【深刻!】日本語の問題文が理解できない中学生が43%&京大NO1教官が教える「勉強することのホントの意味」

-「漢字読めない、書けない」の「#安倍過ぎる」政権そのものが最たる悪例だと思われるが、「教育の良し悪し」は国の将来を左右する重大問題である。当たり前ながら、子供たちの教育成果レベルが高ければ国の発展は保証され、その逆なら国は衰退の一途をたどる。そこでなのだが、今この国の教育は深刻な状況にあるという。1番目転載の『半歩前へ』氏文がその現実に鋭く迫っている。中学生への問題に対して、易しいはずの日本語文が理解できないというのだ。質問文の文意が理解できずにどうして正解が導き出せようか。どうしてこうなってしまったのか。当ブログでも以前から指摘してきた処だが、子供たちに「本を読む」習慣がついていなかったからだと、半歩前へ氏も述べている。こんな子供たちの大量生産では「国際競争力」どころの話ではない。安倍晋三の「中国包囲網」は完全に破綻したが、人口15億人ともいわれる中国には潜在的に東大クラスが1千万人以上、早慶クラスだと数千万人以上いるという推計もある。中国は多くの面で既に日本を追い抜きつつあるが、今後彼我の差は開く一方だろう。

 翻って、次の転載文は、「出来る子たち」を対象とした、京大NO1教官による「勉強することのホントの意味」についての講演内容である。対象生徒は中高一貫校の大阪四天王寺校の女子中学生たち。ちなみに同高校は70~72の超高偏差値である。近年は格差社会どころか「階級社会」とまでいわれているが、多くの落ちこぼれ生徒たちをよそに少数の「出来る子」たちも確実に存在するわけである。ここでの最大の問題は、落ちこぼれと出来る子は「親の年収」に比例する、よって階級化が何代にも渡って固定化される懸念があるということだ。が、これはまた別の深刻な社会問題になるので、ここでは触れない。いずれにせよこういう優れた講演が聞け、かつそれを咀嚼できる能力がある子たちは、そこから自分の将来についての重要なヒントを掴めもするのだから幸せである。児童・生徒のみならず、「自己啓発は生涯に亘るワークである」とか「成長に終りはない」といわれる。京大瀧本教官が同校生徒たちに語った内容は、私たち大人も噛みしめて味わうべき内容ではないかと思われる。 (大場光太郎・記)-

【追記】
 是非少し触れておきたいと考えていた事を書き忘れた。滝本教官は、「でも実は、皆さんが今学校で習っているのも、ハリーたちと同じ『魔法』なんです」と述べている。これはこれで大正解の表現だと思う。が、私はさらに「今学校で習っているのは『オカルト』なんです」といいたい。ここでのオカルトとは「隠された知恵」という(正式の)意味である。今は小学校レベルでも、100年前の人たちからすれば十分オカルティクな内容を日々教え、学んでいるのである。

【よく噛みしめたい名言】

「学ぶ力の背景としての国語力のあるなしで、他の教科の理解力も違う。数学も物理でも、深く踏み込んでテーマの真髄に近づいていこうとする力こそが国語力。それは「生きる力」と置き換えてもいい。」(灘校「奇跡の授業」の故・橋本武先生談)

深刻!日本語の問題文が理解できない中学生が43%!
http://www.asyura2.com/17/senkyo237/msg/207.html
投稿者 赤かぶ 日時 2017 年 12 月 15 日 01:18:05
http://85280384.at.webry.info/201712/article_132.html
2017/12/15 01:00 半歩前へ

▼深刻!日本語の問題文が理解できない中学生が43%!

 多くの中、高生が優しい日本語の文章が理解できない。国立情報学研究所の調査結果で明らかになった。「文章が理解できない」?つまり意味がわからないというのだ。由々しき出来事である。

 文科省は英語を来年4月から小学3年と4年で必修科目とする。進む国際化への対応だそうだ。しかし、肝心の日本語が分からないで英語重視と言うのはいかがなものか? どの国でも母国語を理解出来た上での外国語ではないのか。

 日本語の問題文が理解できない実例を挙げよう。問題は中学教科書からの引用だ。

 「幕府は1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」が、同じ意味かどうかを尋ねた。

 これを「同じ」と、間違って答えた中学生が43%もいた。高校生でも28%が不正解だった。こんな短い日本語が理解できない。しかもテストの問題文だ。これでは救いようがない。社会に出て、どうするのか?

 例えば新型のスマホを買うにしても、契約書や説明書が付いている。何が書いてあるか分からなければお話にならない。「読解力不足」では済まない。

 なぜ、こんな“未完成品”が多いかと言うと、子どものころから本を読む習慣がなかったからだ。親が子供に本を与えない。そんな家庭で育った子供は理解力が著しく劣る。

 そのまま成長すれば中、高生になっても“未完成品”だ。なぜ、そんな子供が高校に進学で来たかと言えば、少子化の中で「生徒の質は問わない」と言う高校が少なくない。

 大学にも「自分の名前だけ書ければ合格」と言うところがある。商売だから授業料さえいただければOKだ。

 このように幼児期に本と親しむか否かで将来、大きな知的格差が生まれる。日本語で書いた文章が理解できないと、子供たちは将来、まともな仕事に就くことも難しいだろう。

 「幼児期の育て方がいかに大事か」、分かろうというものだ。優しい日本語の文章が理解できない。すべては親の責任である。

京大ナンバーワン教官が教える「勉強することのホントの意味」 これがミライの授業だ
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/305.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2017 年 12 月 12 日 13:36:42
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53586

現代ビジネス編集部

推古元年(西暦593年)4月、聖徳太子は現在の大阪・四天王寺に、仏法修行の場として「敬田院」を開設した。

この日本で初めてつくられた公教育施設である敬田院の精神を受けつぎ、社会に貢献する女性の育成に力を入れているのが、学校法人四天王寺学園が運営する四天王寺中学・高校である。

2017年11月6日、その四天王寺中学の女子中学生約500名に、「なぜ勉強するのか」と題した講演が行われた。

演台に立ったのは、京都大学ナンバーワン人気教官の瀧本哲史氏。同氏は『ミライの授業』『武器としての決断思考』などのベストセラー作家としても知られている。

「ミライ」を生き抜いていかねばならない彼女たちに、瀧本氏は何を語り、どんなメッセージを贈ったのか。
どうして勉強しないとダメなのか

「どうして勉強しなければならないのか?勉強しなければならない理由とはなにか?」

今を生きる多くの大人も、かつては抱いたであろうこの疑問。大阪市内の伝統ある女子名門校として知られる四天王寺中学だが、その講堂に集まった約500人の女子中学生たちも、日々感じているに違いない。瀧本氏はその答えを解き明かすために、「まず最初に、いま世の中で起きている大きな変化について、説明したいと思います」と講義を始めた。

「みなさん、資本主義って言葉、聞いたことあるでしょう。資本主義というのは、一言でいえば『好きなものを、誰でも自由にお金で買える社会』のことです。日本やアメリカをはじめ、いま世界のほとんどの国がこのシステムを採用しています。それに対して『社会主義』というシステムもあります。

社会主義の国では、どこかにいる偉い官僚や政治家が『みんなはこれを買いなさい』と決める仕組みで社会を運営しようとしました。しかし、これはほとんどの国でうまくいきませんでした」

資本主義の社会では、何かを作るのが得意な人が、自分の好きなものを作り、それを自由に売ることでお金が儲けられる。

そのことによって企業や人々の間で健全な競争が起こり、世の中が便利に進歩していくというシステムだ。しかし近年、この資本主義システムが世界中で急速に進行したことによって、「あらゆる人が世界中から一番良いものを一番安く買えるようになり、そのことが日本経済の低迷をもたらした」と瀧本氏は語る。

「iPhoneを作っているアップルは、どこの国のメーカーだかわかりますか?」ステージ上から中学生たちに問いかけると「アメリカ!」とあちこちから声が上がった。

「そうです。でもじつはiPhoneの中の部品は、ほとんどが日本や台湾、韓国製です。スマホの組み立て自体も中国や台湾で行っていますから、『どこの国で作っている』と一言では言えないんですね。

スマホを持っている日本人のうち、今は半分ぐらいの人がiPhoneを使っています。富士通やNECなどの日本メーカーもスマホを作っていますが、シェアはiPhoneに比べれば非常に小さい。

昔はメイド・イン・ジャパンが『世界最高品質』の証明でしたが、今やそんなブランドイメージはゼロになってしまったんです」

資本主義が進んだ結果、現在の世界は、iPhoneのようなそれまでにない、まったく新しくて画期的な製品を最初に作りあげた企業だけが、儲けを独占する構造となっている。かつて世界の市場を制した多くの日本企業が、この10年で苦境にあえぐようになったのも、彼らが作る製品が「世界一」ではなくなったからだ。

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資本主義の進歩と歩調を合わせ、社会に巨大な変化を起こしているのが、「テクノロジーの進歩」だ。人々の働き方にも巨大な変化をもたらしているその実例として、瀧本氏はスクリーンに二人の男性の写真を投影した。

「この人たちは何をしているんでしょうか?」
「駅員さん」「キップを切ってます」

片方の写真の駅員は、何十枚も並んだキップを前にして座っている。昔は駅に自動販売機が無かったので、乗客の行き先を聞いて、その値段のキップを駅員が手売りしていたのだ。

