  舗道をさして 佇みし
  我が足もとに  慕ひ来つ

  さりとて猫を 愛(め)づるごと
  ひとつの愛撫も 出来かねて
  こころ冷たく 我れもまた
  あらぬ方をば 見やるなり

  やがて悟りし かの袋
  つと車道へと あとずさり
  寄る辺なき身と うずくまる
  うしろ姿ぞ あはれなる

           (くまさん・作)

 (注記) この度くまさん様より、拙詩「ビニール袋」に対してコメントをいただきました。くまさん様は、私の詩の意図を実に余すところなくお解りです。その上同詩を上のような格調高い文語詩としてリニューアルしてくださいました。これは一コメントとして隠しておくには、あまりにももったいありません。そこで独断で申し訳ありませんが、「パートⅡ」として発表させていただくことにしました。皆様、香気ある詩を、どうぞご堪能ください。 (大場光太郎・記)
  

| | コメント (8)

ビニール袋

  とある夜更け
  車道の端を
  どこからか風に
  小さな白いビニール袋が
  ツツッツツッと運ばれてきた。

  ビニール袋は
  誰かに中身を取り出され
  もう用済みとばかりに
  ポイッと打っちゃられたのだろう。

  もちろんビニール袋ごときに
  関心を寄せる人はいない。
  自分でも一体何の自然成分の
  合成なのか解らないアスファルトも
  同類のはずのビニール袋に
  あっちへ行けとばかりな迷惑顔だ。

  ただ私が少しばかり同情したので
  小さなビニール袋は
  車道の縁(へり)をツツッと乗り越えて
  私の佇んでいる舗道の
  間近までやって来た。

  しかし私とてまさか
  愛猫にしてやるようにやさしく抱き上げて
  そっと頬ずりもしてあげられまいし…
  そ知らぬ気に知らんぷりする。
  
  それを察知してビニール袋は
  またツツッと車道へと遠ざかり
  肩身が狭そうに縁(へり)で
  身の置き所なくうずくまる。

            (大場光太郎)

   (注記) ビニール袋は私の気持ちの推移と共に、偶然とはいえ
    この詩と同じ動きをしたのです。そうでなければ、このような
    題材の詩を作ろうとは、思いもしなかったでしょう。          

| | コメント (2)

ひと日の終わり

  街が暮色を濃くし
  かくてひと日が終ろうとする。
  遠き峰を霞み色のものが
  やわらかく包み峰は
  薄いグレーのシルエットとなる。

  ひと日中この街を明るく照らして
  偉大なる陽(ひ)は
  峰の遥か向うで
  海原深き龍宮世界に
  荘厳なひと日を齎(もたら)すのだろう。

  夕鳥が名残り惜し気に
  ひと日の締めくくりの
  さようならのループを描いてから
  何処(いずこ)かのねぐらへと
  一直線に飛び去って行く。

           (大場光太郎) 

| | コメント (0)

大神殿への道

  私はいと高き神の神殿に向かっていた。
  私の誠心を神に宣(の)り上げ祈りを捧げるために。
  しかし行く手には夥しい群衆がひしめいている。
  進もうにも一歩も進めそうにない。
  どうしたものか?私は躊躇逡巡していた。

  と気がつくと私の右手に立派なロッド(杖)が握られていた。
  二匹の蛇が互いに絡み合い、
  先端で頭を天に聳やかしている装飾のロッド。
  なぜか私はその用い方がすぐに分った。
  ロッドを厳かに大群衆に向けて、
  高らかに告げた。
  「民よ!我が道を開けよ!」

  我が大音声を聞くや否や、
  大群衆は二手にさっと分かれた。
  そのさまは紅海が真っ二つに分かれた時のようだ。
  私はモーセさながらだ。

  一気に視界が開け私は粛々と歩を進める。
  彼方に黄金に煌めく大神殿が見える。
  群衆は賞賛の眼差しで私を見守っている。

  神殿の階(きざはし)を一歩ずつ登り始める。
  と突然神殿も階もかき消えて、
  私はとある近世の大きな広場のただ中にいた。
  私が登っているのは何と断頭台だったのだ!
  大群衆は今度は周りをぐるっと取り囲み、
  断頭台の上の私に容赦ない怒号と罵声を浴びせかける。

                   (大場光太郎)
  

| | コメント (0)

インナーチャイルド

  ぼくの中の子供は
  しきりに広い世界に出たがっている。
  広い世界で存分に飛び回りたがっている。

  ぼくがたとえ幾つ年を重ねようと
  永遠の子供が
  ぼくの中に在り続けるのだ。

  その子供は
  やんちゃ坊主で
  茶目っ気たっぷりで
  いたずら好きで
  遊びたがりで
  好奇心旺盛で 冒険的で
  妖精的で 天使的で
  何より純粋無垢な知恵の子供 !

