【霊界物語】八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐、猶太の邪鬼

-先月のいつぞや、邪神・邪霊群に憑依されていると思しき安倍&安倍一派に対するものとして、八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐、ユダヤの邪鬼の三大極悪霊を紹介した。同記事では、この三大極悪霊について、安倍を「悪の総大将」の八頭八尾の大蛇に、稲田や小池や明恵夫人らを金毛九尾の悪狐に、二階(幹事長)や麻生や菅をユダヤの邪鬼になぞらえた。特に「金毛九尾明恵」は当ブログにあっては、安倍明恵を指すものとして今やすっかり定着した感がある(笑)。私は、安倍政権首脳部&それを取り巻く日本会議カルト一派や財界首脳らの極悪ぶりは、上の「極悪霊の憑依なしでは考えられないよな」と以前ふと思い、それで「邪神・邪霊群による憑依」を語り始めた次第である。実際どうなのかは私ごときが審神者(さにわ)出来るものではないが、当たらずと言えども遠からずと考えている。さてその時、出典は大本聖師・出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)の『霊界物語』だとした。それでその後何かの折り、念のためネットを当たってみた。するとズバリ『霊界物語』の当該箇所が見つかったのである。今後も安倍&安倍一派を語る際、折りに触れてこの三大極悪霊を援用することになるかと思うので、ここにそれを転載するものである。なおよい機会なので『霊界物語』について簡単に紹介しておきたい。同物語は、出口王仁三郎が大正~昭和初期にかけて口述筆記した(させた)もので、全巻全81巻83冊にも及ぶ膨大なものである。出口直(でぐち・なお)教祖に伝達された『大本神諭』と共に大本(教)の二大経典である。古今東西の世界的奇書ともいわれる同物語は、(大本における世界救世主である)神素盞嗚尊(かむすさのおのみこと)系神霊が出口王仁三郎の口を通して語った物語とされている。口述中の王仁三郎は、疲れてくると横になって眠ってしまい、いびきすら聞こえているのに物語を語り続けたという。なのに、言い間違いは一言一句なかったというから不思議なのである。ちなみに、『法華経』や新約聖書の『ヨハネ福音書』『ヨハネ黙示録』などは3通りの読み方、『古事記』は6通りの読み方、(最近とみに注目され出した)『日月神示』は8通りの読み方が出来るという。対して『霊界物語』は、何と26通りの読み方が出来るというのである。出口聖師は当時の信徒に「霊界物語を声を出してお読みなさい。読み続けていれば霊衣(オーラ)が厚くなりますさかい」と説いていたという。私は八幡書店復刻版『霊界物語』(全八巻)を持っているが、かなり前に2巻途中で止まってしまった。いつの日か全巻読み通すことを、ここにお誓いしたい。-

【注記】
 今回引用する全文は行替えなしであるが、読みやすさを考慮し、適宜行替えさせていただいた。なお『霊界物語』全体の大テーマとは、つまるところ「神素盞嗚尊と八頭八尾の大蛇の戦い」ということなのである。という事は、神界、幽界、現界という三界(これを総称して「霊界」という)の超太古からの歴史とは、究極するところ「神素盞嗚尊と八頭八尾の大蛇の戦い」に集約されるということである。ただ霊界物語における神素盞嗚尊の戦いとは、『古事記』におけるヤマタノオロチ退治のような武力によるものではない。至慈至愛に基づいた「言向け和(やわ)す」平和的戦いであることを知らなければならない。 (大場光太郎・記)

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「オニサブロー絵巻」サイト 17、霊界物語より (画像拝借)
http://oniemaki.seesaa.net/article/101235008.html

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王仁三郎データベース版『霊界物語』より
http://onidb.info/bview.php?CD=24

第一八章 霊界の情勢〔一八〕

 ここで自分は、神界幽界の現界にたいする関係をちよつと述べておかうと思ふ。

 神界と幽界とは時間空間を超越して、少しも時間的の観念はない。それゆゑ霊界において目撃したことが、二三日後に現界に現はれることもあれば、十年後に現はれることもあり、数百年後に現はれることもある。また数百年数千年前の太古を見せられることもある。その見ゆる有様は過去、現在、未来が一度に鏡にかけたごとく見ゆるものであつて、あたかも過去、現在、未来の区別なきが如くにして、しかもその区別がそれと歴然推断され得るのである。

 霊界より観れば、時空、明暗、上下、大小、広狭等すべて区別なく、皆一様平列的に霊眼に映じてくる。

 ここに自分が述べつつあることは、霊界において見た順序のままに来るとはかぎらない。霊界において一層早く会ふた身魂が、現界では一層晩く会ふこともあり、霊界にて一層後に見た身魂を、現界にて一層早く見ることもある。今回の三千世界の大神劇に際して、檜舞台に立つところの霊界の役者たちの霊肉一致の行動は、自分が霊界において観たところとは、時間において非常に差異がある。

 されど自分は、一度霊界で目撃したことは、神劇として必ず現界に再現してくることを信ずるものである。

 さて天界は、天照大御神の御支配であつて、これは後述することにするが、今は地上の神界の紛乱状態を明らかにしたいと思ふ。今までは地上神界の主宰者たる国常立尊は、「表の神諭」に示されたるごとくに、やむを得ざる事情によつて、引退され給うてゐられた。

 それに代つて、太古において衆望を担うて、国常立尊の後を襲ひたまうた神様は、現在は支那といふ名で区劃されてゐる地域に、発生せられたる身魂であつて、盤古大神といふ神である。この神はきはめて柔順なる神にましまして、決して悪神ではなかつた。ゆゑに衆神より多大の望みを嘱されてゐたまうた神である。今でこそ日本といひ、支那といひ露西亜といひ、種々に国境が区劃されてゐるが、国常立尊御神政時代は、日本とか外国とかいふやうな差別は全くなかつた。

 ところが天孫降臨以来、国家といふ形式ができあがり、いはゆる日本国が建てられた。従つて水火沫の凝りてなれるてふ海外の地にも国家が建設されたのである。さて、いはゆる日本国が創建され、諸々の国々が分れ出でたるとき、支那に生まれたまうた盤古大神は、葦原中津国に来たりたまひて国祖の後を襲ひたまふた上、八王大神といふ直属の番頭神を御使ひになつて、地の世界の諸国を統轄せしめられた。一方いはゆる外国には、国々の国魂の神および番頭神として、国々に八王八頭といふ神を配置された。ちやうどそれは日本の国に盤古大神があり、その下に八王大神がおかれてあつたやうなものである。日本本土における八王大神は、諸外国の八王八頭を統轄し、その上を盤古大神が総纜したまひましたが、八王八頭は決して悪神ではない。天から命ぜられて各国の国魂となつたのは八王であり、八頭は宰相の位置の役である。こういふ風なのが、今日、国常立尊御復権までの神界の有様である。

 さうかうするうちに、露国のあたりに天地の邪気が凝りかたまつて悪霊が発生した。これがすなはち素盞嗚命の言向和された、かの醜い形の八頭八尾の大蛇の姿をしてゐたのである。この八頭八尾の大蛇の霊が霊を分けて、国々の国魂神および番頭神なる八王八頭の身魂を冒し、次第に神界を悪化させるやうに努力しながら現在にいたつたのである。しかるに一方印度においては、極陰性の邪気が凝りかたまつて金毛九尾白面の悪狐が発生した。この霊はおのおのまた霊を分けて、国々の八王八頭の相手方の女の霊にのり憑つた。

