-今回は、阿修羅掲示板で現在拍手ランキングトップ独走中の投稿記事を以下に紹介する。3月いっぱいでNHK名番組の一つ(だった)『クローズアップ現代』のキャスターを降板した国谷裕子氏のインタビューに関するリテラ記事である。誰がどう見ても降板理由は、一昨年の集団的自衛権閣議決定直後の菅官房長官生出演時の国谷キャスターの鋭い質問に菅が怒り心頭、直後すぐさま官邸からNHK上層部にクレームが入った“事件”によってである。国谷氏はそのことについてもインタビューで答えており、その時の質問概要も記事で紹介している。この事件については当ブログでも取り上げたが、国谷氏の突っ込みは確かに鋭い、しかしこれは国民誰しもが知りたがっている事を代表して菅にぶつけたに過ぎないのだ。こんなことで一々クレームをつけられたら本当に「テレビキャスターやってられない」といったところだろう。とにかく安倍も菅もそれ以降も各テレビ番組に圧力をかけまくったきたわけだが、つくづく知性のかけらもない連中だと軽蔑の念を禁じえない。今、安倍官邸は報道管制について以前より静かになったように見受けられる。しかしこれは今はただ単に鳴りを潜めているに過ぎないのだ。一つは国連・表現の自由査察官が来日中でわが国の表現の不自由度の調査を開始している事が挙げられる。そしてもう一つの大きな要因は今夏の参院選or同時選がらみである。既にスキャンダルまみれの上、さらに報道機関への官邸圧力云々で国民有権者の票をこれ以上逃がしてはいけないという読みがあるのだろう。しかし静かなのは今だけである。もし仮に今夏国政選挙で自公を勝利させる事があれば、いよいよウルトラナチス政権の本性むき出しで今まで以上に何もかにもやってくるに違いないのだ。水面下では本丸のネット規制の下準備をしているというが、言論統制・言論封殺そのとおりである。なお、この問題に関連して国谷氏は「メディアの同調圧力」について鋭い指摘をしており、メディアのみならず付和雷同しやすい島国国民性として私たちも耳傾けるべきである。国谷キャスターであるが、阿修羅コメント氏たちの間でも野党共闘からの立候補を望む声が強いようである。これはご本人の意思次第であるが、私もそう要望したいと思う。自民党の丸川、丸山、島尻、三原、山東、橋本といったアホダラタレント出身議員らとはおよそモノが違う。持ち前の知性で国会議員として自公政権のダメさ加減を国民に周知・アピールしていただきたいものである。 (大場光太郎・記)-

『クロ現』降板の国谷裕子が問題の菅官房長官インタビューの内幕を告白! 「メディアが同調圧力に加担」との警鐘も(リテラ)
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/469.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 4 月 14 日 21:55:55
http://lite-ra.com/2016/04/post-2160.html
2016.04.14. クロ現』降板の国谷裕子が圧力を語る リテラ
安倍政権からの圧力によって、23年間キャスターを務めてきた『クローズアップ現代』(NHK)を3月で降板した国谷裕子キャスター。最後の放送以降、国谷氏はメディアに姿を現していないが、じつは降板後初となる文章を、現在発売中の月刊誌「世界」(岩波書店)5月号に寄せているのをご存じだろうか。
しかも、国谷氏はこの寄稿文のなかで、あの“事件”についても言及。それは国谷氏のキャスター降板にいたるきっかけとなったと言われている、2014年7月に『クロ現』で行った菅義偉官房長官へのインタビューだ。
この日の放送は、閣議決定されたばかりだった集団的自衛権の行使容認について政権の要である菅官房長官に話を聞くという主旨だった。官邸としては格好の説明の場だと踏んだのだろうが、しかし、キャスターの国谷氏は厳しい質問を繰り出し、菅官房長官ならびに官邸は激怒。その後、政権側は『クロ現』のやらせ問題を隠れ蓑にして圧力を強め、最終的に国谷氏のキャスター降板まで追い詰めた。
それにしても、メディアへの圧力担当ともいえる菅官房長官に生放送で相対し、国谷氏はどのような心構えで挑んだのか。その思いを、国谷氏はこのように綴っている。