          *

  ああ大人であることは
  内なる子供を
  心の奥なる座敷牢に閉じ込め
  この世の滞在期間中ずっと
  固く施錠して外へ出さないこと。

  私は立派な権威者です
  私の中に「子供」などおりません
  知りません 存じません。
  この世限りのペルソナかぶり
  とりつく島なきお澄まし顔で
  国会議員の○○でございます。
  大学教授の○○でございます。
  評論家の○○でございます。
   ……  ……  ……

  何と痛ましいこと !
  ペルソナかぶった当人と
  夥しいペルソナ人(びと)が
  創り上げてきたこの世界は。
   何より 牢に閉じ込められっ放しの
  内なる子供は !

            (大場光太郎)  
  

| | コメント (0)

夜霧の街

  奥深い闇を退けて
  虚飾の光りに溢れた街を
  慈悲深い夜霧がやさしく包む。

  不夜の街には大勢の人が流れ
  絶えず行き交う
  皆一様に押し黙りながら。

  すれ違いざま
  互いの想いが交錯する。
  とても混じり合えない想いは
  シンパシーを感じる暇(いとま)とてなく
  むしろ敵意の冷たい風を
  互いに感じてそそくさと
  真反対に歩み去る。

  誰もが孤独で
  誰もが寂しくて
  誰もが分ってもらいたいのに…。
  
  硬質で冷ややかな街のどこかに
  あヽ共通の心の言語など
  とうの昔になくしてしまって。

  皆心に傷を負いながら
  人が流れていく街を
  夜霧が静かに包み込む。

           (大場光太郎)  

| | コメント (0)

見えない小鳥

  よく晴れた日にぼくは
  広い原っぱに出て
  ぼくの胸にしまいこんでいた
  見えない小鳥をそっと取り出して
  両手で大切に包み込み
  それからやさしく大空に放してやる。
  
  見えない小鳥は喜んで
  大きな羽ばたきをしながら
  一心に空に舞い上がる。
  
  幾分の高さまで飛んでから
  ぼくを振り返り
  チチッと一声さえずって
  また飛翔をつづける。
 
  見る見るうちに小鳥は
  空の高みに吸い込まれ
  今度は本当に
  見えない小鳥になる。

        (大場光太郎)
  

| | コメント (0)

人間VSカラス

  夜が明け初めると
  カラスは一斉に目覚めて喚き出す
  カァー カァー カァー
  
  どこか廃墟めいたビルの一角や
  魔女の骨のような木の枝に止まって
  人間よ早く起きろよ カァー カァー カァー
  オレたちハラ減ってんだ カァー カァー カァー
  欲しいのはアンタらが食い残したものだ
  生ゴミを出せ 早く出せ
  ケチケチすんなよ  カァー カァー カァー

  時にカラスは人間が空と名づけた
  果てしない奥深い領域の
  ほんのとばくちをしきりに飛び交い
  カァー カァー カァー

  人間は自身ではそんな高ささえ
  どうやっても飛び上がれない
  「知恵ある人」と自ら誉めそやしながら
  引力の法則にがんじがらめに呪縛され
  憎さ気(にくさげ)にただカラスを見上げるばかり

  「知恵ある人」が営々と築き上げてきた
  最高傑作たる大都会は今
  人間とカラスの
  全面戦争の真っ只中

  カラスは人間がいくら駆除に躍起になろうと
  街路樹の梢の闇で次々に増殖し
  人間を脅(おびや)かし嘲笑(あざわ)う
  その姿は黒々と黙示録的不気味さだ

  人間から嫌われ者のカラスと
  人間以外のすべての生き物から
  嫌われている人間との
  まさに最終戦争
             
            (大場光太郎)

 (注記)今では東京などではカラス駆除はだいぶ成果を
  あげているのでしょうか?いずれにしても、これは詩
  ですから、現実世界とは違うことをご了承ください。

  

| | コメント (2)