 しかして、また一つの邪気が凝り固まつて鬼の姿をして発生したのは、猶太の土地であつた。この邪鬼は、すべての神界並びに現界の組織を打ち毀して、自分が盟主となつて、全世界を妖魅界にしやうと目論みてゐる。しかしながら日本国は特殊なる神国であつて、この三種の悪神の侵害を免れ、地上に儼然として、万古不動に卓立してをることができた。この悪霊の三つ巴のはたらきによつて、諸国の国魂の神の統制力はなくなり、地上の世界は憤怒と、憎悪と、嫉妬と、羨望と、争闘などの諸罪悪に充ち満ちて、つひに収拾すべからざる三界の紛乱状態を醸したのである。

 ここにおいて、天上にまします至仁至愛の大神は、このままにては神界、現界、幽界も、ともに破滅淪亡の外はないと観察したまひ、ふたたび国常立尊をお召出し遊ばされ、神界および現界の建替を委任し給ふことになつた。さうして坤之金神をはじめ、金勝要神、竜宮乙姫、日出神が、この大神業を輔佐し奉ることになり、残らずの金神すなはち天狗たちは、おのおの分担に従つて御活動申し上げ、白狐は下郎の役として、それぞれ神務に参加することになつた。ここにおいて天津神の嫡流におかせられても、木花咲耶姫命と彦火々出見命は、事態容易ならずと見たまひ、国常立尊の神業を御手伝ひ遊ばすこととなり、正神界の御経綸は着々その歩を進め給ひつつあるのである。それとともにそれぞれ因縁ある身魂は、すべて地の高天原に集まり、神界の修行に参加し、御経綸の端なりとも奉仕さるることになつてをるのである。

 そもそも太古、葦原瑞穂中津国は大国主命が武力をもつて、天下をお治めになつてゐた。天孫降臨に先だち、天祖は第三回まで天使をお遣しになり、つひには武力をもつて大国主命の権力を制し給うた。大国主神も力尽きたまひ、現界の御政権をば天命のままに天孫に奉還し、大国主御自身は、青芝垣にかくれて御子事代主とともに、幽世を統治したまふことになつた。

 この時代の天孫の御降臨は、現在の日本なる地上の小区劃を御支配なし給ふためではなく、実に全地球の現界を知食すための御降臨であり給うた。しかしながら未完成なる世界には、憎悪、憤怒、怨恨、嫉妬、争闘等あらゆる邪悪が充満してゐるために、天の大神様の御大望は完成するにいたらず、従つて弱肉強食の修羅の巷と化し去り地上の神界、現界は、ほとんど全く崩壊淪亡しやうとする場合に立ちいたつたのである。

 かかる情勢を見給ひし天津神様は、命令を下したまひて、盤古大神は地上一切の幽政の御権利を、艮金神国常立尊に、ふたたび御奉還になるのやむなき次第となつた。ここに盤古大神も既に時節のきたれるを知り、従順に大神様の御命令を奉戴遵守したまうた。しかるに八王大神以下の国魂は、邪神のためにその精霊を全く汚されきつてゐるので、まだまだ改心することができず、いろいろと悪策をめぐらしてゐたのである。なかには改心の兆の幾分見えた神もあつた。

 かくの如くにして国常立尊が、完全に地上の神界を御統一なしたまふべき時節は、既に已に近づいてゐる。神界の有様は現界にうつりきたり、神界平定後は天津日継命が現界を治め給ひ、国常立尊は幽政を総纜したまひ、大国主命は日本の幽政をお司りになるはずである。しかし現在ではまだ、八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐および鬼の霊は、盤古大神を擁立して、幽界および現界を支配しやうと、諸々の悪計をめぐらしつつあるのである。

 しかしながら従順な盤古大神は、神界に対するかかる反逆に賛同されないので、邪鬼の霊はみづから頭目となり、赤色旗を押立てていろいろの身魂をその眷族に使ひつつ、高天原乗取策を講じてゐる。

 そこで天よりは事態容易ならずとして、御三体の大神が地上に降臨ましまして、国常立尊の御経綸を加勢なしたまふことになり、国常立尊は仮の御息所を蓮華台上に建設して、御三体の大神様を奉迎し給ふこととなるのである。

 したがつて、御三体の大神様の御息所ができたならば、神界の御経綸が一層進んだ証拠だと拝察することができる。

(大正一〇・一〇・二〇 旧九・二〇 谷口正治録)

(転載終わり)

【注記2】
 なおすぐ上の末尾にご注目いただきたい。「谷口正治録」とある。後年生長の家を創立し、今日の日本会議カルト一派から思想的支柱と崇められている谷口雅春である。大正十年当時谷口は大本信徒だったのだ。出口王仁三郎を筆頭に優れた霊覚者・霊能者が数多いた大本にあって谷口はあまり目立たない存在だった。王仁三郎が唯一谷口を評価したのは文才で、そのため『霊界物語』筆録者の一人に加えられたのである。谷口はこの筆録直後大本を去っている。国家による第1次大本弾圧にビビッたためと言われている。そして昭和十年「12月8日未明」からの第2次大本弾圧後の国家偽神道体制下では完全に国家に迎合し、以上で述べられている邪神・邪霊に憑依され亡国の言説をした事は既に述べたとおりである。

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もう一つの「12月8日未明」

-「大本は日本と世界の型をするところ」というのは今でも有効なのだろうか?-
                       *

 昭和14年初冬。日中戦争は泥沼化し、対米戦争ももはや避け難しと映り出した頃。一人の人物が伴の者を連れて、京都は綾部(あやべ)の大本教団跡地を訪れました。
 その人物とは出口日出麿(でぐち・ひでまる)。昭和10年12月8日未明に起きた「第二次大本事件」の首謀者の一人との嫌疑から、以来監獄に収監され、同年10月釈放されたばかりの身でした。

 「事件」とは言っても、大本教団が国に対して国家転覆などの重大な悪事を働いたというわけではありません。年々教勢を拡大し、前年の昭和9年には「昭和神聖会」という政治的活動組織を結成し全国に多くの賛同者を引き付けるなどなど。
 大本に対して当時の国家が脅威を感じていたための、周到に仕組まれた謀略であり、弾圧だったのです。時の内閣は岡田啓介内閣。昭和天皇自らが同弾圧に認可を与えたと伝えられています。

 それはおよそ近代宗教弾圧史上世界にも類を見ないと言われるほどの、凄まじい弾圧でした。治安維持法と不敬罪違反の疑い(前者は昭和17年に無罪確定。後者は戦後無罪確定)で、「地上から大本を抹殺せよ」との極秘指令のもとに行われたのです。
 綾部や亀岡の広大な教団施設は千数百発ものダイナマイトなどを使って徹底的に破壊されました。また全国の施設、歌碑の類いに至るまで悉く破壊し尽くされたのです。
 あろうことか教祖出口直(でぐち・なお)の墓まで暴かれました。

 この弾圧で全国の信徒3000人余が検挙されました。うち過酷な拷問によって16人が死亡。大本聖師と呼ばれた出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)とその妻で二代目の出口すみら、多くの同志たちは依然収監中です。

  むちうたばわが身やぶれんやぶれなば
  やまとをのこの血の色をみよ   
      (62歳で獄死した岩田久太郎の獄中歌)

 官憲は本当は中心人物の出口王仁三郎を殺害したいのは山々でした。しかし出来なかったのです。なぜなら王仁三郎は、有栖川熾仁親王(明治維新の「♪宮さん、宮さん…」の歌で有名。明治天皇の皇位継承者の一人)のご落胤であることを把握していたからです。
 そこで官憲の追及は出口日出麿に集中しました。日出麿は三代目出口直日(でぐち・なおひ)の女婿であり、王仁三郎を補佐しその後継者と目されていたからです。