「それが今はどの駅もこうなっていますよね」と、瀧本氏は自動改札の写真を次に投影する。

「駅員さんだけではありません。最近AIの進化にともない、あらゆる仕事がどんどんコンピュータ化されています。皆さんが大人になる頃には、『答えが決まっている仕事』のほとんどは、コンピュータや人工知能を搭載したロボットが行うようになることが確実です」

そうした未来に生きていく子どもたちは、どのような力を身につければ良いのだろうか。
ハリー・ポッターと「君たちの将来」

瀧本氏が次に映し出した写真に、場内から歓声が上がった。「ハリー・ポッターだ!」。投影されたのは、映画『ハリー・ポッター』シリーズの登場人物、ハリーやハーマイオニーたち魔法学校の生徒が横並びに立つ写真である。

「そうだね、皆さん、毎日勉強していて『なぜこんな何の役にも立ちそうにない、三角関数とか平行線の証明とかをやらなきゃならないんだろう』と思いませんか?」

無言でうなずく生徒たち。

「でも実は、皆さんが今学校で習っているのも、ハリーたちと同じ『魔法』なんです」

瀧本氏がそう言うと、生徒たちは「どういうこと?」と言いたげに、ぐっと席から体を乗り出して耳を傾けた。

「現代の魔法というのは、科学と技術です。過去の偉人たちが発見した偉大な真理や発明が、いまの私たちの生活を支えています。例えば飛行機。150トン以上もある鉄の塊が、日本とアメリカの間の空を飛んでいくなんて、江戸時代の人が見たら『魔法だ!』とびっくりしますよね。そうした技術を支えている根本は、皆さんの多くの人が嫌いな『数学』なんです」

もしも人類が三角関数を発明していなければ、飛行機を飛ばすことも船を運行することもできない。電車のモーターや車のエンジンを作ることも不可能だ。現代社会の「魔法」はここ20年でさらにスピードを上げて進化し続けている。

「今から34年前に描かれた漫画のドラえもんに、『おこのみボックス』というひみつ道具が出てきます。小さな箱に『テレビになあれ』というとテレビになって、レコードで音楽を聞くことも、カメラにもなる。

それってつまり、皆さんが持ってるスマホですよね。スマホはさらに、ゲームもできれば電話やLINEで友だちと連絡を取り合ったりもできます。わずか30数年前の『夢の道具』が、それ以上の性能で、現実になっているんです」

医学の進歩でいえば、これから人間の平均寿命は100年を超える時代になるとも言われている。米国の起業家イーロン・マスクが経営するスペースX社は、人類を火星に送り込むことを真剣に目指してロケットを開発している。

今日の瀧本氏の講義を聞く彼女たちが大人になる頃には、道路を走る車の多くはAIにより自動運転になっている可能性が高い。20年前に今のスマホの隆盛を予見できた人は誰もいなかった。テクノロジーの進歩がもたらす未来は、現在を生きる我々の想像力をきっと超えるだろう。
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「そうした技術の元になっているものこそ、今、皆さんが学校で習っている数学や自然科学です。つまり今、皆さんは学校で、『魔法の元』を習っているんです」

瀧本氏は、学校で教えてくれる学問の重要性について、次のような小咄を例に解説する。

「昔、中国の田舎に、数学がすごくできる中学生がいました。ある数学の研究者がその子の才能を見抜いて、『君は都会の学校に行って、数学の勉強をするべきだ』とアドバイスしました。しかし、その子の親は『うちで農業を手伝わせます』と進学を止めたのです。

何年かして研究者がその子に再会すると、彼はこう言いました。『先生、僕はすごい発見をしました。この公式を使うと、あらゆる2次方程式が解けるんです』。彼が見せたのは、皆さんが中3で必ず習う『解の公式』でした」

生徒たちがどっと笑う。「ゼロから車輪を再発明する」ようなことは、時間の無駄でしかない。すでに解明されている真理や、かつての人々が見出した知見、発明された技術は、できるだけ効率的に学ぶことが、新しいものを生み出すためには必要なのだ。

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ナイチンゲールが偉大なワケ

「この人の顔は、きっと見たことがあると思います」

そう言って瀧本氏が映し出したのは、今から200年近く前のイギリスで、当時の世間の「常識」と戦い、医療の進歩に多大な影響を与えた女性、フロレーンス・ナイチンゲール(1820〜1910)である。

「ナイチンゲールという人は、何をした人?」
「看護をした人」
「そう、みんなそう思いますよね。でもそれはナイチンゲールの偉大な功績の、実は半分でしかありません。意外なことにナイチンゲールは、皆さんの多くが好きではない、数学の専門家だったんです」

看護と数学? いったいどういう関係があるのだろう、と生徒たちの顔にとまどいの表情が浮かぶ。

「兵士が戦争で死ぬのは、鉄砲で撃たれたことが理由だと思うでしょう。でも実際には、その30倍もの兵士が『きちんと看病されないこと』で死んでいたんです。ナイチンゲールはロシアとオスマン帝国の間で起きたクリミア戦争に派遣されたとき、重症を負ったわけではないのに、死ぬ兵士があまりにも多いことに気づきました。

床や壁は腐り、ゴキブリが這い回って悪臭が立ち込める戦地の病院には、医療物資や薬品も足りなかった。その不衛生な環境で、抵抗力の弱った兵士たちは感染症にかかって、ばたばたと死んでいたのです。

ナイチンゲールがすごいのは、そのことに気づいた後で、兵士たちを看護するだけでなく、彼らの死因をきちんとした統計データにとり、一目でわかるグラフにしたことにあります」

その当時は、棒グラフも円グラフも普及していない。ナイチンゲールは独自に「コウモリの翼」と呼ばれる円グラフを作り、兵士たちの死因の統計を1000ページ近くにもなる報告書にまとめ、イギリス女王が直轄する委員会に突きつけたのである。

ナイチンゲールがこの時に明らかにした、客観的なデータにもとづく医療施設の衛生環境の改善がなければ、現代の病院における死亡率も大きく変わっていたかもしれないのだ。ナイチンゲールは裕福な家庭に生まれたことから、幼少の時から最高の教育環境を与えられ、語学や文学、そして数学や統計学を学んでいた。

彼女がやり遂げた人類史に残る大きな「仕事」は、彼女が看護師になるずっと以前に学んだ「数学」と「統計学」によって達成されたのである。

続いて瀧本氏がナイチンゲールと比較の対象として、「残念だった人」として紹介したのが、文学者としては超一流の作品を残した森鴎外だ。当時最先端のドイツ医学を学んだ森鴎外は、明治時代に国民病と呼ばれた「脚気」の原因を、「脚気菌」という細菌が起こしている結核やコレラと同様の伝染病だと考えた。

「しかし脚気の本当の原因は、ビタミンB1の不足であることは今では常識です。当時も、ビタミンB1を多く含む麦を食べている人は、脚気にならないことがわかっていた。しかし陸軍軍医のエリートであった森鴎外は、その事実を無視して『食事なんて関係ない』と主張し続けた。

その結果、日清・日露戦争で何万人もの兵士が脚気が原因で命を落としました。多くの人々の役に立つ、新しいことを発見するポイントを、私たちはナイチンゲールから学ぶことができます。それは『思い込みではなく、誰もが納得するデータを集めること』なんです」

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憲法ってナニ⁉

瀧本氏が次に紹介したのは、ベアテ・シロタ・ゴードン(1923〜2012)という女性だ。瀧本氏が「皆さんこの人を知っていますか?」と問いかけるが、誰からも手が上がらない。しかしこの女性こそが、わずか22歳にして、男尊女卑で女性が虐げられていた終戦直後の日本社会に「男女平等」という概念をもたらした人物だ。

「このベアテという女性はオーストリア生まれのユダヤ人で、親がピアニストでした。幼い頃から日本をふくむ世界中で暮らしたことから、日本語、フランス語、ドイツ語、英語など6ヶ国語に堪能となり、太平洋戦争の開始後その語学力を活かして、アメリカ陸軍の情報部や『タイム』という雑誌社で働きました」

ベアテはタイム社で働いていたとき、非常に優秀でありながら女性であるという理由で、リサーチ・アシスタントとしての仕事しか与えられなかった。当時のアメリカも男女平等の国ではなかったのである。

太平洋戦争が終わると、ベアテはGHQの職員に応募し、両親が暮らしていた「第二の故郷」である日本に帰ってきた。そして民主国家として日本が生まれ変わるための「日本国憲法」の草案づくりに携わる。

ベアテらに与えられた草案づくりの期間は、わずか9日間。彼女は持ち前の語学力と、リサーチャー時代に培った調査力を活かし、世界の国々の憲法を読み比べて、日本国憲法に明記されることになる「男女平等」の理念の土台を作ったのである。
日本国憲法第24条
一婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
二配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「いま皆さんがこれを読むと『当たり前』と思うかもしれません。しかし戦前は、まったく当たり前ではなかったのです。まず女性には『財産権』という自分の財産を持つ権利が認められていなかった。

日本だけでなく、当時、世界でも男女平等の国はほとんどありませんでした。イギリスで1813年に刊行されたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』という小説は、夫がいない女性が、父親が死ぬと財産が国に没収されてしまうので、急いで良い結婚相手を見つけうようとする、という筋書きです。日本国憲法ができた1946年の時点でも、ベアテが草案を作ったこの2つの理念を憲法に明記した国家は、世界でもきわめてまれでした」

重要なのは、「日本国憲法というのは、日本人だけで作った憲法ではない」ということだと瀧本氏は言う。
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「日本国憲法は、アメリカやドイツをはじめとする世界中の憲法の『いいとこどり』をして作った憲法なんです。ベアテは6ヶ国語ができたから、世界中の憲法を集めて読み込み、日本国憲法に活かすことができた。ベアテがもしいなければ、日本国憲法に男女平等を明記した24条が明記されることは、ほぼ無かったでしょう」

実際、草案についての話し合いで日本政府側は、24条について『日本には男女同権の土壌はないから受け容れられません』と反対したという。だがGHQ側のリーダーが「この条文は日本で育ち、日本をよく知っている通訳のシロタさんが書いたもので、日本にとって悪いことが書かれているわけがありません。彼女のために通してもらえませんか」と主張して、残されることになったのである。

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ルールを作るのはあなたたち

「ちなみに憲法の『いいとこどり』をしたのは、ベアテだけではありません。皆さん、『憲法』という言葉を日本で最初に使ったのは誰だかわかりますか?