シュールな黄昏

  何者かが遥か上空で
  薄くて仄(ほの)暗いヴェールをさっとかけると
  街に黄昏(たそがれ)の気配が兆す。
  鳥たちは黒い影となって空高く
  西の明るい世界目指して飛び去る。

  夕暮れを告げる鐘の音(ね)も今は響かず
  残照色に染まったビルの壁々に
  遠い昔のこだまがただ虚しくはね返るだけ。

  涼風(すずかぜ)が過ぎた日の歌を歌いながら
  街行く人らの心にそっと触れ
  埋もれた記憶をごっそり掠(かす)め去る。

  広場の噴水は四方に迸(ほとばし)り
  そのほとりで飛沫(しぶき)を浴びた女が
  憂わしげに佇(たたず)み空を見上げて
  夕月にそっと目配せする。

  面(おも)を半分隠した傾いた月が
  地上の街に鈍い光を投げつける。
  光りに撃たれた街全体が一斉に傾いて
  黄昏の底に沈みこむ。

                (大場光太郎)  
  

| | コメント (0)

救急車様

  ピィーポー ピィーポー ピィーポー
  街にけたたましい音が鳴り響く
  そこのけそこのけ
  救急車様のお通りじゃい。

  その時ばかりは
  この世で一番偉いのは
  オレ様じゃと言わんばかり。

  ピィーポー ピィーポー ピィーポー
  さすがの超高級車も
  普段は我が物顔のトラック野郎も
  そそくさと路肩に身をよせて
  ハハァーッとばかりに
  平身低頭うずくまって
  救急車様が通り過ぎるのを
  ただ見守るばかり。

  ピィーポー ピィーポー ピィーポー
  救急車様は肩そびやかし
  車々を睥睨(へいげい)しながら
  開かれた花道を悠然と通ってゆく。

  ピィーポー ピィーポー ピィーポー
  救急車様が運んでいるのは
  我々の不安と恐怖だ。

            (大場光太郎)

    (注記)私は救急車のサイレンは嫌いな音の一つです。
     決して受容してはいけない音だと思っています。なお
     乗っておられる急患の方々を冒涜するつもりは全く
           ありませんこと、ご了解賜りたいと存じます。      

| | コメント (0)

夕暮れの街角で

  夏の涼しい夕間暮れ
  遊歩専用の街角で一人の若者が
  通りを飾るとて設けられた花壇の
  縁に腰掛け物思いに耽(ふけ)っている。

  若者は時折り顔をあげ
  天を振り仰いだかと思うと
  また顔を伏せて
  深い嘆息を漏らす。

  通りを行過ぎる人のことなど
  まるで眼中になさそうだ。
  見れば若者は手に
  黒表紙の分厚い書物を持っている。

  そのうち手にしていた書物を
  やおら広げて読み出した。
  何から何まで場違いな若者だ。
  (いや場違いなのは街そのものとも言える。)
  
  その書物はさる聖なる書らしかった。
  開くと同時に光りがパーッと
  四方八方に放射されたから
  それと分かるのだ。

  光りはどこまでも伸び広がりたいらしい。
  しかし街に連なった硬質で無機質な
  コンクリート壁面が頑として光りを拒むのだ。
  だから光りはそれ以上進めない。

  光りは壁面にぶつかりながら
  その黒い色素と交じり合う。
  交じり合いながら激しく戦い交わす。
  しかし程なく光りはかき消される。

  それと同時に若者は
  本をパタンと閉じた。
  そしてひときわ深い嘆息を漏らし
  夕暮れの空を見上げるのだ。

           (大場光太郎)
  

| | コメント (0)

「逃げろ!」

  ちぇっ。頼りにならんヤツらだ。
  オレは必死で走りながら舌打ちする。
  「ヤツらの一味が襲ってきたら、
  みんな団結して立ち向かおうぜ!」
  そう誓い合ったのに何たるザマだ。
  いざその段になったらチリヂリバラバラじゃないか。