 出口日出麿への取調べは過酷を極めました。連日にわたり拷問が続いたのです。
 そのため歯は多く抜け落ち、鼻はひん曲がり、髪の毛は引きちぎられ、精神に変調をきたしたほどでした。京都帝国大学出身の美男子の面影は、どこにも残らないほどの変わりようでした。

 …綾部の神域は完膚なきまでに破壊され、今では一望に見渡せる赤茶けたグラウンドになっています。日出麿は、暴虐の爪跡凄まじい神苑を感慨深げに一巡し、さらに歩いて丘の上の開祖の墓に詣でます。
 官憲に暴かれましたが、信徒の手によって共同墓地の片隅にかろうじて土盛りされている、そこが「艮の金神」(地球国祖・国常立大神)のお筆先で、「世界中の教祖の中でも直ほど苦労した者はおらんぞよ」と示された、死してなお苦難の続く出口直の仮の墓なのでした。

 その一角に立ち、日出麿は実に淋しい調子である歌を口ずさみます。

  真白き富士の根 緑の江ノ島 仰ぎ見るも 今は涙
  帰らぬ十二の 雄々しきみたまに 捧げまつる 胸と心

  ボートは沈みぬ 千尋(ちひろ)の海原 風も浪も 小(ち)さき腕(かいな)に
  力はつきはて 呼ぶ名は父母 恨みは深し 七里が浜辺

  み雪は咽(むせ)びぬ 風さえ騒ぎて 月も星も 影をひそめ
  みたまよ何処(いずこ)に 迷いておわすか 帰れ早く 母の胸に

 『七里ヶ浜の哀歌』(『真白き富士の根』)です。それはまるで、一望の限りに破壊し尽くされた神苑、獄中で死んでいった多くの同志たちへの鎮魂歌のようで、伴の者は涙が止まらなかったといいます。(私は個人的にこの場面を、「戦前の隠れた名場面」の一つと考えています。)

 1番、2番、3番…と静かに歌い継ぎ歌い終わって、日出麿は呻くように呟きます。
 「何もかも、皆無くなっちまったなあ」

 それを聞いた伴の者は、『日本はやがて二度と立ち直れないようになるのではないのか』と、暗澹たる想いに囚われたといいます。
 大本の教えでは、「大本は日本と世界の型をするところ」とか「大本が潰れれば日本も潰れる」などと、かねてから聞かされていたからです。

 その「型」が最も先鋭的に現われたのが、まさに「第二次大本事件」でした。
 国家権力が大本弾圧に乗り出したのが昭和10年12月8日未明。そしてちょうど6年後の昭和16年12月8日未明、ハワイへの真珠湾攻撃により日米戦争の火蓋が切っておとされたのです。
 中心人物の出口王仁三郎は、12月5日早朝、笹目秀和に崑崙山の一峰に遷座してくれるよう「大本のご神体」を託し、その日のうちに綾部を発って島根県の松江別院に向かっています。王仁三郎は12月8日午前4時頃、そこで逮捕されたのです。松江別院は「宍道湖(“しんじ”こ)」湖畔にありました。

 第二次大本事件が拡大したのが「日本敗戦、占領」だとする解釈が一般的です。例えば12月8日の暗合に加えて、出口王仁三郎は、仮釈放により昭和17年8月7日に6年8ヶ月ぶりで出獄しています。これは、日本敗戦からサンフランシスコ講和条約までの期間と、ピタリ同年月数なのです。

 しかしこれとは別の解釈をする研究家もいます。と言うのも、それでは大正10年2月12日の「第一次大本事件」の型が現われていないことになるからです。そこで先の「日本敗戦、占領」は第一次大本事件が拡大したものであり、第二次の拡大版はこれからだとするのです。

 その一端をご紹介しましたように、昭和10年の第二次弾圧の方が、大正10年の第一次弾圧より遥かに激烈深刻でした。
 第一次弾圧で痛めつけられた大本は、その後中国の紅卍会(こうまんじかい)と提携し大陸に布教拡大したり、世界五大陸のすべてに支部を置き福音を宣べ伝えるなど、目覚しい発展を遂げました。
 方や戦後日本も敗戦から奇跡的な復興を遂げ、世界に冠たる経済大国にのし上がりました。

 こうしてみると、大本と日本はやはり大きくシンクロしているように思われます。
 「夜半に嵐がどっと吹く。どうすることも無く泣くに、この世(悪神・悪魔支配による現歴史)の終り近づきぬ」(日月神示)。
 政治、経済、教育、世相…。ありとあらゆる指標が、今この国は「夜半」に入っていることを示していそうです。

 ただし日本人全体の「愛と調和」を志向する意識レベルの向上により、「大本の型」は大きく変更される可能性もあります。いな是非そうであるよう、私たちは真剣に「身魂(みたま)磨き」を心がけていかなければなりません。

(注記)本記事は、「二木紘三のうた物語」の『真白き富士の根』コメント(08年8月)に、大幅に手を加えた一文です。また主に、『神仙の人 出口日出麿』(1989年、講談社刊)を参考にしました。

 (大場光太郎・記)

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天産自給の原点に還れ(4)

  お土拝(おろが)めよ。お土から何もかも生まれるのぞ。

  大地の神の声誰も知るまいがな、だまって静かにまつりて清めて、育てているのざぞ。

    (日月神示)

まとめとして-私の所感

 今回ご紹介しました泉田瑞顕師の『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』は、既にお分かりのとおり明治期の大本神諭から戦時中・戦後間もなくの日月神示に至る「神のお示し」を土台として論じられたものなのでした。その根本にあるのは「お土は神の肉体そのもの」という考え方です。

 今日の私たちからすると、これはもう「信仰」の領域ですから、今いきなりそう説かれてもおいそれと受け入れられない人もおられることでしょう。しかし私たちが今まで軽んじてきた「お土」はそれくらい重要で尊いものなのだ、ということをお互いここでしっかり再認識したいものです。

 お土(土壌)の重要性は、先ずもって私たちが日々食する五穀・野菜を育み生成してくれることからも分かります。これら無しでは私たちの肉体生命を維持していくことは出来ないのですから。
 「食は人間の土台」であることを考えれば、泉田瑞顕師が力説しておられる「土地為本、天産自給」が人倫に適う道であることが理解されてくるのではないでしょうか。いくら工業社会だ、IТ社会だといっても、私たちは工業製品やハイテク物を食することはできないのです。

 今日この国は、泉田師が説くように国際分業論という悪魔の謀略に引っかかって根本的な天地の理(ことわり)から大きく逸脱しています。国内農政をないがしろにし、農産物・食料品を外国に多く依存しているのです。

 かなり以前から我が国の食糧自給率は40%程度と言われています。これはつまり国内で生産される食糧・農産物だけでは、1億3千万国民のうちの五千万人分しか養えない(それも短期間)ことを意味しています。
 他の先進諸国に比してこれは極端に低い数値であることを認識すべきです。アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス・・・皆100%に近いか、それを優に上回っているのです。

 「海絶たれて(海上封鎖)苦しまんでくだされよ」(日月神示)
 四方を海に囲まれ他給他足を旨とする現ニッポン、万一こんな状況にでもなったら目も当てられない飢餓地獄が現出するはずです。
 輪をかけて、日本人の胃袋を米国ユダ金企業に押さえられるТPPなど論外であること、お分かりになりますでしょうか。安倍首相は「国民の食の安全は守る」などと言っているようですが、小泉亜流の対米隷属売国首相には100%守れません。

 これは今日の私たちのベースになっている欧米流の「学や知」では分からないことですが、日本は「陽の国」、アメリカやオーストラリアは「陰の国」で、土地の性質が真反対なのです。
 アメリカでコシヒカリを栽培し確かに本場コシヒカリそっくりだとしても、あちらのは陰のコシヒカリ、そんなものをありがたがって輸入しせっせと摂取していると体がおかしくなってしまいます。