しばらく生徒たちはざわざわと話し合ったあと「……聖徳太子?」という声が上がった。

「そのとおりです!じつは聖徳太子も、憲法をゼロから自分で作ったわけではなく、よその国の憲法を『いいとこどりして』十七条憲法を作っています」

聖徳太子の生きた時代、日本は海を隔てた中国大陸の大国・隋に脅かされていた。隋の周辺にあったアジアの国々は、隋に対する朝貢を欠かさず、日本もその例外ではなかった。

聖徳太子は、国家として日本がきちんとした仕組みを整えなければ、いずれ隋に征服されてしまいかねないと考え、隋と同レベルの国となるために、十七条憲法や冠位十二階などの制度を整えた。瀧本氏は「それらはほとんど隋の制度や条文を『いいとこどり』したものです」と指摘する。

「十七条憲法の中でもっとも有名な言葉、『和をもって尊しとなす』も、中国の偉大な思想家・孔子の『論語』に出てくる言葉からとっています。しかし聖徳太子のすごいところは、隋という当時の世界最大の国から、いちばん良いところを学び、その本質的な精神を自分たちのものにしたところなんです。

ちなみに真似された隋という国のほうは、法を作ってもきちんとそれを実行しなかったため、社会も政治も乱れ、わずか30年で唐に滅ぼされてしまいます。聖徳太子は十七条憲法をもとに、その法に流れる精神をちゃんと実行した。だからこそ『和をもって尊しとなす』の精神は、今も日本に残り続いているわけです」

瀧本氏は、四天王寺中学の礎である敬田院を作った聖徳太子について、解説を続けていく。

「皆さん、聖徳太子って、どういうイメージですか? なんとなく昔からの伝統とかを重んじる人、という感じを抱いていませんか。それは、ぜんぜん違います」

聖徳太子の事跡のなかでも、後の日本の歴史に多大なる影響を与えたことの筆頭といえば、仏教の国教化が挙げられるだろう。もともと仏教は、当時の日本に存在しなかった宗教だ。それまで日本は太古からの自然信仰に基づく、八百万の神を奉じる国だった。国家としての祭りや祈りも、すべて神に奉じられていたのである。

「しかし聖徳太子は、『これからは仏教の時代だ』と宣言して、十七条憲法の中にも『三宝を敬え』と書き、各地に寺を建立して広げていったわけです。もちろんこの改革に猛反対にあいます。

聖徳太子は、伝統の破壊者であり、創造者だった。四天王寺に学ぶ皆さんには、ぜひ聖徳太子の根本にある『他のところから良いことを学ぶ』『伝統に従うのではなく、自ら伝統を作り出す』精神を学んで欲しいと思います」

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講義のなかで、瀧本氏は、「鉄の女」と呼ばれたイギリス首相のマーガレット・サッチャーや、63歳で国連難民高等弁務官になり、多くのクルド難民を救った緒方貞子氏らの軌跡を紹介していった。

そして最後にまとめとして、次のように語った。

「今日の話では、22歳の女性でも国の根本を変えるような憲法が作れるし、国連でまったく働いたことがない高齢の女性でも、ルールを変えて人を救うことができることを話しました。つまり『新しいこと』は、いつも世の中の新人が始めるんです。

昔のヨーロッパで、天動説が地動説に変わったのは『世代交代』が理由でした。天動説の信奉者は、結局死ぬまでそれを信じていた。『天動説はおかしい』と考える、新しい考え方を持つ若い人が世の中の多数派となったとき、初めて地動説が『定説』になったのです。

皆さんは若くてどこの世界に行っても新人です。でもそれゆえに、世の中を変えられる可能性が、大人よりもずっと大きいんです」

いつの時代も新しい発見は、常に若くて古いパラダイムに染まっていない新人によってもたらされる、と瀧本氏は力強く語った。

「では、今日の最初の質問に戻ります。皆さんは、何のために勉強するんでしょうか?」

誰かいるかな、と瀧本氏が広い会場を見回すと、おずおずと手を上げる一人の生徒がいた。マイクを渡された彼女は、次のように述べた。

「……私たちは今は何者でもないけれど、未来には何にでもなれる可能性があると思います。だからこそ、今興味が持てないことでも、勉強する価値がある、ということではないでしょうか」

答えを聞いた場内の女子中学生たちから「すごーい!」という声があがり、大きな拍手が湧き起こった。瀧本氏が今日の講義に込めた思いは、確実に彼女たちに伝わったようだ。
瀧本先生のメッセージ

「そのとおりです。皆さんはまだ若いから、自分たちの物語を作ることができる。自分で脚本を描いて、自分が主役を演じることができる。どこにでもいる女子中学生で、何者でもないからこそ、何者にもでもなれる可能性を持っている。

でも『何者か』になるためには、世の中のみんなが知っていることを知る必要があるし、みんなが知っていることを、違う角度から見られるようになる必要がある。そのためにも、今皆さんが取り組んでいる勉強を、がんばってください。今日の講義はこのへんで終わりです。くれぐれも、数学が大切ということは忘れないでくださいね」

そう締めくくり、瀧本氏は壇上を去った。会場からは生徒と父兄から万雷の拍手が鳴り響いた。

終了後、この日の瀧本氏の講義を聞いた2年生の女子二人に、感想を聞いた。Aさんは「世の中で活躍する人は男性が多いと漠然と考えていましたが、女性で世の中を変えた人がたくさんいることを知りました。将来、私は医学の道に進みたいと思いますが、コンピュータにはできないゼロからイチを生み出す仕事をしたいと思います」と語った。

Bさんは「知識だけが必要な仕事は、やがてAIに置き換わると聞いて、そのとき求められる力は、『自分の考えを言葉にして、他の人に伝えていくことなのではないか』と感じました。今日聞いた緒方貞子さんの話のように、自分が正しいと信じる道を実現するために、今の勉強をがんばりたいと思います」と述べた。

「ミライの授業」で瀧本氏が女子学生たちに伝えたメッセージは、きっとそう遠くない将来、この世界のさまざまな場所で、大きく花開くことだろう。

(取材・文/大越裕)   

(以上、転載終わり)

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【日本語を考える】小学生の英語教育は必要か&敬語の美と誇り

-恒例の時事記事について転載したいものが見つからず、たまたま興味深く読んだ阿修羅掲示場と大摩邇サイトの、日本語について考えさせられる投稿記事があったので転載する。1番目の森本卓郎氏文のテーマは「小学生の英語教育は必要か」というものである。これは2020年以降、小学校3年生から必修化されるという英語教育の是非について論じているものである。森本氏は、これについては「百害あって一利なしだと考えている」という。理由の一つは、その前にみっちり国語力を身につけさせるべきだというのだ。森本氏がさらに指摘するように、「言葉というのは最も大切な文化」であるのに、「国語力もろくに出来上がっていない小学生」に英語を学ばせる事は、子供たちの情操を養う上でも人格形成上も危ういものがあるし、この国の文化継承にとって大変危ういと思われる。「言葉というのは最も大切な文化」であることを、「敬語」という観点からさらに掘り下げて論考しているのが次の「心に青雲」サイト記事である。尊敬語、謙譲語、丁寧語をきちんと誤りなく使えているかとなると、私自身甚だ心もとない。敬語は奥深いものなのである。敬語を「階級的言語」として極力教えないようにしてきたのが日教組だという。ヤジ将軍・安倍増長のように何の関連もない民主党(当時)の国会質問に「日教組、日教組」とヤジるのもいかがなものかと思うが、この日教組方針は敬語の何たるかを知らない妄言と言うべきだ。敬語のみならず、戦後日教組がよりよき日本語教育を阻害してきたのは否めない事実だと思われるのである。それと同サイト指摘のように、日本語破壊を強力に推し進めてきたのはテレビ局、特に民放の低俗番組だ。実害としては日教組よりこちらの方が遥かに深刻かもしれない。同サイトが引用・紹介している林秀彦氏は、「日本人と日本語の関係は魂の結びつきの関係にあり、民族のアイデンティティと一体である」と述べているがまさに至言である。その破壊こそがGHQ・3S政策の眼目だったわけだが、だからと言って安倍政権が進めようとしている修身・道徳教育の復活などはこれぞ「百害あって一利なし」だ。森本氏主張どおり、小学生からの英語教育もそう。必要なのは、ポダムCIA正力の日本テレビ開設以来、自民党政権と癒着してきたテレビ局低俗番組の廃止(いっそすべてのテレビ局そのものの廃止)と、灘校・橋本武先生が「国語力はすべての学科のベース」「国語力は生きる力」とまで言い切った国語教育の抜本的改革である。また個々人としては、お互いロクな国語教育を受けてこなかったのだから、今ここから自らが真摯な気持ちであらためて日本語を学び直す意志も必要だろう。 (大場光太郎・記)-