  そうは言ってもこのオレも、
  一味の姿を見た途端、それ逃げろっとばかりに、
  真っ先に逃げ出したんだった。

  するうち一味の何人かがオレを見つけ出した。
  追っ手のヤツらは大刀振りかざして、
  怖ろしい形相でひたすらオレに迫ってくる。

  それ逃げろ! とにかく逃げろ!
  オレは足ももつれ心ももつれて、
  必死のあがきでひたすら逃げる。

  ……どれほど走ったんだろう。
  と何かに蹴つまずいた。
  どうやら土手の天辺(てっぺん)らしかった。
  途端にごろんごろんと転がり落ちた。

  えらく長い土手で、
  ずいぶん長く転がり続けた。
  おかげでその間、
  オレ様の悪行三昧の生き様を、
  まざまざと思い出してしまった。

  転がる痛さの上に嫌な思い出が、
  次々に被さってくる。
  オレの苦悩は途方もなかった。

  このまま根底(ねそこ)の国まで、
  永劫(えいごう)の転落か?と思った途端、
  どすんと土手の下に着いた。
  我ながら無ざまな格好で引っくりかえって。

  ふっと我れにかえって体を起こした。
  その先には広々とした草原が続いていた。
  緑のツヤツヤした丈長い草が、
  一帯にどこまでも生い茂っている。

  草原の彼方に目をやった。
  もう夜明けらしかった。
  しののめの紫色の山並みが、
  ただ静かに連なっている。

  そのさまを見るともなしに見ていると、
  一つの峰から真っ赤な朝日が、
  厳(おごそ)かにぬっと現れた。

            (大場光太郎)
  

| | コメント (0)

梅雨の晴れ間のある夜さは

  梅雨の晴れ間のある夜(よ)さは
  西の方辺(かたえ)の蛾眉月(がびづき)も
  鈍い赤さでうるみがち

  梅雨の晴れ間のある夜さは
  風が涼しく吹き過ぎる
  風の行方は知りませぬ

  梅雨の晴れ間のある夜さは
  遠くで蛙が鳴いている
  ふるさと捨てて…と鳴きしきる

            (大場光太郎)

| | コメント (0)

六月の光の詩(うた)

  この世界に光り満ちわたり
  地上にあるものすべてキラキラ輝いて
  この良き日の賛歌を歌っている

  木々や草花のしたたるみどりを
  十分に溶かし込んだ空気は
  そよ吹く風に運ばれていく

  「さあ、大気を一杯吸い込みなさい」
  何ものかがぼくの心にささやく
  ぼくは体全体に沁みこむように
  みどり色の新鮮な空気を
  静かに一心に吸い込む

  空気の光りの成分が
  ぼくの体の中へ
  やさしく降りて広がっていく
 
  肺の底へ腹の奥深くへと
  そしてぼくの知らない
  ぼく自身でもある全細胞へと

  光りのエキスが全身にみなぎり
  ぼくは新しく生まれ変わる

                       (大場光太郎)

  

| | コメント (0)

遥かなるレムリア

  我が心のうちなるヴィジョンに
  うるわしのレムリアがゆらめく
  有史のヴェールの彼方なる栄光の姿が

  レムリアの時 我はその栄華の中にいて
  幾千歳なる長生(ちょうせい)の輝きの賛歌を
  日々謳っていたのではなかったか
  
  なのにかの最大悲劇たる一万ニ千年前
  美(は)しき大陸は
  一夜にして海中に沈みゆけり

  そも長きに亘りし 肉の優位性をば叫ぶ
  アトランティスを霊に導かんがための戦いなるも
  いつしか共に天地の法則に大きく離反せしがゆえ

  我も数多(あまた)の人も皆ことごとく
  海の底深く沈みしかの時
  ああ痛苦痛恨の極みなるかの時

  そのただ中で深き絶望と不信とに浸され
  神の肖像(にすがた)なる我らは
  三次元の低き波動に身を落としてしまった

  かくてレムリアのうるわしの記憶の
  すべてを失い 絶望感と
  無力感のみ魂深く刻み込んだ

  以来汚濁渦巻くこの人閒(じんかん)に
  幾そたび身をば埋めて
  六道の輪廻のうちなる生死を繰返してきた

  かくてアトランティスの猛(たけ)き魂主導の
  血塗られた数千年の現歴史は
  なす術(すべ)なき土壇場に追い込まれている

  されど今 時は今 !
  一プラトン年の半分にほど近きサイクルを
  我が太陽系は巡り来たれり
  
  今レムリア・ルネッサンスなる時
  かの失われし時の反対の軌道に
  我が地球は位置して

  レムリアのかの大神殿の
  厳かにして聖なるセブン・レイズ(七光線)は
  時を超えて我らにふたたび放たれている

              (大場光太郎)

 