 それにもう一つ。
 我が国の農の研究家が昔から言ってきたことに「身土不二」(しんどふに)という言葉があります。これはごく簡単に言えば、私たちの肉体は、現在住んでいる土地と分かちがたく結びついていて切り離すことができない、ということです。言い換えれば、私たちは住んでいる土地の波動(バイブレーション)と一体化しているということです。
 これは「土地為本、天産自給」の裏付けともなりますが、五穀・野菜も身近な所で採れたものを食するのが(地産地消が)体には一番いいのです。なのに海の向こうの「陰の食物」の米、グレープフルーツ、ポテト、牛肉などをせっせと摂取していると・・・(繰り返しになるので以下略)。

 ましてや悪魔企業モンサント社の遺伝子組み換え食品など何をか言わんや。論外中の論外、日本人の遺伝子破壊、日本人滅亡を画策する究極の悪魔の謀略です。私たちの子々孫々の生存にまで関わることですから、いくら悪魔の手先の政官業+マスコミが旗を振っても、ТPP参加だけは断固拒否しなければなりません。
 第一歩として、来る参院選では自民党を勝利させないことです。  -  完  -

【追記】
 欧米人にとって「聖書」が必読書であるように、私たちにとって「日月神示」は必読書であるべきです。今回はイデオロギー的にとらえましたが、本来の日月聖典は神霊現三界を見通した自在無碍な英知の理(ことわり)が示されています。是非「一家に一巻」備えていただきたいものです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』(泉田瑞顕著、静雅堂刊)

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天産自給の原点に還れ(3)

 日本の人民餌食にしてやり通すと、悪の神申してゐる声人民には聞こえんのか。

 日本の人民の身魂(みたま)が九分九厘まで悪になりているから、外国を日本の地(つち)に致さなならんから、日本の地(つち)には置かれんから、どんなことがあっても神はもう知らんぞよ。  (『日月神示』)


 以下に、泉田瑞顕師の「第三章 六、天産自給の原点に還れ」本文を転載します。今から25年以上前の当時の時代状況を考慮しながらお読みください。なお、適宜段替え、行空けなどをし、また一部を省略しています。

                        *

 神の所有(もの)である世界の資源を武力によって強奪し、金力にものをいわせて穀物その他の物質を買いあさり、人類社会の半分以上が飢餓に瀕している現状をしりめに、物質的ゼイタクの限りをつくしている先進工業国、特に体主霊従国日本のやり方、考え方は、天地経綸の大道に反する罪悪行為である。天地創生の祖神が、このような横暴残虐をいつまでも許されるはずがない。世界の経綸からみて、日本国と日本人の上に神のいましめが降(くだ)るのは当然である。

 重工業を基幹とし、国際分業論に立って国内農業を撲滅破壊することを国是として来た体主霊従国日本は完全に行きづまり、あげもおろしも出来なくなって遠からず崩壊する。

 この行詰まりを打開する妙案は、現在の日本を牛耳っている支配階級にはない。かつてのごとく武力をもって他国を侵略することは、国際情勢がこれを許さない。また金力によって、他国の資源や食糧を収奪する開発輸入も後進国の民族的自覚によって不可能である。

 結局、日本民族は四つの島を命の綱とし、全運命をこの島に託して、全然さらつの国づくりを開始する以外に道はない、ということになってくるのだ。しかし、この事は、日本民族の敗退でも、滅亡でもない。
 天孫降臨の名において、日本に征服国家大和朝廷が成立し、皇神国(すめらみくに)日本の古代神政政治が廃止されてから二千有余年、長かった悪神支配の世が終り、五度閉められた天の岩戸が今や開かれんとしているのだ。神聖日本の夜明けである。

     ( 省  略 )

 これからいよいよ黄泉国(よみのくに)と黄泉醜女(よもつしこめ)と化している日本民族は、大本神諭や日月神示に預告してあるごとく、大掃除、大洗濯の段階へと突入して行く。前記のごとく皇神国(すめらみくに)日本は約二千年前、征服国家となり、体主霊従国となって神政は破れた。ことに明治以来、西欧文明が急激に流入して国土と民族を穢(けが)し、「厭醜悪穢国(いなしこめきたなきくに)」となった。

 出口王仁三郎聖師口述伝達の霊界物語第十巻「古事記言霊解・禊身(みそぎ)の段」はこれから開始される二度目の日本の立替を預告解説したプログラムというべきである。先ず世界に魁(さきが)けて日本から立替への大経綸は開始されることになる。

 出口聖師の解説されている「禊身の段」の一節に、
 「要するに天災地妖の原因、結果は、いわゆる天に唾(つば)きして自己の顔面にかぶるのと同じである。人間をはじめ動物や植物が天賦の生命をたもつあたわずして夭死(ようし)し、あるいは病災、病毒のために変死し、枯朽するその根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現下のごとく、天下こぞって人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するがために、営々たるが如き国家の経綸は実に矛盾背理の極(きわみ)である。わが国は決して体主霊従的の経綸のごとく征服とか、占領とかの無法、横暴をなすことを許さぬ国である」と。

 これはみそぎ(立替え)によって日本国の政治、経済、産業、教育、文芸、宗教、農事等が根本的に革正されることを預言されたものである。

 立替の大嵐によって体主霊従国日本は潰れる。それからが神聖日本の開顕であり、皇神国の夜明けである。(中略)かくして「さらつの国」皇道(こうどう)日本の国づくりは、日本の国土に生成する産物をもって自活する土地為本(いほん)、天産自給の皇道経綸から実施されることとなるのである。これは神界既定のプログラムであるから絶対間違いない。

 悪魔の謀略に引っかかり、国内農業を破壊撲滅することに全力をあげてきた体主霊従国日本の支配階級即ち、政治屋、官僚、財界人及びこれ等の魔軍の魔道政治に協力してきた学者、商人、宗教屋、教育者等々も体主霊従国日本の崩壊と共に丸裸となり乞食となってのたうち廻ることになってくる。
 国際経済の動向から見て日本立替の嵐は近い。  (転載終り)

【付記】
 泉田師の本文は、何やら3・11以後の現日本そのものの活写のようです。
 とにかく東日本大震災や福島第一原発事故(という大環境テロ)以降この国は、原発再稼働、(完全冤罪の)小沢裁判、消費税増税、12・16不正選挙、ТPP参加・・・と、「厭醜悪穢国(いなしこめきたなきくに)」そのものの魔姿をはっきり現わしていますから。

 なお本文中には、「専門用語」がかなり出てきて面食らった人が多かったかもしれません。ここでは頻繁に出てきた「体主霊従国日本」の体主霊従(たいしゅれいじゅう)についてだけ、手短に説明します。

 出口王仁三郎は、大正時代の大本の機関誌『神霊界』に大本神諭を発表する際、同神諭中の「体主霊従」に「あくま」「われよし(我善し)」というルビを振っています。
 翻って天地の理(ことわり)は「霊主体従」(皆善し)が大原則なのです。今までの世のあり方、人の生き方は真逆な悪魔的我欲(エゴ)追及のあり方だったわけですから、その意味でも行き詰るのは理の当然なのです。  (大場光太郎・記)

関連記事
『天産自給の原点に還れ(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-010c.html
『天産自給の原点に還れ(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-5b70.html

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天産自給の原点に還れ(2)

  お土は神の肉体ぞ。人民の肉体もお土から出来ているのぞ。この事わかりたら、お土の尊いことよく分かるであろがな。  (『日月神示』)