森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 小学生の英語教育は必要か(週刊実話)
http://www.asyura2.com/16/hasan112/msg/630.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 9 月 01 日 19:16:05
http://wjn.jp/article/detail/6741701/
週刊実話 2016年9月8日号

 小学生に対する英語教育が、2020年以後、3年生から必修化、5年生から教科化されることになった。現在と比べると、時間にして約3倍に増えるという。「グローバル化が進む中で、英会話能力の育成は不可欠」だと考える国民は多いだろうし、自分自身の英会話能力の低さを振り返ると、小学生時代から英会話の教育を受けておけばよかったと考える国民は、多数派だろう。

 しかし、私は小学生からの英語教育は、百害あって一利なしだと考えている。第一の理由は、小学生時代の外国語能力獲得は、その後に大きな成果を残さないということだ。

 私は、父親が新聞社の外信部で働いていたため、小学校1年生をアメリカで、4年生をオーストリアで、5年生をスイスで過ごし、すべて現地の公立小学校に通った。最初は英語で、次いでドイツ語、最後はフランス語だった。子供は語彙が少ないから、半年も経てば、普通に会話ができるようになる。しかし、それで何が残るのかということだ。私はいま、ドイツ語もフランス語も話すことができない。英語は少し話せるが、それは中学以降の学習の中で身に付けたものだ。

 もちろん、私は外国語教育が必要ないと言っているのではない。自国語とスタイルの違う言語が存在することを学ぶことは、とても重要だ。しかし、それが意味を持つのは、まず自国語をしっかりと勉強した後のことだ。

 私が小学生からの英語教育に反対するもう一つの理由は、そもそも英会話を必要とする国民がどれだけいるのか、ということだ。

 確かに、エリートビジネスマンに英語は不可欠となっている。ただ、そこでの英語能力は、中学生からでも十分身に付けることができる。現在、日本で働き、流暢な日本語を操る外国人のほとんどは、小学校時代に日本語を学んでなどいない。日本のビジネスマンに欠けているのは、語学力ではなく、外国人と話題を共有できる教養のほうだ。

 一方で、世界中のどの国を見ても、一般庶民は自国語のみを使って生活している。それで問題は起きていないのだ。

 それでは、日本語もろくに出来上がっていない日本の小学生になぜ英語を教えるのかといえば、私には米国企業にとって使いやすい労働力を育てたい、もっと言えば、米国への隷従を深めるためではないか、と考えている。

 1945年9月2日、日本が降伏文書に署名した直後、GHQは日本政府に「三布告」の即時実施を突きつけた。幸い、外務官僚の機転と命を賭した交渉によって実施は見送られたが、そこに書かれていたのは、通貨発行権と司法権をGHQが握るとともに、公用語を英語にするということだった。占領とは、そういうものなのだ。

 小学校のときから英語を学べば国際感覚が養われるというのであれば、例えば、学ぶべき外国語を英語のほかに、ドイツ語、フランス語、中国語といった選択式にしてもよいはずだが、そうした話は一切出てきていない。

 言葉というのは最も大切な文化だ。英語で考えると英語の発想になってしまうからだ。いま初等教育に一番必要なことは、日本語をきちんと教えることではないだろうか。


敬語の美と誇り(1/3) 心に青雲さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004133.html 
大摩邇 20:54
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/441094745.html

<転載開始>

《1》
 林秀彦氏の『失われた日本語、失われた日本』(草思社 2002年刊)の、敬語に関する論考は、林秀彦さんの思想の真髄を示していて、私は何度もここを読み返しては、ときに涙ぐむのを禁じ得ない。これほど見事な心のこもった「敬語論」を読んだことはない。おそらくこれは敬語論では世界一と言ってよいかと思う。以下引用させていただく。

     ※      ※

 尊敬語、謙譲語、丁寧語、男言葉、女言葉といったものの抹殺は、そのなかでももっとも悪質な陰謀です。敗戦後サヨク系の人々から貼り付けられた日本語に対するレッテルは、「階級的言語」というものでした。これらの言葉が被差別を強制しているという評価でした。
 なんという亡国的、売国的発想だったことでしょう。 

 例えば恋は、お互いの敬語から始まるものです。それは決して女性だけが男性に対して強制されるようなものではありません。男性にとっても、敬語をもって接することができないような女性は、恋の対象にならないのです。

 男女相互の敬意は、恋だけではなく。良い夫婦関係にとっても不可欠なものです。日本人はどのような人間関係のなかにも、相手への敬意をにじませるという民族的な習性を持っていたのです。それは遠慮や、忖度や、気遣いや、いたわりや、寛容といった形で外に現われ、言葉がその細かなニュアンスを表現させる機能を持っていました。 

 敬語は人を大切にするためのもっとも的確で、かつ美しい表現です。私たちの祖先は何千年もかけ、民族性にもっともフィットした言葉を作りだし、いつくしみ、洗練させてきました。言葉は先祖たちの知恵の塊です。
 敬語は差別ではなく、美意識です。自分自身の謙虚さを美しいと感じる喜びの表出です。同時に相手に対する最高のいたわりです。
 それこそが、日本人としての愛の表現でした。西洋人の言う愛とは違う愛です。尊敬語、謙譲語、丁寧語こそ、日本人の愛なのです。


     ※      ※

 このように、林氏は説くのである。
 敬語は、サヨクから「階級的差別」とか「封建的」と貶められた。そのあげく、昨今の若者は、敬語を使わなくなったどころか、意図的に汚い言葉を使ってお互いを罵るように、バカにしたように会話し、上司だろうが年長者だろうが、敬語無視の友達感覚でしゃべっている。英語には敬語がないから、それが合理的で民主的だなどと吹き込まれたせいだろうか。

 私は、本来的には天皇に対する特別の敬語はあって良いと考えている。だが昨今の、裕仁も明仁も徳仁も、とてもじゃないが敬語をつかう気になれない。天皇への敬語は、ここで林さんが言っているのと同じ理由による。後醍醐院みたいなゲスは別として、日本人は天皇への敬意をにじませることが出来た、そういう関係が続いた。

 しかるに最近は英語をまねて、要するにフラットでフランクな話し言葉をつかうようになった。一言で言えば、ガサツなのである。当然、若い人は手紙などの文書が書けない。会社に入ると、さすがに商売上、「お客様にはこう言え」と教育されるから、そこでやっと敬語を習得するようだが、それも商売上の言葉に限られるから、日常ではすぐに馬脚をあらわす。

 林秀彦氏は、この本のタイトルのように、日本語が失われれば、それは日本人が日本人でなくなることだとおっしゃる。「日本人と日本語の関係は魂の結びつきの関係にあり、民族のアイデンティティと一体である」とも書いておられる。その通りである。それがどういうことなのかは、この『失われた日本語、失われた日本』を読んでいただきたい。

 「恋は、お互いの敬語から始まるものです」と林さんは説くが、これは実に美しい言葉である。この一言を読んで、あなたは胸が痛みませんか? 失われた日本を思って目頭が熱くなりませんか? 熱き心がある人なら、きっとそうなるはずなのだが…。
 そのとおり恋はお互いの敬語から始まる。昨今はそうではなく、なれなれしいところから恋愛を始めてしまうのではないだろうか。友情も恋も人を選ぶものだ。簡単に自分をさらけだすものではない。そういう人間はレベル低く思われる。だから見知らぬ男女が出会ったら、敬語を遣い、自分を低くは見せないものである。

 「秘すれば花」とはよく言ったものだ。恋愛もそういうものだ。互いに秘するものがあればこそ魅かれる。互いに相手を一目置く。ところが結婚して敬語を遣わなくなると、簡単に互いの中身がさらけだされ、実は秘するものは何にもなかったとわかって、すぐ恋も冷める。恋だけが冷めるならまだしも、その人間の文化性が簡単に淡雪のごとく消える。

 日本語を破壊してきたのは第一にサヨク、日教組どもであるが、もうひとつ重要な勢力があった。それはテレビ局であった。内容はともかくNHKは言葉遣いに関しては悪くなかったし、NHK放送があったればこそ全国に標準語が定着することになった功績は認めなければならぬ。しかしCIAの手先として始まった日本テレビ以下、民放はこと言葉遣いに関してはひどいことになった。

 NHKのアナウンサーは厳しく言葉遣いを鍛えられたが、民放はいい加減だった。民放アナはそれなりに指導はされただろうが、おちゃらけ番組ばかりやるようになって崩れ、可愛コちゃんならいいと女子アナがしゃべるようになって、いっそう乱れた。
 さらにテレビ局が面白がって出演させた大阪芸人らもその共犯である。

 敬語がなくなり、日本語がメチャクチャにされた結果のもっともラディカルな例がボクシングの亀田一家である。謝罪会見でさえ敬語をつかわない無教養。それを識者の誰も咎めなかった。あいつらの言葉遣いを軽薄にも面白がり、また中立的立場でものわかりの良い姿勢をとる奴は、日本人の恥であり、文化の破壊者である。
 日本文化を貶めても無神経でいられるのは、在日朝鮮・韓国人が使嗾しているのだろう。亀田一家も大阪出だが、とくに在日の多い大阪の芸人がテレビなどで、日本語の美しさをぶち壊してきたと思う。