 (注記)この詩はあくまで、私の多少の知識と拙いイマジネーションに
 よる、フィクション(創作)です。
  なお「プラトン年」は哲学者・プラトンが唱えたもので、太陽系が黄道
 十二宮を一巡する約二万六千年を「一プラトン年」といいます。
   
  

| | コメント (0)

真夜更けに鳥鳴くは

  丑三つ時に鋭(と)き声上げて
  鳴くは何鳥ならんや
  そも鳥はこの時分には
  ねぐらにてうまし眠りの頃合ならんや

  我これまで真夜更けに
  鳴く鳥の声を聞かず
  いかに短夜(みじかよ)とて
  暁にはなおしばしの余裕あらずや

  さあれしばし甲高き声止むことなし
  そもこれ何の前触れならんや
  前触れならずば何ゆえ
  汝(なんじ)かくまで鳴く声高きや
  
  この時分寝もやらず
  目覚めいし我に
  鋭き鳥声よ何を告ぐるや
  何を告ぐるや鳥声よ

            (大場光太郎)

| | コメント (0)

五月の街の詩(うた)

  日盛りの街に 風がかすれた声で
  遠い国の歌を歌いながら吹き過ぎる
  家々の垣から木々のみどりが
  顔をのぞかせ 互いに目配せして笑いあう

  カラフルなよそおいの子供が
  おとぎ話の森の小人のように
  とある路地からふいに飛び出してくる

  素敵な女性が自転車で軽快に
  通り過ぎようとして 
  風に帽子を飛ばされる
  
  マクドナルドの「m」のマークが
  高く 日に輝いて 
  今にも空に飛び出さんばかり

  ああ春よ 移ろいゆく時のアラベスクよ
  お前は年々にやさしくたち現れ
  街をみどりに染めあげて
  そ知らぬ顔で去ってゆく

               (大場光太郎)

| | コメント (0)

オリオン落下譚

  左手に背の高い木立
  右手に豪壮な天守閣をもつ古城
  ぼくはその真ん中の地面に立って
  そこに開けた星空を眺めていた。

  とりわけ凝視しているのはオリオン星座
  開けた空の中ほどに位置するオリオンの
  その煌(こう)たるきらめきに魅入られている。

  とその時 オリオンの聖なる配置に乱れが生じる
  オリオンを形づくる星という星が
  三ツ星のもとに集まりだしたのだ。

  ああ勇者オリオンが プレアデスのような
  なよなよとした星団になっていく…。

  ぼくはなすすべもなく呆然と
  そのさまを見つめている。

  と突如 せっかく集まった星が狂ったように
  古城めがけて落ちてくるではないか !

  星々は火の玉のような流星となって
  いや古城などではない
  このぼくめがけてだ !

  ぼくは驚いて退く
  すると今まで立っていたまさにそこに
  ほとぼりが冷めた隕石のような
  オリオンの黒い星のカケがぽとりと落ちた。

  一つ また一つ 退く先々の
  ぼくめがけて次々と…
  ぼくは慌てふためいて
  古城の中をひたすら逃げまわる。

               (大場光太郎)

  

| | コメント (0)

星の荒野にて

     

  真夜更けの荒野の道を
  ぼくはただ一人で歩いている
  荒野を二つに分けて
  道はまっすぐ先まで続いている
  
  右手にこんもりした森が見える
  ぼくは見るともなしにぼんやり
  森の方を見ながら歩いていた
  
  するとそのうす黒い木立の中から
  一頭の馬が飛び出してきた
  馬は透きとおって青白く輝いており
  ぼくの方にどんどん近づいてくる

  道の端まできて
  一瞬立ち止まったかとみるや
  ぼくのすぐ前を颯っと飛び越えた

  そのきらきらした飛越のみごとさ
  その姿の息をのむほどの美しさ
  ぼくはただ呆然と見守るばかり

  と見ると青白く輝く馬は
  左手の荒野の中で
  忽然と姿を消してしまった

  惜しみながらぼくは
  真正面の空を仰ぎ見る
  星々が何とも知れない星座の
  形をつくっている

  なおも仰ぎながら歩いていると
  星座のただ中に
  麗しの乙女の姿が現れ輝きの顔で
  ぼくにやさしく微笑みかける

              (大場光太郎)

| | コメント (0)

詩人の魂―バイロンに寄す

    詩人の魂―バイロンに寄す

  詩人―おお稀有なる魂よ!
  この人間界の深き泉より
  エッセンスを汲みとり
  万人の心を激しく揺さぶる者よ!