 折角ですから2回に分けて、泉田瑞顕著『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』から、
   第三章 日本立直しの方法論  六、天産自給の原点に還れ
を、以下にご紹介したいと思います。
 今回は、冒頭掲げられている『大本神諭』と『日月神示』です。どちらも独特な言い回しで、初めて読まれる方は戸惑われるかもしれませんが、じっくり味わってお読みください。

                        *

       六、天産自給の原点に還れ

大本神諭

一、金銀を余り大切にいたすと世はいつまでも治まらんから、艮(うしとら)の金神(こんじん)の天晴れ守護になりたら、お土からあがりたもの(天産物)その国々のものでいける(自活)ように致して、天地へ御目にかける仕組が致してあるぞよ。  (大正元年旧一〇・五)

一、いまの世は金(かね)で治まるように思うておるが、金は世のほろびのもとであるぞよ。根本から立替えるぞよ。大地(おつち)からあがりたもの(天産物)を大切に致さねば、金では治まらぬぞよ。  (明治二五・原書でも月日不明)


日月神示

一、金(かね)はいらぬのざぞ、金のいるのは今しばらくぞ。命は国にささげても金は自分のものと頑張っている人民気の毒出来るぞ。  (昭和一九・八・三)

一、今までの教(おしえ)ではこの道わからんぞ。益々食う物なく曇りてくるぞ、その国所々で当分暮らしむき出来るぞよ。野見よ、山見よと申してあろ、青山も泣き枯る時来ると申してあろ、海川も泣枯る時来るぞ。まだきかず我れさえよけらよいと、われよしして御座る人民神々様気の毒来るぞ。  (昭和二一・八・八)

一、金はいらぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、衣類、食べ物、家倉まで変わるのざぞ。  (昭和一九・八・七)

一、日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄(いやさか)の食物あるぞ。人民の食物間違えるでないぞ。(今は猛獣食)。食過ぎるから足らんことになるのざぞ。  (昭和二二・三・三)

一、お土拝(おろが)みて米作る百姓さんが、神のまことの民ぞ。  (昭和一九・一〇・七)

一、今日働いて食わなならん事に皆なりてくるのざから、その覚悟せよ。上に立つ番頭殿、下の下まで目届けておらんと、日本つぶれるぞ、つぶれる前に、そなた達がつぶれるのざぞ、早う改心して誠の政治仕えまつれよ。  (昭和二二・三・三)

(以下次回に続く)

関連記事
『天産自給の原点に還れ(1)』
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天産自給の原点に還れ(1)

日の本(ひのもと)の国は神の国、神の肉体、汚してはならんとこぞ (『日月神示』)

 平成(一八十成ル)という年号に切り替わる2、3年前の昭和61年、『日月神示 日本大預言』という衝撃的な大警世の書が出されました。著者は泉田瑞顕(いずみだ・ずいけん)という人です。
 泉田瑞顕氏はもう故人ですが、世に名高い「第2次大本弾圧事件」(昭和10年「12月8日未明」~)の体験者だった人です。釈放後、「世の大峠」のピークで発動されると言われている「一厘の(秘密の)仕組」に関わる「大本裏神業」に携わって来られた人のようです。

 日本霊学に関心のある人たちにも強烈なショックを与えた同著の続編として翌昭和62年に出されたのが、本シリーズのタイトルとした『天産自給の原点に還れ』(正式には『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』)です。
 両著は章、項目ごとに『日月神示(ひつくしんじ)』『大本神諭(おおもとしんゆ)』『伊都能売(いずのめ)神諭』の一節を掲げ、それに対して泉田氏が解題していくという構成です。

 どちらかというと『日月神示』などをイデオロギー的に捉えた書で、例えば同神示を降ろされた(現代風に言えば「チャネリング」した)岡本天明(おかもと・てんめい)師の奥方の岡本三典(みのり)女史は「まあ、日月神示にこんな読み方があったのかしら」と生前驚いておられたようです。
 その心は、「この筆(ふで)は八通りの読み方ができるのであるぞ」とお示しのように、同神示は読み手の霊的レベルによって「神成る」ために自由自在に活用できる世界最高峰の大福音書であり、このような硬直的な捉え方はすべきでない、という抗議のお気持ちが込められていたようです。

 とは言え、平成25年の今日の日本は、バブル崩壊、9・11(と言う偽ユダヤ・イルミナティ勢力の自作自演)、イラク戦争、グローバル化(と言う獣的競争原理の跳梁跋扈)、3・11(と言う偽ユダヤ・イルミナティによる大環境テロ)を経て、後はТPP参加により悪魔勢力による「第2の占領」を座して待つしかない状況です。
 当時(昭和最末期)とは比較にならないほど混迷を深めている今この時、あらためて読み返してみますと泉田瑞顕師の命の底からの訴えが、四半世紀余の時の彼方から響いてくるようです。

 大変貴重な両著は、とも静雅堂という出版社刊ですが既に絶版でありどなたももう入手できないことでしょう。そこでその“さわり”だけでもと、以下に両著の目次をお示ししたいと思います。
 その前に。『日本大預言』の表紙には簡潔に次のように謳ってあります。

 「太古の時代、悪神の多数決によって地球の東北に当たる日本列島に御隠退になっていた国祖・国常立尊(注 くにとこだちのみこと)が、艮金神(注 うしとらのこんじん)の名において地上現界に御再現になり、三千世界の立替え立直しを宣言されたのは明治二十五年正月であり、所は丹波綾部の本宮山の山麓であった。日月神示は国祖・国常立尊の神示であり、大本神諭の続編である。」

日月神示 日本大預言

    はしがき
    日月神示について
  第一章 神示の世界改造書
  第二章 立体的世界大改造
  第三章 日本の立替え
        一、日本列島は元の国
        二、悪神と悪魔
        三、日本立替えのプログラム
        四、日本立替えの初段階
        五、日本敗戦の予言
        六、一度盛り返してくる
        七、同じ事が二度ある
        八、世界が一つになって攻めてくる
        九、二度目の日本の危機
        十、北から攻めてくる
        十一、日本の二度目の立替え
        十二、無政府時代が来る
  第四章 神権発動
  第五章 日本とユダヤ
        一、神示の立替え立直し
        二、イスラエル民族
        三、日本人の使命
        四、ユダヤ人の使命
        五、日本とユダヤの和合
    あとがき

日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ

    はしがき
  第一章 悪魔の日本占領政策
        一、悪魔の日本上陸
        二、工業貿易立国と日本農業
        三、工業万能主義と国土の破壊
        四、世界一の公害列島
        五、日本民族皆殺しの大陰謀
  第二章 体主霊従国日本の崩壊
        一、国際分業論は悪魔の謀略
        二、日本の農業を滅ぼす悪魔の策略
        三、大食糧難が来る
  第三章 日本立直しの方法論
        一、大都市解体
        二、日本民族の国内大移動
        三、万物神有
        四、国土相応の衣・食・住
        五、日本民族の食体系と言霊
        六、天産自給の原点に還れ
        七、土地為本・天産自給
        八、日本列島大浄化運動
  第四章 至仁至愛(みろく)神政
        一、みろく神政の原理
        二、過渡期の神政
  第五章 産土神(うぶすながみ)について
        (一)
         ~
        (九)
    あとがき

  (以下次回に続く) 

【追記】
 このたび『日本霊学、日月神示』という新カテゴリーを設けました。私自身久しく遠ざかっていましたが、改めて学び直していきたと思います。

 (大場光太郎・記)

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笹目仙人と夏八木勲氏(2)

 -接点などという生易しいものではなく、夏八木勲氏は笹目仙人の後継者だった !-

 大本聖師・出口王仁三郎にしてみれば、その日から3、4日後の昭和10年「12月8日未明」に起きることになった「第2次大本弾圧事件」など百も承知です。なぜなら、「三千世界の立替え、立直し」という深い経綸のため、出口王仁三郎自身が「(当時の)国家が大本を弾圧せざるを得ないように」仕向けたのですから。
 だから笹目師に御神体を託したのは、同事件が起きることを自明の理とした布石だったのです。