 テレビタレントの多くは在日かオガミヤであるから、関東、関西の別なく彼らは平然と日本語を壊してきた。
 大阪には上質の文化はあるし、敬語がないなどとは言っていない。問題は大阪の庶民文化を体現した人間(とくに芸人)であって、よく「関東の人間は、敬語をつかって上品ぶっているから好かん」と言う。敬語をつかうことが気取りや、上品ぶっていると僻みを込めて彼らは思っているのか。

 せんだってあるテレビ局で、大阪のおばちゃんに街中で面白いインタビューしていた。「あなたは女優の松坂慶子さんですか?」と(真顔で)尋ねるのだ。「松坂慶子さんに似ていますね」ではない。すると、聞かれたおばちゃんは必ず「そうや。わたし松坂慶子やねん」と照れもせず答える。関東では絶対にあり得ない返答なので驚いた。これを大阪人は「ノリがいい」と称するようだが、関東人に言わせれば、慎みゼロ、奥ゆかしさゼロ、謙虚さゼロ、品がない! と断ずるであろう。
 大阪の庶民には「恋は、お互いの敬語から始まるもの」といっても通じないのだろうか。

(以上、転載終わり)

関連記事
敬語の美と誇り(2/3)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004132.html
敬語の美と誇り(3/3)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/2004131.html

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【見よ、この落差】識字率世界一の江戸のまち&恥かしい!世界に日本の若者のバカぶりが露呈

-わが国では、江戸時代から「寺子屋」という制度により小学校レベルの教育が広く行き届いていた。それどころか、(豊かな武家・町人の男子だけだったが)頭脳優秀な年長者には郷校、藩校さらには私塾に学ぶ道も開けていた。この世界に類を見ない「学びのシステム」が、明治以降短期間でわが国を列強国入りさせ、また戦後も世界トップクラスの経済大国にのし上がる原動力となったと言われている。しかるに、2番目の転載文のとおり、現在の若者たちの状況は甚だお寒い状況である。嘘か本当か、九九も満足に言えない大学生がいると聞いた事がある。もちろん良書・名著など読んだことのない若者、当用漢字さえまとも書けない若者はざらにいることだろう。これぞGHQ占領政策の一環としての「3S政策」の大成果であり、日本衰退の指標の一つであり、そのメーンはテレビにあるのだから、「子供にはテレビを見せるな」「大人も見るな」という主張は至極当然なのである。ところで英国教育専門誌が、毎年各国大学の世界ランキングを発表している。その2016年結果で、それまでアジア一を誇ってきた東京大学が、シンガポール大学、北京大学などに抜かれ7位に陥落したのである。原因は資金不足と国際観の低さが挙げられているが、最大原因は学生の質の低下にあるのではないかと思われる。今の大学を含めた学校教育は「仏作って魂入れず」の感がある。単なる知識の詰め込みである。江戸時代から戦前教育のバックボーンは漢学・儒学にあった。当時一定以上の教養人は四書五経を当たり前に読みこなし、重要な一節は暗誦も出来たのだ。それが日本人にとっての骨太の精神性を形成してきたのである。今どき漢学も儒学もないだろうが、今の物質主義偏重の詰め込み教育は是正していかなければならないと思う。と言って、安倍カルト一派のように戦前の修身教育を復活せよと言うのではない。ただ物質・肉体中心主義にとどまっている限り、東大卒だろうが何だろうが、人間はたいした事は出来はしない。入れるべき魂とはずばり「スピリチュアリズム(霊性、精神性)」である。なかんずく「原因結果の法則」。これはすべての宗教に普遍的な教えだと思うが、これを小学校低学年時から分かりやすく段階を踏んで説いていくべきだと思う。 (大場光太郎・記)-

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識字率世界一の江戸のまち
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=317860
るいネット 投稿者:望月宏洋( 25 会社員 ) 16/07/31 AM01 

 寺子屋といった教育文化が発展していた江戸時代は、なんと世界一の識字率であったと言います。
 この識字率の高さが、世界有数の技術を長らく伝承できた理由かも知れません。

以下、リンク より

>日本は世界一の識字率を誇る。
江戸時代の日本は、庶民の就学率、識字率はともに世界一だった。
嘉永年間(1850年頃)の江戸の就学率は70~86%で、裏長屋に住む子供でも手習いへ行かない子供は男女ともほとんどいなかったという。
また、日本橋、赤坂、本郷などの地域では、男子よりも女子の修学数の方が多かったという記録もある。
もちろん、寺子屋は義務教育ではない。寺子屋制度は、庶民自身の主体的な熱意で自然発生した世界的にも稀有なものだった。
当時の日本は、重要なことは役所や国がやるべきだなどという発想はなく、自分にとって重要であるならば、自分たちで自治的に運営するのが当たり前という感覚を持っていた。
これに対し、1837年当時のイギリスの大工業都市での就学率は、わずか20~25%だった。
19世紀中頃の、イギリス最盛期のヴィクトリア時代でさえ、ロンドンの下層階級の識字率は10%程度だったという。
フランスでは1794年に初等教育の授業料が無料となったが、10~16歳の就学率はわずか1.4%にすぎなかった。<『大江戸ボランティア事情』(石川英輔・田中優子著、講談社)より>
江戸時代の幕末期では、武士階級はほぼ100%が読み書きができたと考えられている。
町人ら庶民層でみた場合も、男子で49~54%、女子では19~21%という推定値が出されている。
江戸に限定すれば70~80%、さらに江戸の中心部に限定すれば約90%が読み書きができたという。<『「奇跡」の日本史』(歴史の謎研究会編、青春出版社)より>

>多くの外国人が、日本人の識字率の高さに驚嘆し、記録を残している。
1853(嘉永3)年に黒船を率いてアメリカからやって来たペリー提督は、日記(『日本遠征記』)に日本について「読み書きが普及していて、見聞を得ることに熱心である」と記している。
ペリーは日本の田舎にまでも本屋があることや、日本人の本好きと識字率の高さに驚いた。
<『日本絶賛語録』(村岡正明著、小学館)より>
また、1860(万延元)年に日本との間に通商条約を結ぶために来日したプロイセン海軍のラインホルト・ヴェルナー(エルベ号艦長)は、航海記で次のように述べた。
「子供の就学年齢はおそく7歳あるいは8歳だが、彼らはそれだけますます迅速に学習する。民衆の学校教育は、中国よりも普及している。
中国では民衆の中でほとんどの場合、男子だけが就学しているのと違い、日本ではたしかに学校といっても中国同様私立校しかないものの、女子も学んでいる。日本では、召使い女がたがいに親しい友達に手紙を書くために、余暇を利用し、ボロをまとった肉体労働者でも、読み書きができることでわれわれを驚かす。民衆教育についてわれわれが観察したところによれば、読み書きが全然できない文盲は、全体の1%にすぎない。世界の他のどこの国が、自国についてこのようなことを主張できようか?」<『エルベ号艦長幕末記』(ラインホルト・ヴェルナー著、新人物往来社)より>
1861(文久元)年に函館のロシア領事館付主任司祭として来日したロシア正教会の宣教師、ニコライは、8年間日本に滞在した。そして、帰国後に、ロシアの雑誌『ロシア報知』に次のような日本の印象を紹介した。
「国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたっている。この国では孔子が学問知識のアルファかオメガであるということになっている。だが、その孔子は、学問のある日本人は一字一句まで暗記しているものなのであり、最も身分の低い庶民でさえ、かなりよく知っているのである。(中略)どんな辺鄙な寒村へ行っても、頼朝、義経、楠正成等々の歴史上の人物を知らなかったり、江戸や都その他のおもだった土地が自分の村の北の方角にあるのか西の方角にあるのか知らないような、それほどの無知な者に出会うことはない。(中略)読み書きができて本を読む人間の数においては、日本はヨーロッパ西部諸国のどの国にもひけをとらない。日本人は文字を習うに真に熱心である」<『ニコライの見た幕末日本』(ニコライ著、講談社学術文庫)より>
トロイアの遺跡発掘で有名なドイツのシュリーマンは、1865(慶応元)年に日本を訪れた時の印象を、著書で次のように記した。「教育はヨーロッパの文明国家以上にも行き渡っている。シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる」<『シュリーマン旅行記 清国・日本』(ハインリッヒ・シュリーマン著、講談社学術文庫)より>
1908(明治41)年、日本人781人が初めてブラジルへ移住を始めた。同年6月25日、『コレイオ・パウリスターノ』紙のソブラード記者は、ブラジルにやってきた日本人の様子をまとめたレポートを新聞で紹介した。記事の中で、ソブラード記者は、驚くべき清潔さと規律正しさや、物を盗まないこと等とともに、日本人の識字率の高さについて、「移民781名中、読み書きできる者532名あり、総数の6割8分を示し、249名は無学だと称するが、全く文字を解せぬというのではなく、多少の読書力を持っているので、結局真の文盲者は1割にも達していない」と報じた。<『蒼氓の92年 ブラジル移民の記録』(内山勝男著、東京新聞出版局)より>
 
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(都議選のさなか、「ポケモンGO」で新宿御苑に集結した若者たち。有力候補者の聴衆顔負けだが、この者たちのどれだけが都知事選投票したのだろう?)