  詩人よ 汝(な)れは世の遊離者ではない
  汚濁渦巻く世の只中で
  その精華を抽象し 研ぎ澄まされた 
  言霊(ことだま)として世に投げ返す
  類(たぐい)稀なる魂よ!

  詩人よ 汝れは単なる言葉の錬金術師ではない
  汝(なんじ)の真の詩人たる所以(ゆえん)は
  汝のなべての言動によって示される
  
  ただ独り 世界の深奥を探りえた確信と
  探りえぬ数多(あまた)の人々との 何たる乖離(かいり)よ
  その孤独 その懊悩 おお高貴なる魂よ!

  母国英国を追わるるは
  世の反逆児たる汝の運命(さだめ)
  神々の原郷たる希臘(ギリシャ)で命果つるは
  神々の愛(め)でにし汝の運命(さだめ)

  詩人よ!  
  時に手弱女(たおやめ)の如く繊細で
  時に武人のように勇敢なる魂よ!

         (原作・昭和46年―大場光太郎)

  

| | コメント (0)

感傷的風景

  なにがなしに 心うれしい
  はつなつの たそがれよ
 
  かえり日よ
  ふりそそげ
  緑の野辺に やわらかく

  野は繁り 畑(はた)青し
  はるかな峰の上なる
  淡いあかねの空よ

  それゆえに夢見るは
  ひたすらな愛
  少女より 限りなく―

    (原作・高校3年時―大場光太郎)

| | コメント (0)

雨の水仙

  ひとしきり春雨は降る
  きぬのように やわらかく
  
  とある庭のかたすみに
  水仙一群(ひとむら) 雨に濡れて咲く
  まだつぼみの淡い黄なる花を
  うつむきかげんに垂れて
  冷たい風に 身をこきざみにふるわせて

  おまえたちは語り合う 密やかに
  何を語り合っているのか知りたくなって
  そっと近づいてみると
  急に口をつぐんでしまう かそけさで

     (原詩・高校3年時ー大場光太郎)

| | コメント (0)

時には小鳥のさえずりを…

時にはぶらっと 外に飛び出してみましょう
するとまるで何かに吸いよせられるように
 街の方へ にぎやかな方へ 人が群がる方へと
足が向かいがちです
そんな時は心の舵を おだやかに
それとはまったく別な方向へ 切ってみましょう
 人の行かない方へ 建物が切れた方へ 自然の方へと

自然がより豊かな方へ 歩いてみましょう
(ほんの少し木立のある小公園でもいいのです)
大きな川が近くにあれば
思いきって そこまで足を伸ばしてみましょう
(近くに手頃な小山などあればなお良いでしょう)

うるわしのこの季節
木々の葉群の鮮やかな色つや
家の垣や畑に溢れている花々の
黄や赤やのとりどりの色と形を
目に 心にしみこませましょう

時には立ち止まって 道端の名もない草花に
見入ってみましょう しゃがみこんで
心の中で そっと語りかけてみましょう
そこまで 草花と心を通わせれば
草花たちは こっそり教えてくれるかもしれませんよ
『自然は あなたが考えているよりずっと
ずっと豊かで 神秘的なものなんですよ』

川に着いたら たもとの土手に腰をおろしましょう
ゆったり流れる川面を じっと見つめてみましょう
今年の葦が 去年の枯葦を追い越して
勢いよく背丈を伸ばしていますね こちら岸でも あちら岸でも
時に川の中ほどで みごとな鯉が大きな渦を起こし
もんどり打って 川面から飛び出してくるかもしれませんよ

対岸の木立に目をやりましょう
人が犬を連れて散歩していますね
空のようすはどうでしょう
ぽっかり浮かんで 静かに流れていく雲のさまは…

頬をかすめ去る そよ吹く風を感じてみましょう

『あっ!』 小鳥がどこからか飛んできましたね
近くの石に止まりました
セキレイですね 何ときれいな小鳥なんでしょう
少しすると またどこかへ飛んでいきましたね

チチッ チチッ チュルルルルル ……
そういえば どこかで鳥がさえずっていますね
その声に 両耳をそばだててみましょう
どうでしょう 何か感じませんか
『たかが小鳥のさえずりじゃないか』 いえいえ
彼らの音色は 3次元世界をはるかに超えた
高い次元の旋律らしいですよ

(大場光太郎)

| | コメント (0)