 それとともに「大本の御神体をなぜ崑崙山になのか」、それが意味するものを考えてみなければなりません。

 単に第2次大本弾圧事件への対応ならば、長野県の皆神山(みなかみやま)など国内にいくらでも候補地はあったはずです。なのにわざわざ崑崙山頂に。出口聖師は、はるか未来を透視していたのではないでしょうか。「世界五大陸の雛型の国」「世界の霊的中府の国」日本が、その役割を果たせなくなる時が来る・・・。
 なるほど70年余の今日、もはやこの国は並みの国の「ニッポン」であり、国民は単なる「ニッポン人」に過ぎないのですから。

 ・・・こうして出口聖師から重大使命を託された笹目秀和師は、大陸で大本弾圧事件の発生を知り大衝撃を受けますが、気を取り直して、一路崑崙山の麓に隠棲する(当時五百余歳の)シュロ神仙を訪ねる旅に出ます。年が明けて何ヶ月か後、シュロ神仙に会えた笹目師は、「天の鳥船」に同乗して崑崙山頂に連れて行ってもらいました。
 そこに無事大本の御神体を鎮座させることができた笹目師は、同時にシュロ神仙から各種の秘密の修法なども伝授されました。

 その後の笹目秀和師には大苦難が待ち受けていました。戦後間もなくソ連兵に連行され、強制収容所に入れられたのです。
 それも普通の収容の仕方ではなく、厳寒の大晦日に最初入れられたのは、どんな人間でも3日で音(ね)を上げるという「水牢」なのです。早く言えば「水攻め」で、くるぶしまで水につかり放しという拷問です。寝台などなしで一日中その状態で立ち通し、夜はそのまま壁にもたれて寝るしかないのです。

 すぐに水につかった部分の感覚がなくなり何日か経つうちに腐りかけてきます。しかしこの拷問を笹目師は1ヶ月間耐え抜いたのです。それを可能にしたのが、シュロ神仙から教わった「太陽の精気を食(は)む法」でした。牢に一ヶ所30センチ四方の窓がありましたが、そこから1日3分間だけ太陽光線を受けて吸い込むだけで食事を全然与えられなくても生きられ、また全身に精気が循環し腐りかけた足も直ったというのです。
 いつまでも参らない笹目師を見て驚いたのがソ連の看守です。気味が悪くなったらしく水牢から開放してくれ、シベリアの強制収容所送りとなったのです。

 笹目秀和師は計11年4ヶ月にわたってソ連に抑留され、日本に帰還したのは32年(1957年)のことでした。
 帰国した笹目師が最初にやったことは「道院の設立」でした。道院(どういん)とは大正時代に中国で創始された、宇宙神である至聖先天老祖(大乙老人)から降された「地球に危機が迫っているから心せよ」「世界五大教同根」などの教えを実修する組織のことです。

 なおその後の研究の結果、至聖先天老祖とは日本の明治期に大本開祖・出口直(でぐち・なお)にお筆先を降ろした「艮の金神(うしとらのこんじん)」(実は地球国祖・国常立大神)と同一神であることが確認されました。
 実際大正12年に発生した関東大震災以降、出口聖師率いる大本はその実践団体である中国の紅卍会(こうまんじかい)と親密に提携したのでした。

 さて笹目秀和師が道院の拠点として定めたのが、東京奥多摩の大岳山(おおたけやま)山頂でした。笹目師は亡くなるまでこの道院で過ごしたのです。
 と、ここでやっと笹目師と夏八木勲氏との接点を語れる段になります。

 夏八木勲氏は40代と思しき頃、大岳山頂の道院に笹目師を訪ねているのです。
 おそらくその前に同氏は、笹目師の『神仙の寵児』という大著を読み深く感じるところがあったからだと思われます。その時、道院の柵に寄りかかって奥多摩の山々を眺め、笹目師が何事かを夏八木氏に話しておられるようなツーショット写真が、笹目師の著書『モンゴル神仙邂逅記』(115ページ)に載せられています。
 その時のお二人にはどのような感応道交(かんのうどうこう)があったのでしょうか。

ファンタジー-ファイル0024.jpg

 それのみか驚くべきことに、夏八木勲氏は笹目師帰天後の跡を継ぐ多摩道院二代目統首だったのです。そのことを記した貴重なサイト記事がありますので、以下に転載紹介します。

                       * 
夏八木勲さんは1/9の過去記事でも紹介したように笹目秀和老師の弟子で笹目老師が帰天したあと老師の跡を継ぐ道院二代目として神が任命しました。

その夏八木勲さんは死後すぐに神仙界から多くの仙官たちが迎えに降りてきて万霊神岳神界という神仙界に一気に昇仙されたようです(@_@)

普通一般人は死後中幽界に行き49日間そこで過ごしそれぞれの冥界へと旅立ちますが、夏八木さんのような特別の霊は中幽界を飛び越えて一気に昇天します!

夏八木さんは現在師の笹目仙人がいる万霊神岳神界で過ごされています。いずれお役目を頂き人々の為に尽くすでしょうね(^O^)

夏八木さんのように仙縁のある人は死後こうした神仙界に迎え入れてくれるでしょうが、でもごく僅かの人達だけだそうです。どうも生まれた時から決まっているみたいです(>_<)  (転載終わり)
                       *
 だとすると夏八木氏は、
 国常立大神、神素盞嗚尊(かむすさのおのみこと)→シュロ神仙、リョリンライ神仙→出口王仁三郎→笹目秀和→夏八木勲 
と直流する、大変な身魂(みたま)だったわけです。
 あらためて夏八木勲氏への敬愛の念を深く致します。  -  完  -

 (大場光太郎・記)

引用サイト(夏八木勲氏画像も拝借しました)
『ファンタジー』-「★神仙界に昇天した夏八木勲氏★」
http://ameblo.jp/201212-777/entry-11529914032.html
関連記事
『笹目秀和師に託された重要な大本神業』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c6a2.html
『もう一つの「12月8日未明」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-5be6.html

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笹目仙人と夏八木勲氏(1)

 -好漢は好漢を呼ぶ。ナイスガイの夏八木勲氏と笹目仙人との意外な接点-

  5月11日、俳優の夏八木勲(なつやぎ・いさお)氏が鎌倉の自宅で亡くなりました。根っからの役者人生と言うべきで、昨年からすい臓がんを患い入退院を繰り返しながらも仕事を続けていたということです。享年73歳でした。

ファンタジー-ファイル0024.jpg

 慶応大仏文科中退の夏八木勲氏(1939年東京生まれ)の、俳優としての出発点は俳優座養成所だったようです。後に「花の15期生」と呼ばれることになったメンバーの一人で、同期には原田芳雄、林隆三、村井国夫、前田吟、地井武男、栗原小巻、太地喜和子など錚々たるメンバーがいます。

 俳優座養成所卒業後すぐの1966年(昭和41年)、『骨までしゃぶる』で映画デビューし、以後アクション映画、時代劇、やくざ映画やテレビドラマなど数多くの作品に出演してきました。
 代表的作品は、映画『野生の証明』や『戦国自衛隊』、NHK連続テレビ小説『鳩子の海』(1974年)など。また原発事故を題材にした昨年公開の映画『希望の国』での演技が評価され、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。