〈インタビュー部分は一四分ほど。安全保障にかかわる大きなテーマだったが与えられた時間は長くはなかった。私はこの憲法解釈の変更に、世論の中で漠然とした不安が広がっていることを強く意識していた。視聴者はいま政府に何を一番聞いてほしいのか。その思いを背に私は何にこだわるべきなのか〉
そして国谷氏は、菅官房長官に集団的自衛権の行使にかかわる問題点を次々に質した。──このときの国谷氏の質問内容はいずれも正鵠を射るものだった。国谷氏の仕事ぶりを振り返るためにも、以下に並べよう。
「確認ですけれど、他国を守るための戦争には参加しないと?」
「なぜ今まで憲法では許されないとしてきたことが容認されるとなったのか、安全保障環境の変化によって日米安保条約だけではなく集団的自衛権によって補わなくてはならない事態になったという認識なのでしょうか」
「憲法の解釈を変えるということは、ある意味では、日本の国のあり方を変えることにもつながるような変更だと思いますが、外的な要因が変わった、国際的な状況が変わったということだけで本当に変更していいのだろうかという声もあります」
「非常に密接な関係のある他国が強力に支援要請をしてきた場合、これまでは憲法九条で認められないということが大きな歯止めになっていましたが、果たして断りきれるのでしょうか」
こうした質問に対し、菅官房長官は「日米同盟の強化によって抑止力が高まる。それによって武力行使をせざるをえなくなる状況は大幅に減少する」などと詭弁を弄したが、国谷氏は一歩も引き下がらず、「戦争というものは、自国の論理だけでは説明しきれない、どんな展開になるかわからない危険を持っています」と指摘。菅官房長官の答えは「こちらから攻撃することはありえないです」の一点張りだった。
そうして残り時間がわずかとなったところで、菅官房長官は「国会審議のなかで国民に間違いなく理解していただけると思う」と主張。だが、国谷氏はこのとき、もう時間は少ないと理解しつつも〈再び問いを発していた〉という。それは、こんな質問だった。
「しかし、そもそも解釈を変更したということに対する原則の部分での違和感や不安はどうやって払拭していくのか」
この問いかけに、菅官房長官は「四二年間たって世の中が変わり、一国で平和を守る時代ではない」と言い、そのまま放送は終了した。国谷氏は〈生放送における時間キープも当然キャスターの仕事であり私のミスだった〉と振り返っているが、同時に、なぜ時間がないなかで、菅官房長官にさらなる質問を重ねたのか、その理由も述べている。
〈なぜあえて問いを発してしまったのか。もっともっと聞いてほしいというテレビの向こう側の声を感じてしまったのだろうか〉
国谷氏が貫いたキャスターとしての矜持。当然、国谷氏もこのインタビュー後にどんな事態が起こるか、そのときすでに理解していたのだろう。事実、国谷氏は、〈批判的な内容を挙げてのインタビューは、その批判そのものが聞き手の自身の意見だとみなされてしまい、番組は公平性を欠いているとの指摘もたびたび受ける〉と綴っている。
だが、視聴者の「知る権利」を守るための「公平性」とは、そのようなものではない。国谷氏はこうつづける。
〈聞くべきことはきちんと角度を変えて繰り返し聞く、とりわけ批判的な側面からインタビューをし、そのことによって事実を浮かび上がらせる、それがフェアなインタビューではないだろうか〉
テレビというメディアの特性は映像がもつ力にある。しかし、それに頼ってばかりでは視聴者の想像力を奪ってしまう。だからこそ、国谷氏は『クロ現』において「言葉の持つ力」を大事にしてきた、という。さらに、国谷氏がめざしたのは、“一見わかりやすいことの裏側にある難しさ”を提示するということだった。国谷氏のそんな「こだわり」が発揮されたのが、インタビューだったのだ。
だが、番組づくりを通して国谷氏が直面したのは、〈人気の高い人物に対して切り込んだインタビューを行なうと視聴者の方々から想像以上の強い反発が寄せられるという事実〉だった。これを国谷氏は“日本の社会に特有の、インタビューにたいする「風圧」”と表現する。