恥かしい! 世界に日本の若者のバカぶりが露呈
http://www.asyura2.com/16/senkyo210/msg/329.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 7 月 28 日 22:45:05
http://79516147.at.webry.info/201607/article_174.html
2016/07/28 半歩前へⅡ

▼娯楽ニュースへの関心度
 ロイター通信社が毎年発行する「デジタル ニュース レポート」の2016年版が公表された。政治や経済など硬派ニュースに関心を寄せる割合では日本が49%と最低だった。ところが、芸能やスポーツなどの軟派ニュースでは逆に日本が突出。ロイターは「極めて特異な現象だ」と首をかしげている。

 ニュースの硬派とは、政治や国際、経済などのニュースだ。一方、軟派とは、エンターテイメントをはじめとした文化・芸能、スポーツといった分野を指す。

 硬派の割合はギリシャが81%、スペイン77%、ドイツ76%、米国74%と高いのに対し、日本は49%と調査した26か国の中で最低。

 ギリシャのように金融危機、失業、難民など切羽詰まった身近な問題を抱えた国では、硬いニュースをもっと知りたくなるのは当然かもしれない。だが、日本も、高齢化、財政破綻、格差社会など多くの問題が山積しているはずだが、とロイター。

 その反面、日本では軟派ニュースに関心を持つ人の割合が34%と、26か国の中で最も高かった。さらに注目すべきは、若者の割合が日本では極端に高いことだ。

 18~24歳の若者で軟派ニュース寄りの割合を国別で比較すると、英国が17%、スペイン18%、ドイツも18%、米国23%、イタリア29%に対し、日本は58%と断トツの値を示した。

 ロイターに指摘されるまでもなく、日本の異常さが目立つ。日本は政治や社会の問題に無関心な者が多過ぎる。これだから国粋主義者の安倍政権が高支持率を続けるわけだ。

 それにしても、いつまで経っても幼児化から抜け出ることが出来ない日本の若者たち。スマホ片手に朝から晩までゲームに熱中している若者。本の一冊もまともに読めない若者。

 これから国際化の波をどうやって、乗り切っていくのだろう?基礎的な常識、教養を身に着けていないと、後で苦労すると思うよ。

 今回の調査結果は、いみじくも日本の現状をさらけ出した。こんな「異質なニッポン」を、世界は「魔訶不思議な国」と思っているだろう。

(以上、転載終わり)

(関連記事)

アジア大学ランキング、東大がトップ陥落、7位に 課題は資金と国際化
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1606/21/news083.html
GHQ日本占領-「3R・5D・3S」政策
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-6366.html
新宿御苑がもはや地獄絵図………………………ピカチュウ効果 ポケモンGO
http://www.asyura2.com/16/hasan111/msg/279.html

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偏差値導入した政治家は従順な国民を作ることを目指した

-邪(よこし)まな目的をもって偏差値導入を画策したのは自民党政治家だった。ここまで日本をダメにした諸悪の根源は自民党にあり。この問題一つ取ってもそう断罪せざるを得ないのである。-

 今の世の中すっかり「偏差値ばやり」です。学校偏差値ばかりではないのです。以前の記事でも取り上げましたが、「就職偏差値」というのがあります。

 そればかりではありません。昨年秋頃だったか、『日刊ゲンダイ』で当世風俗嬢事情についての興味深いシリーズ企画がありました。その中で何と「風俗嬢偏差値」なるものまであると知り、驚いてしまいました。この大不況下、風俗嬢のなり手がわんさかで過当競争気味で、超売れっ子の高偏差値風俗嬢は月何百万も稼げるかと思うと、稼げない風俗嬢がゴロゴロいて食うに食えないアップアップ状態だというのです。

 かように何でもかでも偏差値が幅を利かせている世の中ですが、やはり問題となるのは学校偏差値です。時に「偏差値偏重教育の弊害」などと言う言葉を耳にします。が、私はこの問題をさほど深刻に考えず、当ブログでは興味半分に『全国高校偏差値ランキングから』『山形県内高校事情』など偏差値がらみの記事を過去に公開してきました。

 しかし偏差値導入に当たっては、以下に転載する『NEWSポストセブン』記事のように由々しき悪目的があったというのです。その目的とは「従順な国民を作ること」。これについては当ブログでも『日本国民は、なぜおとなしくなってしまったのか』記事で別の観点から考察しましたが、こちらもなるほど言われてみれば、確かに。

 導入を画策したのはまたしても自民党政治家です。ここまで日本をダメにした諸悪の根源は自民党にあり。この問題一つ取ってもそう断罪せざるを得ないのです。

 (大場光太郎・記) 


偏差値導入した政治家は従順な国民作ること目指した
http://megalodon.jp/2015-0217-2007-26/www.news-postseven.com/archives/20130828_207309.html
NEWSポストセブン2013.08.28 16:00

 本来、日本人はポテンシャルが高いはずなのに、なぜ日本の国はこれほど落ちぶれてしまったのか。この疑問をとくカギ「偏差値(学力偏差値)」について、大前研一氏が解説する。

 * * *
 偏差値とは、周知の通り、入学試験で合格可能性を示す数値である。1960年代から受験業界で学力成績の指標として使用されるようになった。しかし、実は偏差値は単なる学力の物差しではない。“お上”が明確な意図を持って導入したものである。私はかつて、偏差値導入を主導した政治家から話を聞いたことがある。

 ベトナム反戦・第二次反安保、学園民主化などで大学闘争が活発化して東大安田講堂事件(1968~1969年)が起きた後、私が「日本はこのままいくと若い人たちが不満を募らせて、クーデターを起こすのではないか」と懸念を示したところ、その政治家は「大前さん、その心配はないですよ。国にもアメリカにも逆らわない従順な国民をつくるために『偏差値』を導入したのですから」と答えたのである。

 私は偏差値がそれほど重要な意味を持っているとは思っていなかったので非常に驚いたが、偏差値はそういう目的で導入された「システム」にほかならないのだ。

 偏差値によって、たしかに事前に効率よく学生を割り振って受験させることが可能になった。だが、学校側の工夫次第で、偏差値に関係なく才能ある学生を選ぶことは可能だ。実際、世界のほとんどの国には偏差値などなく、学生は自由に学校を選んで受験している。

 結局、日本で導入された偏差値は自分の「分際」「分限」「身のほど」をわきまえさせるための指標なのである。そして政府の狙い通り、偏差値によって自分のレベルを上から規定された若者たち(1950年代以降に生まれた人)の多くは、おのずと自分の“限界”を意識して、それ以上のアンビション(大志)や気概を持たなくなってしまったのではないか、と考えざるを得ないのである。

※週刊ポスト2013年9月6日号   (転載終わり)

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続・『銀の匙』と灘校名物国語教師

 -子供たちの学力低下が深刻な今こそ、橋本先生の教育手法に学ぶべし-

 今年6月10日の、灘校の橋本武先生による「銀の匙教室」紹介文の続編です。『確か3ページ目に良い事が書いてあったのになぁ』と残念に思っていましたが、その『週刊ポスト』(昨年3月某日号)関係記事の3ページ目のコピーが最近見つかったのです。
 そこで今回は、同ページの内容を中心に紹介していきたいと思います。

 戦後間もなくの荒廃した世情を憂えた橋本先生は、「こんな時代に生徒たちに夢と希望を与える授業とは何か?」と思い悩み、たどり着いたのが、中勘助の名作『銀の匙』を3年間かけて読み進めていく授業法なのでした。
 テキストとして『銀の匙』を採用した理由を、橋本先生は次のように語っています。
 「主人公の成長と重ねて読めるし、美しい日本語があった。新聞連載されていたので一章が短く、数字が振ってあるだけで章名も付いていない。各章に生徒に表題を付けさせれば、親しみある自分の作品に変わっていく。授業にぴったりだと。」

 『銀の匙』は(明治10年代頃の)東京下町が舞台です。関西にある灘校の生徒にはなじみのない言葉や方言がそこここに出てきます。そこで物語を読み解く手助けとして、ガリ版刷りの手書きのプリントを用意して生徒たちに配りながら、橋本先生は文庫本を手にしてその部分を朗読し、ポイントとなる箇所を丹念に説明していくという授業スタイルを取ったのです。

 橋本先生は生徒たちが退屈しないように、脱線できる仕掛けも用意していました。前編でも紹介した、教え子の一人の現日弁連事務総長の海渡雄一氏は回想しています。
 「『銀の匙』の中に寿司屋のシーンが出てくるんだけど、そこで先生が『魚偏の漢字は678あります。集めてみましょう』という課題を与えた。で、図書館に行って調べたり、寿司屋で包み紙をもらったりしてね、魚偏のノートを作って。」

 また文中に「ねずみ算」という言葉が出れば、橋本先生は黒板にねずみの絵を描きながら、次のように続けました。
 「正月に夫婦のねずみが子を12匹生む。2月にはその子どもが12匹ずつ子を生む。では合わせて?」と訊ねます。生徒が「98匹」と答えると、「では、このペースでいくと、12月には?」。
 考え込む生徒たちに先生はしたり顔で教えます。「276億8257万4402匹。正解の人は?」