 夏八木勲氏の数多くの出演作には主演ももちろんありましたが、どちらかと言うといぶし銀のように渋い演技が光る名脇役の印象が強い俳優でした。その飾らない朴訥とした風貌もあいまって、一本筋が通った気骨のようなものを感じ、私としては好きな俳優の一人でした。
 地井武男氏、三國連太郎氏などの訃報もまだ新しいのに、惜しい名優がまた一人逝ってしまったか、との感を深くします。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 と、俳優としての夏八木勲氏はどなたもよくご存知でしょうからこのくらいにして、ここからは同氏と意外な人物との接点について紹介していきたいと思います。

 意外な人物とは、過去に何度か当ブログでも取り上げてきた「笹目仙人」こと笹目秀和師です。
 笹目秀和(ささめ・しゅうわ)師については「初めて聞いた」という読者の方も多いかと思われます。そこで少し長くなりますが、以前の『笹目秀和師に託された重大な大本神業』の要約などから、夏八木勲氏との接点に至るまでをざっと見ていきたいと思います。

 笹目秀和師は中央大学法科の学生だった大正時代後期、一人で中国大陸旅行に出たことにより運命が激変します。
 まず白頭山(ペクトゥサン)の天池(チョンジ)の洞窟に隠棲していた当時二百余歳のリョ・リンライ神仙に逢い、東亜の大地における同師の重大使命を告げられます。

 「蒙古の地が汝(なんじ)を待っている」とのリョ神仙の言に従い、ただちにモンゴル平原に向かいました。かの地で王族の血を引く女性と義母子の契りを結ぶなど数奇な巡り会いを重ねながら、モンゴル国独立の礎となる人材育成に同地、中国、日本を奔走することになるのです。

 獅子奮迅の働きの結果、モンゴル人の優秀な留学生6人を日本に連れてきて早稲田大学などに送り込むことに成功しました。その過程で多大な援助を受けたのが大本聖師の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)でした。
 大陸に戻るにあたって笹目師は、お礼のため京都は綾部の大本教団本部を訪ねました。時に昭和10年12月初旬。なぜか笹目師の来訪を知っていた出口聖師やその補佐役の出口日出麿(でぐち・ひでまる)師から重大な大本神業を託されます。

 「大本の御神体」を崑崙山頂のある場所に埋めてきていただきたい、というのです。恩人から「これを頼めるのは、笹目さん、あなたしかおらんのや」とまで言われれば断るわけにいきません。
 それにかの地で笹目師を待っているというシュロ神仙は、かつてリョ神仙から「12年後に会うことになる」と言われており、この時がちょうど12年目だったのです。
 幾重にも折り重なった神界の深いはかり事と言うべきです。  (以下次回に続く)

 (大場光太郎・記)

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笹目秀和師に託された重要な大本神業

 -「地球の裏表がひっくりかえるようなときがくる」という事態が本当にあるのか?-

 いつぞや取り上げました笹目秀和著『モンゴル神仙邂逅記』を読んで、笹目師の正真正銘の波乱万丈伝の一端を知ると、今の世で喧伝されている人たちはせいぜい“波乱百丈”くらいに思えてしまいます。
 その全部をご紹介することはとても出来ません。今回は私が特に注目しているエピソードだけに絞って見ていきたいと思います。ただそれではいかにも不親切ですから、そこに至るまでの師の略伝を簡単に箇条書きにしてみます。

 (1)笹目秀和師は、中央大学法学部の学生だった大正13年(1924年)の夏(22歳)、単身中国大陸旅行に出かけた。
 (2)その旅行中一人の“道士”と出会い、(現在の北朝鮮と中国の境にある)白頭山(ペクトゥサン)山頂の天池(チョンジ)付近の洞窟に棲む呂霊来(リョ・リンライ-「来」は正確には来を二つ並べる)神仙の命により「あなたを迎えに来た」と告げられる。
 (3)道士の先導で難路を克服して白頭山の洞窟にたどり着いた笹目師は、“207歳”の呂神仙から、笹目師と天池との三千年来の関係や、今後師が果たすべき使命などを伝えられる。
 師は普通の人のような生涯は送れず、日本という国のカルマ(業)を背負って、常人には到底耐えられない苦難を味わわなければならないというのである。
 (4)呂神仙は続けて、「北西の方向の(モンゴル)遊牧民を救済する手段を講ずることが汝の使命である」と告げ、さらに十二年後に崑崙山に行くことになると予言した。
 (5)呂神仙に「使命を果たす」ことを誓った笹目師は、モンゴル平原へと向かう。その過程で、王家の血筋を引く貴婦人と義母子の契りを結ぶなど、多くの数奇な出会いを経験しながら、何年もモンゴル国内や日本や北京を奔走する。
 (6)笹目師の最終目標はモンゴル独立運動を起こすことである。その前段階として優秀なモンゴルの少年たちを日本に連れてきて、東京で正規の教育を受けさせることを企画する。
 (7)その目的のため日本で奔走中、大本聖師・出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)と巡り合い、窮地に陥った際援助を受け、彼らを無事早稲田大学などへ就学させることに成功する。(彼らの多くは後に母国に帰り、モンゴル独立運動の中心的存在になっていく。)

 …昭和10年(1935年)12月4日。堂々たる30代になっていた笹目秀和師は、再び大陸に向かう直前、何ものかに呼ばれるように、京都の綾部(あやべ)の大本教本部に出口聖師を訪ねます。
 出口聖師と会うなり、次のような謎の言葉を言われます。
「ご苦労さんやなあ、笹目さん、今度のご神事はわたしの代わりに行くんやさかえ、しっかり頼みまっせ」
 続いて、笹目師の活動を妨害している、「金毛九尾(きんもうきゅうび)の狐」の凄まじい魔障と『霊界物語』との関連について、解説を受けたりしました。

 それからの次第は、少し長いですが『モンゴル神仙邂逅記』の原文を引用させていただきます。

                       *
「あんたはん、いつ発たれますか」
 わたしがまだなんの説明もしていないのに、突然そうたずねられた。モンゴルにいつ行くかという問いである。
「今夜にも発ちたいと思っています」
「今夜は日出麿(ひでまる-注 3代目の女婿で聖師の補佐役)との出会いが必要だっせ。崑崙山に納まり願うご神体、夜半に勧請(かんじょう)しておきますさかえ、ゆっくり休まれて、明日の朝きておくれやす」
 ということなので、その夜は、夕食は王仁三郎師ご夫妻とともにし、宿泊は日出麿邸ということになった。
 八時すぎに、祖霊社の近くにある日出麿師の住居にお伺いすると「待ってましたがな、早うおあがりやす」と、気軽に迎えてくれた。
 しかし、お茶などいただいたのちは、きびしい口調になり、
「西北の天地は暗雲低迷していて、ご神業の展開は容易なことではない。けれどもあなたをおいてはこの任務を遂行できる人は見当たりません。だからあえていばらの道を押し進んでもらうよりほか、ないですね。任務のかなめは、崑崙山中に大本のご神体を納めてくることです。主神(すしん)はあなたに絶大な期待をかけておられますから、自重してください」
 つまり、わたしに大本のご神体を託すから、崑崙山にお鎮めしてこいということなのだ。
 突然の話である。それを当然のことのように言われるのは、どうしたことだろう。わたしが今日、ここにくるのがわかっていたようではないか。
「白頭山の呂神仙のおっしゃることには、寸分の間違いもないでしょうね」
「あの仙師は、素尊(注-神素盞嗚尊・かむすさのおのみこと)の御代様として降臨しておられ、いっさいの俗を離れておられる方ですから、言語動作に寸毫(すんごう)の誤りもないことを断言します」
「十二年前に命じられた崑崙山行きを決行するわけですが、大本のご神体のことと、使命は別ですか」
「いずれも素尊からでていることで、決して別のことではありません」
 そのほかに細かいことをいくつかたずねた。最後に日出麿師はこういって哄笑された。
「やがて地球の裏表がひっくりかえるようなときがくると、大本神業の地場が崑崙山中に移らないともかぎらないからね」
 その笑い声はわたしの腹の底にしみ通った。日出麿師のこの言葉が何を意味するか、おそらく百年後でなければだれにもわからないであろう。