風圧を最初に感じたというのは、1997年にペルーの日本大使館で派生した人質事件の後、来日したフジモリ大統領に行ったインタビューだった。インタビューの中心は“人質救出にいたったフジモリ大統領の決断”ではあったが、国谷氏はそれだけでは終わらせず、「憲法改正による大統領権限の強化や任期延長に疑問を呈した最高裁判事を解任するなど、大統領の手法が独裁的になってきたという声が出ているが」と質問した。
結果、これが視聴者から多くの批判を受けることになった。その抗議の中身は〈日本人を救出した恩人に対してなんと失礼な質問をしたのかという趣旨のもの〉だったという。
〈当時、人質を救出したフジモリ大統領に感謝したい、日本の恩人だという空気が広がっていた。そういう感情の一体感、高揚感のようなものがあるなか、大統領が独裁的になってきているのではとの質問は、その高揚感に水を差すものだった。しかし、大統領という人物を浮き彫りにするためには、ペルー国民の批判について直接本人に質すことは必要なことだった〉
同調圧力と言うべき批判に対し、しかし国谷氏はインタビュアーとしての姿勢を曲げなかった。
〈世の中の多くの人が支持している人にたいして、寄り添う形ではなく批判の声を直接投げかけたり、重要な点を繰り返し問うと、こういった反応がしばしばおきる。しかし、この人に感謝したい、この人の改革を支持したいという感情の共同体とも言うべきものがあるなかでインタビューする場合、私は、そういう一体感があるからこそ、あえてネガティブな方向からの質問をすべきと考えている〉
ところが、この同調圧力はどんどんと強まる一方だ。国谷氏はこの寄稿文のなかで〈メディアまでが、その圧力に加担するようになってはいないか〉と疑問を呈しながら、武田砂鉄氏の著書『紋切型社会』(朝日出版社)のなかで取り上げられている「国益を損なう」という言葉を拾い、このように述べている。
〈この言葉もとても強い同調圧力を持っている。本来ならば、どう具体的に損なうのかと問うべきときに、その問いさえ国益を損なうと言われてしまいそうで、問うこと自体をひるませる力を持っているのだ〉
同調圧力が強くなれば、その一方で〈少数派、異質なものの排除〉は進んでいく。そんな時代にあってメディアが果たすべきは、異質なもの、少数の声を掬い取ることや、大きな声に覆い尽くされて見えにくくなっている問題をあぶり出すことだろう。そう、国谷氏が『クロ現』でこだわってきた“一見わかりやすいことの裏側にある難しさ”を提示する、という仕事が極めて重要な意味をもつのだ。
しかし、その国谷氏は政治的圧力によって番組を降板させられてしまった。そしてこの、政権が報道を意のままに操るという異常事態を引き起こしてしまった一因には、メディア自体がジャーナリズムの使命よりも既得権益を守るべきという同調圧力に支配されている問題がある。だが、政治的な問題を個人的な問題へと矮小化させ「自己責任」と切り捨てる空気や、それに伴う「政治的な話題は口にすべきではない」という空気、そうした社会に流れる同調圧力も無関係ではないはずだ。
国谷氏はこの論考で、〈直接情報を発信する手軽な手段を誰しもが手に入れ、ややもすればジャーナリズムというものを“余計なフィルター”と見なそうとする動きさえ出てきている〉と分析し、それ故に〈人々の情報へのリテラシーを高めるためにも、権力を持ち、多くの人々の生活に影響を及ぼすような決断をする人物を多角的にチェックする必要性はむしろ高まっている〉と指摘している。
国谷氏が去り、さらには膳場貴子、古舘伊知郎といった職分を果たそうとしたキャスターたちも報道番組から消えた。いまや帯の報道番組は、無難を至上命題にするキャスターと本質をはぐらかそうとする解説者による、政権の広報番組かのような状態だ。もし、国谷氏がいう“権力者を多角的にチェックする”というメディアの使命がこのまま失われてしまえば、この国は民主主義国家とは名乗れなくなる。さらには、いまがそんな危機的状況にあることさえ、多くの人は気づいていない。
国谷氏からの警告ともいえるこの文章を、放送人をはじめとするメディアに携わる人々は、ぜひ心して読んでほしいと思う。
(水井多賀子)

(で、リニューアルしたという新クロ現のポスター。なんじゃこりゃ。「オバサンAKBもどきクロ現」か?籾井NHK、国民視聴者をナメてんじゃねえぞ!)