 時には紙袋から取り出した、赤や青や色とりどりの駄菓子を全員に配って、主人公の心情を追体験させました。橋本先生は配り終わると、ざわつく教室を制するように、「もういっぺんこの部分を読みます。食べながらでいいので聞いてください。」といいます。
 読み上げたのは、主人公が駄菓子屋で飴を食べる場面でした。
 
 「飴のなかのおたさんは泣いたり笑ったりしていろいろな向きに顔をみせる。青や赤の縞になったのをこっきり噛み折って吸ってみると鬆(す)のなかから甘い風が出る。」 (『銀の匙』前編 十三)

 私立である灘校は中高6年一貫校で、6年間の教育方針が教師の裁量に任されているといいます。自由である反面、「結果が出なければ責任を取らなければならない」(橋本先生)という厳しさがあります。

 しかし「銀の匙教室」を始めた昭和25年入学組の生徒たちは6年後、15名東京大学に合格し、見事な結果を示したのです。昭和24年は、東大合格ゼロだったことを考えると大躍進です。
 そして3代目の昭和37年入学組は、私立校として初めて東大合格者数日本一の132名合格の快挙を成し遂げたのです。
 だが橋本先生は、「私の力なんか何も関係ない。東大を意識した進路指導をしたこともない」と控え目です。

 では、橋本先生が生徒たちに植え付けた一番の財産とは何だったのでしょうか?
 「“学ぶ力の背骨”です。国語力のあるなしで、他の教科の理解度も違う。数学でも物理でも、深く踏み込んで、テーマの神髄に近づていこうとする力こそ国語力です。それは、“生きる力”と置き換えてもいい。」

 まさにこれですよね、国語力とは。そして教育の神髄とは。英語で教育を「education」(エデュケーション)といいますが、語源は「educate」という動詞にあり、この言葉には「引き出す」という意味があります。
 橋本先生の「銀の匙教室」を体験した生徒は千人余にも上るそうです。先生は、彼ら生徒たちが潜在的に有していた「学ぶ力」「生きる力」をうまく引き出し、有為の人材として世に送り出したのです。
 橋本武先生こそは、「日本一の教育者」と言っていいのではないでしょうか。

 その橋本先生は、今年百歳を迎えられました。先生の近況を最近のNHKが番組で取り上げたようです。
 橋本先生は現在でも、朝5時に起床し、午前中は家事をこなし午後には文化教室の教壇に立ち、夜7時に夕飯を食べた後は、深夜1時まで勉学に励んでいるというのです。先生は、「人間には寿命とか年齢による限界というものはないのだ」ということを、身をもって示しておられるようです。

 橋本武先生の益々のご健勝とさらなるご長寿、心よりお祈り申し上げます。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『週刊ポスト』(昨年3月某日号)<教育再考>伝説の灘校教師の「奇跡の教室」
関連記事
『「銀の匙」と灘校名物国語教師』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-762a.html
『年齢という恐るべき共同幻想』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-9e9d.html

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『銀の匙』と灘校名物国語教師

-文部省(当時)指導要綱などくそくらえ。名物先生の「銀の匙」教室について-

 中勘助(なか・かんすけ)という作家の『銀の匙』という作品をご存知でしょうか。ためしに私が持っている岩波文庫カバーの、『銀の匙』紹介文は以下のとおりです。

 - 古い玩具に混じって大切にとっておかれた銀の匙。少年時代の思い出を自伝的に綴ったこの作品には、大人が追想した子どもの世界ではなく、子ども自身の感情世界が、子どもが感じ、体験したままに描き出されている。漱石が未曾有の秀作として絶賛した名作。-

 音に聞こえたあの灘校で、かつてこの『銀の匙』の文庫本(多分私のと同じ岩波文庫かと)一冊だけを、3年間かけて読み込む国語の授業を行っていた名物先生がいたというのです。
 おそらくそれ以前もそれ以後も、全国どこの高校でも行われなかったであろう極めてユニークな授業を進めたのは、今年で百歳をお迎えになる橋本武先生です。灘校で50年間教鞭を執り、昭和59年に同校を去りました。
 橋本先生が退職して28年ほど経過したことになります。しかし今でも「銀の匙」教室は、伝説の授業として語り草になっているというのです。

 「生涯心の糧となるような教材で授業がしたい」。橋本先生のその思いは、当時公立校のすべり止めに過ぎなかった灘校を、全国トップレベルの進学校に導き、数多くのリーダーを生み出してきたのです。
 2010年12月には、この「究極のスロー・リーディング」授業の誕生と実践を描いた『奇跡の教室』(伊藤氏貴著、小学館刊)が刊行されベストセラーとなり、「偏差値教育」「脱ゆとり教育」で揺れ動いている昨今の教育界に大きな反響を呼びました。

 戦前の東京高等師範学校を卒業した橋本武先生は、担当教員から灘校への赴任を命じられます。当時私立は公立の格下扱いでしたが、橋本先生は「公立ではできない面白いことが、ここではできる」と、逆転の発想で臨みました。
 そんな新米教師の希望を打ち砕いたのが太平洋戦争です。名作アニメ『火垂るの墓』でもリアルに描かれていたように、灘校のある神戸市は大空襲の被害に遭いました。終戦とともに巷には闇市が広がり、進駐軍のトラックが行きかう日常が続きました。

 「毎日、地獄絵図を目の当たりにした。GHQの指導(検閲)で、教科書は黒塗りになり、ぺらぺらですよ」(橋本先生談)
 こんな劣悪な環境で育つ子どもに、どんな授業をすればいいのか。思い悩んで行き着いたのが『銀の匙』だったのです。橋本先生自身、東京高師時代『銀の匙』と運命的な出会いをし、その作品世界に心酔していたのです。こういう経緯があって伝説の「銀の匙」教室が生まれたわけです。

 文科省指導要綱、日教組、教育委員会、PТAがかまびすしい今日では考えられませんが、教科書は一切使わず、文庫本『銀の匙』1冊を横道に逸れながら3年間かけて読み込んでいく国語の授業法です。
 しかし橋本先生の型破りで画期的な授業法の感化力は凄まじく、灘校がかつて東大合格数日本一に輝いた原動力になったと評価されています。それに巣立った教え子たちの社会的活躍も見逃せません。
 例えば、戦後生まれ初の(現)東大総長になった濱田純一氏。現日弁連事務総長の海渡雄一氏。元フジテレビキャスターで現神奈川県知事の黒岩祐治氏。

 『奇跡の教室』の中で、彼らは橋本先生を次のように懐かしんでいます。
 「いつも言葉に真実味があった。ただ、真剣だというのとも違って核心を押さえているというか」(濱田氏)
 「橋本先生からは“センス”を学んだ。気づくセンスこそが国語力って」(海渡氏)

 一々ご紹介できませんが、文庫本の中の言葉一つで授業は、日本の伝記伝承からアラビアンナイト、中国の故事にまで話は及んだといいます。
 2011年6月8日、25日、98歳にして灘校の特別授業「土曜講座」で27年ぶりで「銀の匙」授業を行ったそうです。

 数十年を経ても色あせない「銀の匙」教室。橋本先生自身は、こう語っています。
 「普通に読むだけでは、なあんにも残りませんから。自分が中学生のときに何を読んだかおぼえていますか?私は愕然としたんですよ。何も覚えていないって。先生への親しみはあっても授業の印象はゼロに近い……なんとかして、子どもたちの生活の糧になるようなテキストで授業がしたい、そう思ったんです」

 今回焦点の名作『銀の匙』。私は20余年前に同文庫のを求めながら、実はまだ読了したことがないのです。なかなか読めない本として、外国文学ではトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』でしたが昨年読了し、いつか記事にするため今再読中です。
 『銀の匙』も。これを機会にじっくり最後まで読み通してみようと思っています。

【追記】
 本記事は昨年3月上旬頃、たまたま買った『週刊ポスト』の中の記事を参考・引用してまとめたものです。その頃まとめるつもりでしたが、直後の3・11の発生、同週刊誌の紛失などにより諦めていました。それがつい先日同記事のコピーが見つかりましたので、今回こうして記事にできました。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『全国高校偏差値ランキングから』(灘校の偏差値や東大進学者数など)
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-4cfd.html

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山形県内高校事情

 -本記事は大変ローカルながら、出身地への郷土愛と母校愛から綴ったものです-

 手っ取り早く。『夕刊フジ』12月15日1面に掲載された「全国高校偏差値ランキング」から、私の出身県である山形県の高校ランキングを見てみることにします。

  70  山形東
  65  山形西  山形南  鶴岡南  酒田東  米沢興譲館
  62  長井

 以上7校ですが、これらはすべて公立校です。直前の『全国高校偏差値ランキングから』でみたように、「地方は公立校が頂点に立っている」という典型例のようです。
 私の出身校である長井高校が名を連ね、ОBである私の面目をつないでくれました。

 山形県は「県別GDP」といった各指標で見た場合、47都道府県で下位の方にランクされることが多い目立たない県といっていいようです。
 全国区で名前が知られているものといえば、Jリーグのモンテディオ山形くらいなもの(残念ながら来季のJ2降格が決定)。また山形県出身の有名人としては、タレントのあき竹城(米沢市)、プロ野球・広島カープの大型内野手の栗原健太(天童市)、そして今年2月世間をお騒がせした京大カンニング騒動の「aicezuki」君(新庄市)くらいなものです。