 翌朝は未明に起きて、鶴山に登っていった。王仁三郎師はすでに起きて、玄関に立ってわたしを待ち受けておられた。
「笹目さん、これが大本のご神体です。崑崙山の神仙があなたのくるのを待っておられるはずですから、その案内に従い、その指示するところに、このまま埋めてください」
 そう言って渡されたものは、直径六センチ、長さ三十センチくらいの孟宗竹に密封され、全体に黄色の漆が塗られていた。
「確かに使命を果たさせていただきます。なにか、尊奉すべき言葉がございますか」
「なにもない。ただ口外を慎むこと」
 この聖師のお言葉に千金の重みを感じた。
 竹の筒からは、紫色の光彩が放たれているように感じられた。  (引用終わり)

                       *
 
 こうして出口聖師から「大本のご神体」という途方もないものを託された笹目秀和師は、その日のうちに大陸へと発ち、“齢500歳”という疏勒(シュロ)神仙の棲む崑崙山へと向かうことになるのです。

 そして、ご神体を預かった日から3日後の昭和10年「12月8日未明」、日本のその後の歩みにとって極めて重要な意味を持つ「第二次大本弾圧事件」が起きたのです。

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『笹目秀和「モンゴル神仙邂逅記」(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-d518.html

 (大場光太郎・記)

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新嘗祭と天皇

 -新嘗祭の簡単な意義と、同祭への天皇陛下ご欠席についての少考です-

 きょう11月23日は勤労感謝の日です。この祝日の意義については、昨年の『勤労感謝の日に思うこと』などで述べてきました。そこで今回は取り上げません。
 今回は天皇陛下のご病状との関連で、同日に行われる宮中祭祀について考えてみたいと思います。

 11月23日は「新嘗祭」(通常の読み方は「にいなめさい」、他に「にいなめのまつり」「しんじょうさい」とも)という宮中祭祀が執り行われる日でもあります。起源は飛鳥時代頃からとかなり古く、戦後の昭和23年(1948年)から国民の祝日として施行された勤労感謝の日は、戦前の新嘗祭が装いを変えたものなのです。
 新嘗祭は宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われ、祭主である天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんしんちぎ-天地の神々)に勧め、また自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する儀式です。
 収穫祭は世界的に広く見られます。特に戦後日本にとって、米国の「Thanksgiving Day(感謝祭、収穫感謝祭)」(11月の第4木曜日)はおなじみです。

 我が国は稲作が始まった縄文時代末期以降戦後の高度経済成長までの2千年以上、農耕社会が連綿と続いてきました。その土台の上に、古代天皇家が祭祀化する以前から、各地で五穀の収穫を祝う風習がありました。
 その伝統から言えば、古墳時代に大和や畿内の諸豪族を束ね、次第に中央集権的王権を確立していった天皇とは、本来的性格として「自然(ビュシス)王」であり「農業王」だったのです。そこで重要な意味を持つのが、その年の五穀の収穫を祝う各地のお祭りです。
 古代天皇家は自然王、農業王としての基盤を磐石なものとするため、各地の収穫祭を天皇家が集約的に一元化する祭祀を意図したと考えられます。「五穀の収穫を制する者が国を制す」だからです。

 新嘗祭が文献上初めて登場するのは歴史書『日本書紀』からです。同書中の、皇極天皇元年(642年)11月16日(同月2番目の卯の日)に新嘗祭を執り行ったという記述が最初です。有名な大化の改新(645年)の3年前のことです。
 律令制度のもと、11月の2番目の「卯(う)の月」に新嘗祭を行うよう規定されました。なお新天皇が即位した最初の新嘗祭を特に「大嘗祭(だいじょうさい)」と呼び、天皇の即位を天下に広く知らしめる大きな祭典となっています。

 今日のように11月23日に変わったのは明治以降です。近代国家を装う以上日にちを固定する必要が生じ、新嘗祭のこの日を国民の祝日と定めたのです。
 戦後の昭和23年(1948年)から「勤労感謝の日」と名を変え、「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」日と、我が国の新嘗祭と米国の感謝祭を折衷したような意義が賦与されました。

 以上簡単にみてきたような歴史と意義を有する新嘗祭。今年は大変残念ながら、ご病気の快癒に至らず今上陛下のご列席は適わない状況です。

 新嘗祭の意義について特に重要なのは、「天皇が五穀の新穀を天神地祇に勧め、また自らもこれを食し」という事です。これは「神人共食」と言われている秘儀です。祭祀中に神殿で、不可視の神々と天皇が共食するというところに深い意味があるのです。
 それは本来余人には替えられないものです。なぜか?天皇は即位の儀式の中で特別に「天皇霊」が賦与されるとされているからです。だから天地の神々の地上代行者は時々の天皇しかいないのです。

 とは言え今上陛下は現在も東大病院にご入院中とみられます。さほど深刻なご病状ではないにせよ、新嘗祭は夕方から始まり深夜にまで及ぶ長時間激務です。同祭祀の意義など陛下ご自身が痛いほどお分かりでしょうが、今後の差し障りとなっては大変です。

 今回のご病気は気管支炎などと報道されていますが、3・11大震災と直後の福島原発事故という立て続けに起こった未曾有の災害・事故へのご心痛からではないのか?と、私は密かに考えています。
 3・11以降の社稷を預かる者たちが、どれもこれも私利私欲に凝り固まった不忠の者たちばかりで。あるのは己の政権維持の念のみ、国を憂う心も国民を思う心もかけらもありはしません。
 これでは陛下のお心が休まることがありません。

 私たち人間にとって「自然」は想像以上に大切です。今日のように食糧自給率40%という、先進各国でも異常なほどの立派な(?)脱農業社会へと変貌しようと、私たちは「自然の法則」から逃れることは決して出来ません。
 ですから天皇が、昔も今も自然の力を国民に媒介する自然王、農業王であることに変わりありません。時代に合わせて、天皇が「ハイテク王」に変身するなどあってはならないのです。

 言うまでもなく、私たちの“身魂(みたま)”にとって「食」は極めて重要です。古来我が国で言い伝えてきたことの一つは「身土不二(しんどふに)」が大切だということです。身近な土地で取れた五穀、野菜類を食するのが、一番理に適った健康法なのです。
 それともう一つ言えば。日本と米国・豪州などとは「大地の気」が根本的に違います。大本聖師・出口王仁三郎はずっと昔、「日本は陽の国、アメリカは陰の国。お土の成分がまるで逆なのじゃ」と言い切っていました。

 アメリカで同じコシヒカリを育て日本に持ってきても、本場コシヒカリとは似て非なる「マイナス・コシヒカリ」なのです。小麦、大豆、牛肉など他のすべての食品がそうです。こんなものをせっせと食べ続ければ早晩病気漬けになること請け合いです。
 それに加えてロックフェラー系の巨大企業・モンサント社は、自然の摂理に反する遺伝子組み換え食品を日本で大量に流通させることを画策しています。同社は元々ベトナム戦争時の枯葉剤で大もうけした、血も涙もない“レプティリアン”冷血企業です。
 こういうことが、ТPP参加後の日本に待ち受けている事態の一端なのです。

 「このままでは日本と日本人は滅亡ざぞ」
 今回の天皇陛下の新嘗祭ご欠席は、「日月の神」など天地の真の神からの警告なのではないでしょうか。

 天皇陛下の一日も早いご快癒と、皇室の幾久しい弥栄(いやさか)を心よりお祈り申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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