(以下、阿修羅投稿コメントより)
1. 2016年4月14日 22:21:48 : yBQkrRTumA : UvxNb8gKnf4
日本は「予定調和」にとらわれて 革新的変化に対応できなくなっている
===
予定調和が正しければ問題ないのだが どうも 方向性が古くて 後ろ向きになっている
ただ 時代は変わる必要があって 21世紀は 20世紀の延長にはなくなった
===
頭の古い 日本人には 突然押し寄せる変革によって 苦しむ人が増えそうだ
3. 2016年4月14日 23:15:43 : VrsnFgsR4w : kOLScwLImlw
国谷さん、もうNHKはやめて市民の立場で野党共闘から立候補して下さい。
当選は間違いありません。NHKの応援は要りません。
4. 2016年4月14日 23:29:32 : YK06n7h2As : DQzf6iJK_Aw[1]
国谷裕子さんという優秀なインタビュアーであったジャーナリストを降板させる意図は国民に真実を悟られたくないと言う政府の国民への情報隠ぺい目的が高いからです。
もはや隠蔽しなければならないほどの、不正、不法行為、癒着、売国で泥まみれに浸潤し尽くされた腐りはてた政権となってしまっているからです。
7. ワニ子[20] g4@Dao5x 2016年4月15日 04:18:28 : UiOd73SM7Q : qQyRgFPQKS0[23
>>3
ぜひ立候補して欲しいですね
実現すれば安倍にとってはヤブヘビになる
真っ当な国民にとっては痛快この上ない
9. 2016年4月15日 10:16:41 : tEK4pAjrx6 : lTMTG97YICM[1]
クロ現元キャスター、国谷裕子さん あの菅官房長官インタビューを語る
2016/04/08 12:03 BuzzFeed
強まる「同調圧力」。メディアは加担していないか。
NHKクローズアップ現代の元キャスターで、先月降板したばかりの国谷裕子さんが論壇誌「世界」5月号に寄稿し、23年間のキャスター生活を振り返った。
タイトルは「インタビューという仕事」。
その中で、国谷さんは少数派や異質なものを排除しようとする「同調圧力が強くなってきている気がする。流れに逆らうことなく多数に同調しなさい、同調するのが当たり前だ、といった圧力。そのなかで、メディアまでが、その圧力に加担するようになってはいないか」と書く。
岩波書店「世界」5月号より Satoru Ishido / BuzzFeed
https://img.buzzfeed.com/buzzfeed-static/static/2016-04/7/22/enhanced/webdr02/enhanced-mid-3115-1460084095-1.jpg?no-auto
国谷さんがこだわってきたのは「言葉の持つ力」。インタビューという仕事だった。キャスターとして「最初に抱いた疑問を最後まで持ち続け、視聴者の思いを掬い取り、納得がいくように伝えるということが大事だ」という。
問いを発する理由 フェアなインタビューとは何か。
例示されたのが、集団的自衛権の部分的行使を可能したことについて、菅義偉官房長官に問うたインタビューだ。この放送は菅長官周辺から抗議があり、降板の伏線になったのでは、という声もあがったいわくつきのインタビューだ。
時間は14分弱。大筋は、ホームページで確認できるが、カットされた部分がある。
国谷さんが番組の最後、残り30秒を切った時、「しつこく」問いを発した箇所だ。
国谷さん「しかし、そもそも解釈を変更したということに対する原則の部分での違和感や不安はどうやって払拭していくのか」
菅官房長官が答えようとした時に、番組は終わった。時間も少ないのに、なぜ問うのか。
「日本では、政治家、企業経営者など説明責任のある人たちに対してでさえ、インタビューでは、深追いはしない、相手があまり話したがらないことは、しつこく追及しないのが礼儀といった雰囲気がまだ残っている。(中略)批判的な内容を挙げてのインタビューは、その批判そのものが聞き手の自身の意見だとみなされてしまい、番組は公平性を欠いているとの指摘もたびたび受ける」。
こうした批判を受けてもなお、必要なフェアなインタビューとは何か。国谷さんはこう書く。
「聞くべきことはきちんと角度を変えて繰り返し聞く、とりわけ批判的な側面からインタビューをし、そのことによって事実を浮かび上がらせる、それがフェアなインタビューではないだろうか」
「問いを出し続けること」
だからこそ、クローズアップ現代では、NHK批判の声も避けなかった。2014年3月、国谷さんは駐日米大使、キャロライン・ケネディさんへのインタビューでこう語った。「日本とアメリカの関係は、安倍政権の一員、それにNHKの経営委員や会長の発言によって影響を受けていると言わざるを得ません」。
キャスターとは何か、国谷さんの言葉は核心へと向かう。
「(キャスターの仕事とは)問いを出し続けることであったように思う。それはインタビューの相手にだけでなく視聴者への問いかけであり、そして絶えず自らへの問いかけでもあったような気がしている」。
https://www.buzzfeed.com/satoruishido/yuko-kuniya#.lh6yrbA83
10. 2016年4月15日 10:57:45 : FbEMRsJQgo : nazw6SZ77L4[26]
3さん、私もそう思います。
与党も与党だが、野党が更にだらしない今の状況を変えて欲しい。
野党は何をしている。
こんな強力な候補者はないだろうに。
是非とも野党統一候補として立候補して欲しい。
(以上転載終わり)
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