 そんな地味な山形県。今回のランキングで判明したことには、何と「東北一の教育県」としての素顔です。大都市・仙台のある宮城県や関東に隣接する福島県をしのいで、高ランキング校が一番多いのです。
 これは同県出身者の私にとっても意外でした。全国的な各指標の低ランクに、かつての県内リーダーの方々が、「これではダメだ。何とかしなければ !」と発奮し、その一環として着目したのが「すべての基盤となる教育」だったのでしょうか。そういう基本方針がきっちり定まっていなければ、とてもこのような成果となって結実しないはずです。

 それは我が母校の長井高校にも言えそうです。昔3年間通学しましたからよく分かっていますが、母校のある長井市は、当時これといった特色も産業もない小人口の町でした。それが最近では「エコロジーの町」として、全市挙げたエコへの取り組みが数年前のNHK教育で紹介されたほどでした。
 我が母校は以前の『万物備乎我』シリーズで述べましたが、大正8年創立の旧制中学校が前身の、置賜地方では米沢興譲館高校と共に地域の名門校ではありました。私が在学中の昭和40年代前半「偏差値」なるものはありませんでした。しかし仮にあったとして比定するに、当時はこの私がそうでしたが、2年から「就職コース」2クラスがあり簿記やソロバンを習っていたレベルでした。

 そのくらいですから当時の母校、確かにずば抜けたヤツがいるにはいましたが、私のようなボンクラ生徒などを平均すると、偏差値50ちょぼちょぼくらいではなかったでしょうか。それが現在の偏差値になるまでには、長井市、母校関係者、そして私たち以降の生徒諸君、それぞれの並々ならぬ自助努力があってのこと、ОBとして深く敬意を表したいと思います。

 2年ほど前の母校は確か60。そして今回の62にいたのが、地域のライバル校の米沢興譲館高校でした。同校は米沢上杉藩の藩校として江戸時代からの歴史と伝統を有する、我が郷里ではトップの名門校です。中学時代漠然と憧れていて、大の勉強嫌いがたたって入れませんでした。
 そういった事からつい気になります。母校が62に追いついたかと思ったら、敵さんは65と逆に水を開けられてしまいました。
 いずれにしても母校と同校、今後とも地域の良きライバル校として互いに切磋琢磨していってもらいたいものです。

 山形西、山形南、鶴岡南、酒田東は、私の郷里とはずい分離れていることもあって、実情はほとんど知りません。ただトップの山形東高校のことに触れないわけにいきません。
 山形東、県内随一の進学校として全県下知らない者はいないと思います。「東大には10人程度、東北大にはトップクラスの60人程度を毎年送り込んでいる。東北の県立進学校では1、2番といっていいでしょう」(進学雑誌編集者)
 そういえば以前、日本テレビの『クイズ甲子園』で同校が見事優勝、全国制覇したことがあったかと記憶しています。

 すぐ上の山形東評は、『日刊ゲンダイ』12月19日(5面)記事の一部です。そして同紙面、実は同校で最近起こった不祥事について述べているのです。タイトルにいわく、
  山形・予備校生切りつけ事件
  県内一の進学校でなぜ 地元に走る衝撃
 これはつい先日、山形東出身の予備校生(19)が、同校に忍び込み女子生徒に切りつけたという事件です。動機は「受験勉強で悩んでいた。乱暴しようと思った」というものです。
 いやはや。aicezukiに続いてまたかと、折角ここまで良い事を書いてきたのに、同県出身者の一人として嫌な気分になる出来事です。

 しかし硬直化し、歪み、制度疲労が限界に達しつつあるような今の社会、多くの人が鬱屈した感情を抱えています。たまたま山形東高で事件が起きましたが、これに類した不祥事は全国どこの有名高校でも起きる可能性があります。
 何ヶ月か前の阿修羅掲示板のある記事に、
 「現役の東大生だけど、いいことなんて何もない」
というようなコメントがありました。もちろん匿名ですから、この人物が本当に現役東大生なのかどうか確認しようがありません。
 しかし今の世の中つらつら思い見るに、こういう学生がいても不思議ではありません。

 どこぞの高偏差値の名門高校出身で、僕自身の奮闘努力と両親の教育投資の甲斐あって東大に入りました。が、実情はこのような荒涼とした心象風景なんです。就職超氷河期の現下、東大生でありながら、既に幾つもの会社の面接を受けてもまだどこからも内定がもらえてないんです。お先真っ暗ですよ。寝る間も、遊ぶ間も惜しんでこれまで勉学に励んできたのは、何のためだったんでしょうね。

関連記事
『全国高校ランキングから』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-4cfd.html
『犯人が分かってみれば…』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-aef0.html
『万物備乎我(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_305b.html

 (大場光太郎・記)

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全国高校偏差値ランキングから

 高校受験の追い込みが佳境に入っているこの時期、先週『夕刊フジ』が東京、大阪、神奈川をはじめとした全国高校の偏差値ランキングを掲載しました。
 同じ夕刊紙でも「日刊ゲンダイ派」の私は、夕刊フジはめったに読みません。が、同紙1面最上部の、
  47都道府県別全国高校偏差値ランキング
などという大見出しにつられ、3日分ほど購読してしまいました。

 同紙のこの特集は先週月曜版からスタートし、しょっぱなは大票田(?)の東京、大阪だったようです。あいにく月曜版は読めなかったため、今回同都府の詳細情報は分かりません。(ただし両都府のランキング特上校のみ、15日版に再掲載されました。)
 一連の同紙企画は、47都道府県別の偏差値の高い順に62とか60とかまで表にして紹介し、専門家や記者が最近の高校事情について分析し寸評を加えるというような趣向です。
 すべてを網羅して取り上げることはできません。そこで、主だったものをかいつまんでご紹介してみたいと思います。

 「78」というブッ飛びの超高偏差値をたたき出し、全国数千校の高校の頂点に立つのが以下の3校です。
  開成高校        (私立・東京)
  筑波大学附属高校  (国立・東京)
  灘高校         (私立・兵庫)
 この3校は東大合格者ランクでも、開成(171人)を筆頭に、筑大附(107人)、灘(99人)とやはりベスト3となっています。これに桜蔭(私立・東京-75人)、麻布(私立・東京-71人)が加わり、東大合格者の不動のベスト5を形作っているといいます。

 このように首都圏、大阪・関西圏では、私立高校がランキング上位を陣取っているものの、全国的傾向として、地方の大半は公立校が頂点に立っているのが大きな特長です。
 これについて専門家は次のように解説しています。
 「地方では、地元政財界を地域の公立トップ校出身者が占める場合が多く、出身大学より高校が重視されるところが多い。自治体ではその公立校に優秀な教員、生徒を集中させて高い大学進学実績を維持する傾向も強く、その結果、志願先が“一本かぶり”になって偏差値が上がる」(都内出版社『大学通信』の大野香代子編集長)
 そしてそのような公立校に入学するため、「今でも高校浪人する生徒がいる」(大野氏)というのですから驚きです。

 「共学」も重要なキーワードのようです。それまで冴えなかった女子高が、男女共学制にしてから目覚しく偏差値アップした例が全国各校で出ているといいます。
 また近年の傾向として、不況の煽りからなのか「高専」(国立高等専門学校)が東大への近道として見直されてきているというのです。
 この高専、福島、群馬、長野、島根、宮崎などでは偏差値で最上位クラスに位置し、難易度が高いといいます。その上東大、京大(理系学部)に編入する生徒も少なくないため、今後とも注目を集めそうなのです。

 全国各地の高校事情をご紹介するわけにはいきません。そこで私は神奈川在住ですから、特に神奈川県のみご紹介してみたいと思います。
 同紙の神奈川県ランキングは、「75」から「60」まで7ランクに分けられています。さすがは全国有数の進学県だけあって、42校が名を連ねています。(切りがないので)そのうち68までは以下のとおりです。
  75  慶應高校(私立)  慶應湘南藤沢(私立)
  72  湘南(公立)
  70  柏陽(公立)  横浜翠嵐(公立)  桐蔭学園(私立)  厚木(公立)
  68  横須賀(公立)  神奈川総合(公立)  横浜緑ヶ丘(公立)  光陵(公立)
      日本女子大学附属(私立)  平塚江南(公立)

 私が特に注目するのは、私の居住市である厚木市にある厚木高校の快進撃です。確か2年ほど前までは67くらいだったかと記憶していますが、今回「70」とランクアップし、全県でもトップクラスの進学校としての地位を、一層揺るぎないものとしたようです。
 私が当地にやってきた昭和40年代から、厚高は神奈川県県央地区の名門校として通っていました。しかしいつもその行く手を阻んでいたのが、隣市にある平塚江南高校でした。これまでは偏差値で、厚高はずっと平塚江南の後塵を拝していたのです。しかし遂に今回それに追いつき、あっさりと抜き去ってしまったようです。
 地元でもあり、駅頭や通りで、見るからに賢(かしこ)そうな厚高生徒をけっこう見かけます。「良かったね ! これからも頑張ってね !」とエールを送りたいと思います。

 『夕刊フジ』高校ランキング掲載で真っ先に気になったのは、他でもない、我が出身高校の山形県立長井高校がどうなっているかでした。母校の消息や山形県の高校事情などについては、次回改めてご紹介させていただきます。

【注記】『夕刊フジ』高校ランキングは、日本最大の高校受験サイト『高校受験ナビ』(運営会社ジーナス)の「2011偏差値ランク」に基づいたものです。
『高校受験ナビ』 http://www.zyuken.net/

 (大場光太郎・記)

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